その『悪役令嬢』は幸せを恋い願う
玉響なつめ
始まりの婚約破棄
「ロレッタ・ワーデンシュタイン! 貴様はこの僕、王太子アベリアンの婚約者、並びに公爵令嬢という立場にありながらここにいるカリナ・アトキンス男爵令嬢を冷遇し、周囲にもそれを強要した! そのような女性を未来の国母にするわけにはいかない。よってここに婚約破棄を申し渡す!」
ざわり。
どよめきというよりは小さく、けれど決して小さすぎることもないさざめきが講堂の中に広がりました。
「かしこまりました、王太子殿下」
「……言い訳もしないのか」
「やっておりませんが、信じてくださらないのでしょう?」
「なんと傲慢な!」
やった・やっていないの水掛け論をするよりも、いずれにせよこのような公の場でそんなことを言われたら婚約の継続なんて難しいでしょうに。
だから私は無駄な時間を省くためにも即受け入れたというのに、何が不満なのでしょうか。
壇上から私を見下ろし、ぎりりと音を立てそうな程に口元を歪めた王太子殿下。
その傍らにいるのは今名前の挙がった男爵令嬢。
そしてその後ろには四人の男子生徒――いずれも、この国の将来を担う立場を擬似的に体験する、生徒会のメンバー。
生徒会長は王太子であるアベリアン殿下。
副会長は私の義弟であり、ワーデンシュタイン公爵令息イザーク。
会計のメルカド侯爵令息ウーゴ様。
書記のモレノ伯爵令息エルマン様。
今日は卒業式の祭典だというのに。
何も在校生として、生徒会のメンバーとして、卒業生を送る会でこのような真似を仕出かさなくてもよろしいでしょうに。
けれど彼らからすれば、この場こそが最適と判断したに違いありません。
私という卒業生を、この学園という鳥かごに守ってもらえなくなる瞬間こそが彼らにとって重要……なのでしょう。
(なるほど、これが『悪役令嬢』を『断罪する』というやつなのね!)
今、市井でとても人気だという演劇。
真実の愛で結ばれた二人が、彼らの愛を阻む悪役令嬢を断罪し幸せになるというサクセスストーリー。
それになぞらえればきっと共感を得られるだろうという考えなのでしょうね。
なるほどなるほど、私のことを影で『悪役令嬢』と呼んでいたことはすでに知っておりますし、咎めるつもりはございません。
私としてもお家の都合で殿下と婚約をし、厳し王子妃の教育を受けて参りました。
そこには貴族としての義務と責任があるだけで、さほど交流もあったわけではありませんし愛情というものは育まれておりませんし……。
ですから、将来の予行演習の場でもあるこの学園で出会ったアトキンス嬢と仲睦まじくしておられても、私は一向に構いませんでした。
ええ、それが良くないこととは承知しておりましたので、一応婚約者の立場から
だというのにこの仕打ち。
決してショックを受けているわけではありませんし、何ならこれまで殿下とアトキンス嬢のおかげで厄介なことの後始末などしてきた身としては、むしろ喜んでこの
せっかくあちらから申し出てくださったのだもの、私も彼らの幸せを願っても良いでしょう?
「ではこの場でそのように仰るのでしたらば、お伝えしておくことが」
「なんだ。今更言い訳か!」
「いいえ。確認いたしますが、殿下はそちらのアトキンス嬢を次の婚約者に据えるおつもりで間違いございませんか」
講堂は、しぃんとしていました。
卒業生を送る会、それはあくまで式典の後のお楽しみ。
ゆえにこの場には生徒しか
そのことも、王太子殿下の背中を押したのでしょう。
「……そうだ」
誰もが固唾を呑んで見守る中、殿下ははっきりと肯定して彼女の腰を抱きました。
あらあら、なんということでしょう。
雰囲気で気分が高揚しているのでしょうか?
本来ならば貴人としてはしたない行為ではありますが……まあ、もうそれを注意して差し上げる必要もないのです。
「ならばこそ、申し上げたいことがございます」
「言ってみろ。聞くだけならば聞いてやる」
「はい! では王太子殿下の妻となるために、引き継ぎです。ここにいらっしゃる方々を証人として、私が言っていないなどと後ほど苦情を告げられても困りますもの。私から王子妃教育の担当者たちに彼女への引き継ぎを申しつけるのは破棄されたのであればおかしな話でしょうから、この場をもって王太子殿下とアトキンス嬢に申し上げておきますわ!」
彼らが変なものを口にしたかのような表情を見せたけれど、私は構いませんでした。
だってそうでしょう?
王子の婚約者としてならば、担当者たちにも願い出ることも叶いましょう。
だけれど破棄するとここまで宣言されて、何故私が親切にも王城まで出向いてそれを行わなければならないのか。
そんなもの、これから受ける人がやればいいんだわ。
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