第11話 公爵令嬢として、私個人として

「いやだ、レオンったら。狭い馬車の中で叫ばないでちょうだい」


「し、失礼いたしました。いや、だが……お嬢様、何を仰っておられるかおわかりですか!」


「わかっているわ。お父様の許可が必要であることも。だけれど……そうね、突然だったことは認めるわ」


 眉間に皺を寄せるレオン。

 それが不快感からくるものではないということを、長い付き合いで知っている。


「レオンが我が家に来たのはあなたが八歳、私が五歳の頃だったわね」


「……ええ。みすぼらしくなった我々を、旦那様は追い返さずきちんと話を聞いてくださいました」


 私のお母様は、私が二歳の時に亡くなっている。

 レオンのお母様はそれを知っていたから、頼るに頼れなくて没落後は必死にレオンを抱えて働いていたらしい。


 ちなみにレオンの父親は没落後の生活に耐えきれずどこかに姿を消してしまったそう。

 お父様はその後の行方を知っているかもしれないけれど……レオンのお母様が気にしてらっしゃらなかったので、何も言うことはなかったわ。


 レオンのお母様は、無理が祟ったせいか今も生活に支障が出るほど体が弱い。

 ワーデンシュタイン公爵家の館でレオンと共に暮らしているけれど、彼女は働けずにいる。


 とても優しくて、素敵な人だ。

 母親の記憶が殆ど残っていない私にとって、もう一人の母と呼んでもいいくらいに大切な人。

 そして、その息子であるレオンも真っ直ぐで……優しくて、いつも頼りになった。

 今も変わらず、私を守ってくれる。


 それがお父様への恩義と、忠誠からくるものだとしても。


「……そうね。私が婿にと望んでしまうとあなたは困ってしまうわよね。だから、公爵家に着いて、それから答えを聞くわ」


「お嬢様?」


「どうせ王太子殿下に婚約破棄をされた段階で、私は公爵家の跡取りとしてもある意味失格で……婚約者を探すにも苦労するような、傷物だけれど。逆に言えば、私の……個人的な気持ちを、そこに混ぜても許されるのではないか、と……」


「……」


 そう。これまでは〝公爵令嬢として〟当主であるお父様の意向を、そして公爵家にとって役立つものとして自身の婚姻を見ていたわ。

 貴族としての義務、大貴族としての矜持。

 私個人の気持ちよりも、大切な領民たちのために何をすべきなのか……。


 一抹の寂しさがないとは言い切れない。

 だけれど、父が、祖父が守ってきたものを見て育った私にとってそれは当然のことで、自分自身それを誇らしく思っていたもので。


(だけど)


 幼い頃から、その気持ちは変わらない。

 それと同じくらい――私は一人の人間として、レオンが好きだった。


 始まりは兄ができたようで。

 次いでよその貴族家のご令嬢たちとは違う、友人のようで。


 性差を感じ始めてからは、胸の高鳴りを覚えて……そして、自分が貴族として王太子殿下の婚約者に選ばれてその気持ちがなんなのかを理解した。

 理解したからこそ、封じた。


 でも。

 でも、今なら?


 もし私の結婚相手が誰でもいいのなら・・・・・・・・


「……断ってくれて構わないの。この馬車の中でだけ、ただのロレッタが戯言を口にしたと……そう思ってくれていいから」


 私が〝公爵令嬢〟として望めば、レオンは受け入れるだろう。

 デメリットは何もないもの。

 女公爵の夫、断れない縁談、安定した収入で母親に最高の治療を受けさせることができる。


 たとえそれが、護衛対象としてしか見ていない女相手であろうとも。


(でもそれではいやだなんて、私にもまだそんな浅ましい欲があったのね)


 そっと目を閉じる。

 怖くて、レオンの方を見ることができないから。


 ガラガラという車輪の音が、やけに静かな車内に響いた。

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