第5話 Sawasaki’s Memory①

 今日、夢を見た。それは、大好きだったある男の子と離れ離れになったあの日の夢だった――。


「あたし、絶対に成李なりくんのこと忘れないから! また絶対に……絶対にまた会おうね!!!」


 そう別れ彼とを告げてから早八年が過ぎようとしていた。来月からはあたしももう高校二年生。彼の連絡先も知らないあたしはただ何もできないし、ここからだと昔住んでた地域は遠いから会いに行くことすらできない。


「ああ……また会いたいな」

 

 離れ離れになって八年経った今でもそんなことを思う。


 そんな彼との出会いはあたしが幼稚園年少だった頃だろうか。

 ある日の午後、あたしは近所の公園で遊んでいた。その時、盛大に転けてしまったことがある。親は仕事で、あたし一人だけだった。まぁ、そもそも子供が一人で遊んでいるというのもおかしな話なんだけどね。

 えっと……それで、まだ幼稚園の年少だったあたしは、転んでただただ泣くしかなかった。そんな時「どうしたの?」と声を掛けてくれた心優しい男の子がいた。その男の子こそが成李くんなのだ。成李くんは優しくこう言ってくれた。


「ころんじゃったんだね。うちここからちかいからきて。てあてしてあげる!」


 そして、ひくひくと泣きじゃくるあたしの手を引いて、成李くんの家まで連れて行ってくれた。

 家に着くと、お母さんを呼び、手当てしてあげてと言ってくれた。成李くんのお母さんは見ず知らずのあたしを丁寧に手当てしてくれた。その後もお菓子をいただいたりして優しくしてもらい、いい人達だなと感じたのを覚えている。

 翌日、幼稚園に登園すると、成李くんの姿があった。あたしはここで初めて同じ幼稚園だったことを知った。

 昨日、お母さんに手当てしてもらったことを話したら、挨拶しないとね、と言っていたので幼稚園からの帰宅後すぐにそのことを話した。

 数日後の参観日にあたしの親と成李くんの親が初対面した。そこからあたしが引っ越すまで関係が続いていたのだ。


 高校一年生の修業式が終わり、春休みになった頃。お父さんからこんなことを言われた。


「実はな、仕事都合で引っ越すことになったんだ」


 やっと高校に慣れた矢先の引っ越し。あまり気は進まなかった。折角仲良くなった友達、慣れた環境がまた変わるのは精神的にキツいのだ。

 でもお父さんの次の発言で考えが変わった。


「引っ越し先はなんだ」


 前住んでたところは一つしかない。八年前まで成李くんと一緒に過ごしていたあの街だ。

 成李くんに会えるんだ、と何も会えると決まったわけでもないのに、自然に気持ちが先走り、感覚的に会えると確信していた。


 高校の友達に、またどこかで会おうねと別れを告げ、引っ越し先の街へと車で向かう。前住んでた街まで車で向かうと二〜三時間はかかる距離だ。

 その道中、あたしは成李くんとどうやって会おうかな、とかあたしのこと覚えてくれてるかな、とかを考えていた。普通はもっと友達との別れを惜しんだ方がいいのだろうけど、ずっと好きだった人に会えるかもしれないと思うとそれどころではない。

 そんなあたしは薄情なやつかも……。もちろん、友達と会えなくなるの悲しいけど。どうしても成李くんと会えるという喜びが勝ってしまう。


 四月は上旬。桜もチラチラと散り、地面には桜の絨毯が広がっている頃、引っ越し作業がほぼ終わったのと同じぐらいに新しく通う高校の始業式があった。転入手続きはすでに春休み中に済ませてある。

 新学期初めということもあり、転校生あるあるの先生に呼ばれて教室に入って来るということはしないらしい。

 いきなり教室で過ごすのも少し気まずいが、そこまで気に病む必要はないだろう。


「そういえば、高校でちょっとしたサプライズがあるから期待しててねってお母さんが言ってたけど何だったんだろ」


 学校に到着し、上履きに履き替えた頃にそんなことを思い出した。今のところサプライズなんてものは起こっていない。


 A棟三階があたし達二年生の教室がある階だ。

 自分の教室に着くと前の方の扉から入り、黒板に貼られている座席表に目を通す。

 あたしの苗字、澤崎は大体いつも十五〜二十番辺りの出席番号になる。

 今回は十八番。今回はいつもよりちょっと後ろって感じだな。


「え……?」


 まったく想像もしてなかったシュチュエーションに思わず声が漏れる。

 別に新学期早々いじめが起きているわけでも自分の机が一軍女子に占領されているわけでもない。あたしは右隣の人の名前を見て驚いたのだ。


桐山きりやま


 そこにはそう、書かれていた。間違いなくそう書かれていた。

 後ろに振り向き、あたしの席の右を確認する。すでに男子が座っている。彼が桐山くんだよね。

 名字しか書かれていなかったから、また別の桐山さんの可能性があると思って顔を確認するが、顔立ちこそ変わっているものの間違いない彼は『桐山きりやま成李なりくん』だ。

 そうか。お母さんが言ってたのはこれだったのか、と納得した。確かにサプライズだ。


(……桐山成李くん。また会えたね)


