第2話 義弟、イザーク

「何故です!? 義姉上!!」


「え、だって……卒業後に殿下の側近としてつくには爵位が足りないでしょう?」


「……え?」


 何を言っているんだと言わんばかりの義弟に、私も首を傾げました。

 お互いに首を傾げている中で、アトキンス嬢が目を吊り上げて私を糾弾するように指さしをしてくるではありませんか。


「何を言っているのよ! イザークは公爵家の跡取りでしょう!?」


「ええ、そうでしたね。でも……今、私が婚約破棄されましたので」


「は? ……は!?」


 一体彼らは何を勘違いしているのでしょうか。

 少し考えてからハッとしました。


「もしやイザーク、あなた……私がワーデンシュタインに戻ってもまだ次期公爵でいられると思っていたの?」


「ち、違うのですか……?」


 この国では男女問わず爵位を継ぐことになります。

 直系が継ぐこと、そこが重視されるのです。


 私はワーデンシュタイン公爵家の一人娘ですので本来は跡取りなのですが、王太子殿下の婚約者として選ばれたのには理由があるのです。


 国外には齢の近い王女が近隣諸国におらず、そのため国内から殿下の婚約者が選ばれることとなりました。

 その中で派閥の兼ね合いもあって私に白羽の矢が立てられた……というものです。


 しかし直系である私が王太子殿下の妻、ひいては王妃となるにあたり、どうしてもワーデンシュタイン公爵家の跡取り問題が出てしまうことは間違いありません。

 お父様はまだ年齢的にも当面問題ありませんが、万が一に備えて中継ぎ・・・の公爵……いわば代理公爵を据えることになったのです。


 いずれ私がアベリアン殿下と結婚し子を儲けた際に、二番目の子をワーデンシュタイン公爵家の正式な・・・跡取りにする、それまでの措置です。

 直系の子が跡目を継ぐまでの中継ぎには公爵家の縁者を養子を迎え、中継ぎの任を終えた後は公爵家が持つ爵位と領地を分け与える手筈でした。


(それは養子に決まった際に、イザークの両親、そして本人にきちんと説明がされているはずなのだけれど)


 そのように私は父から聞いておりましたから、不思議でなりません。

 だからこそ、イザークには現段階で婚約者がいないというのに。

 お父様が公爵位を譲る前に私に二人目の子が生まれれば、その段階でイザークは中継ぎにならずに別途爵位と小領地が与えられるのです。

 そうなると早い内から婚約者を据えるには、いろいろと厄介ごとも多いものですから。


(不思議に思わなかったのかしら?)


 思わず首を傾げてしまいましたが、まあここで悩んでも仕方ありません。

 私はそれらを説明した上で、言葉を重ねました。


「ですから、私が嫁がないのであれば中継ぎの公爵は必要なくなるのです。中継ぎの公爵になる前ですからイザークは本来の両親、私の縁者でもある子爵家へ戻ることになるでしょう。ただ、あちらにはイザークの実兄が跡取りとしていますので……」


 実力で今後は身を立てていかねばならない。

 私はそれをあえて言葉にせず、口を引き結びました。

 

 本来であれば、ワーデンシュタイン公爵家がイザークの未来を憂うべきなのでしょうが、私を糾弾する側に立っている彼をお父様が許すとは思えません。

 これまでの教育、生活にかかった資金が手切れ金代わりといったところでしょうか?

 それでもかなりの温情だと父ならば言い放つかもしれません。


 なにせ、私は無罪ですから。

 

 ああいえ、殿下の行動をおいさめできなかったことに関しては罪ですね。

 公爵家の権力をもって危険因子アトキンス嬢を排除し、憂いを断つべきであったと咎められることでしょう。


 ですが実際には彼女が嫌がらせを受けた事実はありません・・・・・し、淑女としてのマナーは守れていませんので忠告は幾度かさせていただきました。

 糾弾された、意地悪なことを言われたと仰るのであれば、それは受け取る側の問題であって私にはなんら問題ないと考えます。


(まあ、そもそも爵位の違いで私が多少上からの物言いをしたところで、許されてしまうのですしね)


 ですから、私がワーデンシュタイン家から放逐される可能性はありませんし、婚約を失ったとしても最終的には私が産んだ子供が跡を継げば良いので婿はある程度問題ない人間さえいれば済む話……。

 イザークに拘る必要は、これっぽっちもないのです。


 それらの事実に、イザークが膝から崩れ落ちたのを見て私の方が驚きでした!


(どうして跡継ぎのままでいられると思ったのかしら……)


 そもそも中継ぎだってあれほど言われていたはずなのに。

 もしもアトキンス嬢側につかず、冷静に今回の件を判断し、せめて中立の立場であったならば最終的に私の婿に入るという形でワーデンシュタイン公爵家の一員とはなれたかもしれませんが……。


 私の敵になったのですから、それはあり得ませんね。

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