第3話 それはそうでしょう?

「まあそういうわけでもしイザークが殿下の側付きになりたいのでしたら文官試験を優秀な成績で卒業し、下積みから始めて上級文官にならねばなりませんが……上級文官への抜擢は下積みが二年以上という決まりもございますし、それまでの間補ってもらう通訳をそれほど人数割いてもらえるかどうか……」


「こ、公務ならば許されるはずだ!」


「確かに陛下もそのことはお認めくださるでしょう。ただし、重要な外交には携わらせてもらえなくなる可能性もございます。二年以上、その状態が続けば殿下のお立場が危うくなるかと……」


「……!」


 私の言葉は、本当にただ殿下の身を案ずるものです。

 殿下は語学が不得意ですし、外交的なものもそうお得意ではありませんが……それでも王族の一人として、外交などに憧れておいででした。

 しかし現実というものはやはり厳しいものですから。


 ぞろぞろと通訳を連れて歩かねば他国と会話もままならない王子、そしてその王子が望んだ娘も同様……なんて評価が二年以上続くなどということになれば、それはもう……国内外で評判も落ちますでしょう?


 私の言葉に『卒業までに学んでみせる』という反論が一つも出てこないあたり、通訳に頼り切ることが見え見えですもの!


 婚約者だった・・・私がそう感じるくらいですから、親である陛下はどのようにご覧になることやら。

 第一王子というお立場ゆえ王太子となってはおられるものの、アベリアン殿下の下には優秀な弟君が二人もいらっしゃるのです。


 確かに長子相続を尊んではおりますが、王が、王太子が無能では国内の貴族も黙ってはいません。

 陛下も王妃様も、アベリアン殿下のことを愛してはおられますが……公の立場で物事を判断せねばならないお立場です。

 王妃様のご実家である侯爵家もまた孫を愛する気持ちではおられても、家族愛だけでは国は立ち行きません。

 

 そういう意味でも高位貴族であるワーデンシュタイン家が殿下の後ろ盾として他の貴族家を牽制する役割を担っていたわけですが……それを手放したのは、殿下の判断。


「それから……王子妃になるには、少なくとも伯爵家以上の者であることが条件です」


「し、知っている!」


「アトキンス嬢がどこか高位貴族家に養女になれれば後ろ盾も得られるでしょうし、なんとかなるかもしれませんが……今回のような騒ぎを起こした方を迎え入れるには、厳しい目で見られるかもしれません」


「ワッ、ワーデンシュタイン家で受け入れればいいだろう! 貴様が元凶なのだから!」


「まあ!」


 殿下は冗談がお上手でいらっしゃる。

 ……といった嫌味を返しても時間の無駄ですね。


「さすがにそれは受け入れられませんわ。国王陛下が指名した婚約者を退けて、他家の娘を養子に迎え入れるなど……ワーデンシュタイン家の矜持に関わりますもの。よしんば、父が認めたとしても他の貴族家が認めませんでしょう」


「な、なにを……」


 そう、王家と縁繋がりになりたいだけで矜持を捨てるような公爵家など、貴族たちが認めない。

 私たち貴族は、矜持を重んじているのだから。

 この国の未来を担う者として、目先の利にだけ飛びつくような者を上に立つ者として認めていては泥船に乗るようなものだ。


 殿下もさすがに卒業生たちの視線に――彼らは一足早く社会に出る、貴族たちだ――怯んだ様子を見せる。


 養女に迎えてくれる家がどこかあるかしら?

 こんな場で騒ぎを起こさなければ、まだ下級生のすることだとよく理解していない人がいてくれたかもしれませんのにね。


「それから殿下。アトキンス嬢はダンスがあまりお得意ではありません。基礎ステップは問題ありませんが、上級ステップや他国の踊りについては難しいものとお考えください」


「な、なに?」


「それから刺繍の授業もあまりお得意ではなかったようなので、複雑な意匠を頼まず、シンプルなものがよろしいかと」


 妻や婚約者から刺繍された小物をもらい、それを夫は社交場につけていくというのがこの国ではよくある光景です。

 ただ時折、細君の技量も理解せずに専門職もかくやというものを求める男性がいらっしゃるようで……殿下はおそらくその傾向にあるので先に釘を刺しておかねば、アトキンス嬢が苦労することは目に見えております。


 勿論、王家には専属のお針子がおりますから彼女たちの手を借りれば……とは思いますが、果たして王子妃教育に入った彼女に対し、王妃様がそれをお許しになるかどうか。

 あの方は大変厳しい方ですから。

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