 心の中でそう呟く。そして、彼の横の席へ向かい、彼の横に座る。

 またこうして、成李くんの横にいられることがとても嬉しい。

 転校の不安なんて一気に吹っ飛んじゃった。


「ふふ」


 ついつい笑みが溢れてしまう。

 成李くんの方を向き、あたしは挨拶をする。


「成李くん、今日からよろしくね?」

「お、おお。よろしく……な?」


 たぶんその反応はあたしのことは覚えてないっぽい? ちょっと悲しい……。

 なら、今成李くんの頭の中はたくさんの疑問があるだろうね。

 なんで、名前を知っているのか(座席表には苗字しか書いてなかったからね)。なんで、話しかけられたのか。あたしは誰なのか。

 そんな疑問も今ここで答えを聞くんじゃなくて、自分で気づいてほしい。

 別に急かしはしない。なんからヒントも与えていくつもり。だから、ゆっくり気づいて行ってほしい。昔一緒に遊んでたあの女の子があたしだってことに――。


 八時半。朝礼開始のチャイムがなり、教室に先生がやって来る。

 まだ二十代ぐらいに見える、とても若い女の先生だった。

 細身で女性らしい身体付きに凛々しくも整った顔立ち。この人を見れば、誰もが美人と認めるだろう。

 明るい髪色に綺麗に垂れるポニーテールはとても似合っていた。

 

「今から朝礼を始める。まずはじめに、転校生を紹介しようと思う。澤崎、前へ」

「はい!」


 短く、はっきりとした返事をし、あたしは黒板の前まで歩いていく。

 前に立ってみんなの方を見ると、一人一人の顔がよく見える。窓側で朝日を浴びながら眠そうにしてる人。後ろの席の人とまだおしゃべりしてる人、本を読んでる人、忘れ物したかもと机とカバンを行ったり来たりしてる人。

 ホントによく見える。あたし、よくうたた寝しちゃうことがあったけど、こりゃ全部バレてたな。

 そんなことを考えながら一通りクラスを見渡したところで先生に促され、あたしは自己紹介を始める。


澤崎さわさき華奈かなといいます。今日からよろしくお願いします!」


 出身校を言い忘れたけど別にいいか。

 あたしが自己紹介を終えるとクラスがざっと湧く。特に男子。「めっちゃ美人じゃん」とか「かわいいっ!」とか「一目惚れなんだけど」などだ。全部聞こえてますよーと心の中で言う。

