第1話 引き継ぎをいたしましょう

「まずは、王太子殿下は大陸共通語の他に帝国語が堪能ですが、それ以外・・・・の言語が苦手になりますので、そちらはアトキンス嬢が覚えて殿下をお支えください」


「は?」


 アトキンス嬢が素っ頓狂な声を上げられましたが、私は気にせず言葉を続けました。

 王子というお立場ゆえに公務を行わなければなりません。

 そうなると、その妻となる人間は殿下を補佐する形で公の場に立たねばならないのです。

 

 それ以外にも社交の場で他の貴婦人たちと話をする際に、対峙するのが一つの国ならばまだしも複数の国家を相手取る際には言語が堪能である方が望ましい。

 あまり大人数の通訳を連れて歩くようでは、教養に劣ると判断された上で〝話す価値なし〟と見られ、侮られてしまうこともありますからね。


 残念ながら王太子殿下は最上の教育者をつけられても言語に関してはあまりお得意ではなかったようです。

 もちろん、人間ですもの。

 誰だって得手不得手はあるでしょう?

 だから殿下の苦手なところは、妃が補えば良いのです。

 それでも足りない場合に通訳や、有能な文官を傍に置くのです。


「特に押えておかねばならないのは、古代神聖語と神聖語ですわね。王族は必須科目となりますが、殿下は少々危ういところがあるとか。そこも王子妃としてサポートの腕の見せ所ですわ!」


「し、神聖語!? しかも古代のって……あんな難易度高いの無理よ!!」


 アトキンス嬢が悲鳴のような声を上げましたが、私としてはそれが基本なので首を左右に振って無駄だと示すしかありません。

 どうしても通訳や文官に頼るわけにはいかない部分もあるのですから、そこは我慢していただくしかないでしょう。


「教会の誓約に関して、神聖語を用いるのが一般的なことはご存じでしょう? 特に王家のしきたりや諸外国との重要な書類では古代神聖語を用いることもございますから、そちらを重点的に覚えてくださいまし。そちらに関してだけは通訳を使うわけには参りませんので……」


 殿下もそのことについては重々承知していらっしゃるでしょうから、何も仰いません。

 妻となり支えてくれるであろうアトキンス嬢に対し、期待の眼差しを向けるばかりです。


 対するアトキンス嬢は息が苦しいのか、口元をはくはくとさせてプルプル震えていらっしゃるではありませんか。


義姉上あねうえ! どうしてそのような意地の悪いことばかり仰るのですか!」


「まあ、どこがかしら、イザーク。殿下の妻となられるならば、アトキンス嬢には王子妃候補・・として王子の公務を補佐しなければならぬ立場あるのです。私はその座を退くのですから、この引き継ぎは大切なものですのよ?」


「しかし、古代神聖語など学園では習いません!」


「だからこそ王子妃教育があるのです。教育者たちは優劣つけず全てを学ばせようとするでしょうが、それでは時間がかかりすぎます。殿下を補佐するために、特に優先的に学ぶべき点をこうしてお伝えしているだけではありませんか」


 むしろ親切でやっていることですのに。

 我が義弟ながら甘い考えではないかしら。


 彼らは二年生。私よりも一つ年下とはいえ、来年には卒業して立場に見合った職を得、社会に飛び立たねばならないのですから……特に、重要な役職に就くであろう立場の彼らは他の学生よりも自身を厳しく見て暮れなければ困ります。

 いつまでも学生気分の甘い考えではいけません。


「む、無理よ、あたし、そんな……」


「カリナ、大丈夫だ。まだ卒業まで二年近くあるから……!」


「そ、そうだけど、そうだけどお! お妃様って綺麗に着飾ってお茶を飲んでいればいいんじゃないの!?」


「さすがにそれは無理ですわ、アトキンス嬢」


 王妃様がその言葉を聞いたら卒倒してしまわれるかもしれません!

 

 ちなみに王妃の役割は王子妃が夫である王子の役割を補佐するのとは別にご自身の公務に加え、国王陛下の補佐、子供たちの公務の補佐もなさるので多岐に渡ります。

 

 その分お忙しいことも多いので、他の妃……つまり側室であったり、身分によっては第二妃様たちと分担なさるわけですが……当代の陛下の妻である王妃様を含め、第二妃様、第三妃様、それからご側室さまと愛妾の皆様方はいずれも出自や身分に違いはあれど、才媛と呼ばれるに相応しい方々です。


「そ、そうよ、イザークが一緒にいてくれれば……その神聖語? っていうのは頑張るから……他はイザークが……!」


「ああ、そうだな!」


「はい、それはもちろ――」


「無理ですわよ?」


 彼らがなんだか盛り上がっているようですが、私は彼らが誤解をしているようなのではっきりさせることにしました。

 誤解をしたままでは、誰も幸せになりませんもの。

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