 そして、聞こえてきた男子の言葉に一つ一つに頭の中でツッコミを入れていく。

「美人? わぁーありがとー」「価値観は人それぞれだなー」「ごめんね。あたし、好きな人いるから」最後の人に関してはまだ告白も何もされてないのに振ってしまった。

 成李くんのところに目をやると、少し驚いたような表情をしている。思わずクスクスと笑ってしまう。


「はい。じゃあ、席に戻っていいぞ」


 そう言われ、席へと戻る。すると次は先生の番らしい。


「……皆知ってると思うが改めて私の自己紹介をしよう」


 先生の名前は星野ほしのかえで。担当教科は音楽らしい。

 と、ここで周りに耳をやると、「星野先生担任とかラッキー過ぎよな!」や「神クラス確定じゃん!」という声が聞こえてくる。それは男女問わず思うことらしい。

 この先生、相当人気があるのかなと思って、業間休みに入った時、成李くんに問いかけてみた。


「ねぇねぇ、あの先生って人気なの?」

「そう。星野先生は全生徒から人気の先生なんだ。みんなの間では『恋愛のプロフェッショナル』なんて呼ばれたりもしてる」

「え、恋愛のプロフェッショナル?」

「うん。先生の担当教科は音楽だけど、若者の恋心にめっちゃ詳しくて、星野先生に恋愛相談した生徒は高確率で付き合えるらしい」

「へぇー、面白い先生だね。しかも美人だし」


 どうやら、当たりの先生だったようで、ますます新しいこの学校での高校生活が楽しみになった。


 先生の自己紹介も一通り終わり、朝礼が終わったところで、あたしの席の周り女子三人が集まって来た。

 何かこの三人、とても存在感がある。如何にもクラスの中心というか、一軍女子というか……。


「澤崎さん、はじめまして! 私は里野さとの梨央りお! 梨央って呼んでくれたらいいよ」

「僕は赤幡あかはた紗千さちだ。よろしく頼むよ」

「さきっちー! あたし、白神しらかみ瑠李るり! よろしくだよぉー!」


 三人ともに自己紹介を受け、あたしもよろしく、と返す。話し方からも雰囲気からもこの三人が個性豊かなことがよくわかった。

 この三人はどうやら、あたしと友達になりに来てくれたみたい。早速こうやって話しかけてもらえるとは思ってなかったから、驚きもあるけど、それ以上に嬉しい。

 あたしのことは華奈って呼んでくれたらいいよと伝えると、みんな了承してくれたが、瑠李だけは、「カナっち」とあだ名を付けて呼んできた。別に嫌ではないし、むしろ嬉しかったりもするから全然いいのだが、知り合って即あだ名を付けれるコミュ力に尊敬する。


「それで、どうだい? 僕らの友達にならないかい?」

「え、いいの?」

「ああ、もちろんさ。君は可愛いからね」


 紗千にそう言われた時は同性同士でも胸が跳ねた。ちょっと顔が熱くなる感覚がある。

 これは危ないなぁ……。王子様みたいな雰囲気あるよこの人……。


 新しい学校での新学期はめちゃくちゃ快調な出だしを踏むことが出来た。あとやることは成李くんと仲を深め直すことだね。


***


 始業式から数週間が経った。数週間だけでも紗千達のお陰ですぐにクラスに馴染むことができた。

 始業式の後に知ったことなんだけど、この紗千、梨央、瑠李の三人は赤幡軍グループと呼ばれていて、美少女の集まりとして学年で名を馳せているらしい。

 まさかのそんなすごいグループの仲に入れてもらえるなんて光栄すぎる。

 だからクラスではリーダー的な立ち位置に立ち、それと圧倒的な存在感を生み出しているわけだ。

 こういうことも相まってこのクラスは神クラスと言っている人達が多いのだろう。

 

 四限目の授業が終わると、みんな帰り支度をしだす。どうやら今日は四限目までらしいのだ。

 折角早く帰れるわけだし、どこか遊びに行こうよと友達同士喋ってる姿が見受けられる。


(そうか。一緒に帰ればいいんだ)


 家は前と変わってないし、成李くんちが引っ越してなければ帰り道は同じはずだ。

 成李くんが帰るタイミングで言ってみよう。


「成李くん、帰るの?」

「ああ。腹減ったし」

「じゃあじゃあ! 一緒に帰っていいかな? 成李くんと帰り道同じだから!」

「え……俺、寄り道して昼ご飯を食べて帰るつもりだったんだけど?」

「大丈夫! あたしも食べて帰るつもりだったからさ!」

「あっそう? なら一緒に……」


 そこで何故かふと何かを思ったように言葉が途切れる。

 やっぱり嫌だっただろうか。まぁ、確かに急に女子から一緒に帰ろって言われたら戸惑うか……。


「ん? おーい。成李くん、どーしたの?」

 

 無理って言われることも視野に入れながら、未だにぽかんとしている成李くんを現実世界に引き戻す。


「――あ、いや。なんでもない。一緒に帰ろうか」

「やった!」


 心配とは裏腹にすんなりと受けれてくれた。

 今日はお弁当を作って来てないので、食べて帰るか、家で食べるかの二択だった。成李くんは食べて帰るつもりだったらしいので、あたしもそれに合わせることにする。


 食べに行くものを話し合った結果、二人ともラーメンということで可決した。とはいうものの、あたしはおすすめのラーメン屋とかないし、八年間ここの土地を離れていたので、何がどう変わったかすらまだわかっていない。ここは成李くんに任せるのが無難でしょ。

 案の定、成李くんはおすすめのラーメン屋があるみたいなので、成李くんに付いて行くことに。


 たどり着いたのはうちからも徒歩圏内の場所にある、装いが老舗なラーメン屋。看板には『ラーメン庵格あんかく』と書かれていた。


「あ……」


(さとじぃの店だ……)


 あえて、知っているということは隠す。まだ、成李くんにヒントを与えるのは早い気がするから。

 さとじぃとはここのラーメン屋の店主である。若い頃からずっとラーメン研究をしてきているラーメンのエキスパートだ。ここの一番人気は研究し尽くされた豚骨ラーメン。

 少し脇道を入った住宅街にあるということもあって、知る人ぞ知る名店だ。

 常連客もかなりいると小さい頃に聞いたことがある。

 ここの店にはよく成李くんと二人で来たり、家族ぐるみで来たりしていた。あたしらも一応常連客扱いだった。


「さとじぃー。来たよー」


 成李くんが先人を切って店内へと入る。店内はほとんど八年前と変わっていない。それも相まって懐かしさを強く感じる。


「おぉ! 成李か! いらっしゃい。お? 後のべっぴんさんは彼女か!」


 八年越しに見るさとじぃは流石にちょっと老けたかなと思ったけど、流石に口に出すわけにはいかないので心の中までに留めておく。

 さとじぃは相変わらずのテンションらしく、あたしの正体に気づいた様子はない。どうやら成李くんの彼女として見られているみたいだ。


「違う違う。クラスメイトだよ」

「ほう。そうか! まぁ、好きなとこに座んなさい」


 成李くんが弁解するも、さとじぃはにやにやとしたままだ。

 席に着くと、注文をする。やはり、久しぶりにさとじぃの豚骨ラーメンが食べたいから、豚骨ラーメンを注文した。多分成李くんも同じだろう。


 ラーメンを待ってる間、さとじぃにはあたしだってことを伝えていた方がいいのかもと考えてたら成李くんがあたしの表情を見て「澤崎さん。そんなに緊張しなくてもただラーメン食べるだけだし、それに、さとじぃは優しいし」と気遣ってくれるが、あたし、そんなに表情強張ってただろうか。確かに久しぶりにさとじぃと対面して緊張がないと言うわけではないけど……表情に出やすいのかな、あたし。


「あ、うん。大丈夫。さとじぃが優しいのも知ってるから」


 言ってから気付いたが、困惑させるような発言をしてしまった。成李くんは少し首を傾げていた。


 数分もすれば、目の前にラーメンが置かれる。

 見た目も相変わらずで、美味しそうだ。早速、成李くんといただきますをして、食べ始める。まず、スープから飲んだが、やはり美味しい。濃い豚骨スープの味を感じるけど、後味はあっさりとして重たくない。コクと旨味もしっかりとある。

 そして、スープを堪能したあとに麺を啜る。さとじぃは麺から本格的に作っているのでうどんのようなコシがある。けど、細麺で、よくスープと絡まり、そうめんのようにちゅるんと食べれる。硬さも程よく、最高だ。流石、研究しまくったラーメンだ。どこを取っても素晴らしい。


 それからしばらく、雑談や思い出話をしながら〆の雑炊までしっかりと食べてごちそうさまをした。

 会計を済ませて、二人で店の外へ出る。


「あ、忘れ物したからちょっと待ってて」

「え、うん」


 忘れ物をした、というのは嘘である。さとじぃには伝えとこうと思ったからもう一回店に入る口実を作ったまでだ。


 今度は一人で店の扉を開けて中へ入る。


「いっらしゃ――なんだ、さっきの嬢ちゃんじゃねぇーか。どした? 忘れ物か?」

「あ、いやー。そのー……」


 なんていうのがいいんだろう。伝えようとは決めたもののノープランだ。

 成李くんを待たせてるからあまり長々と考えてられない。


「さとじぃ、昔、成李くん一緒にいた女の子――華奈って覚えてる?」

「ああ。さっき成李との話に出てきた女の子やろ。覚えてるでー。かわええこやったわ」

「その女の子あたしなの」


 何を言ってるんだコイツは、みたいな目で見られたけど、何か納得したようにああ! と頷いて言う。


「やけに顔立ち似てると思ったら……そうだったんか! 引っ越したって聞いてなぁ! 戻ってきたんか」

「そう。久しぶり、さとじぃ」

「久しぶり久しぶり! いやー、ホンマにえらいべっぴんさんになったな!」

「へへ……ありがとう」

「成李のやつ、華奈ちゃんのことに気づいてないのちゃう?」

「そうだね」

「なんや、アイツも鈍感やの」

「まぁ……」


 確かに、覚えるなら気づいてほしいし、忘れてるなら思い出してほしい。


「成李に言わんでええのか」

「うん。自分で気づいてほしいの」

「そうか。まぁ、また来てくれや」

「うん! じゃあ、またね」

「ほななー」


 よし、とりあえずさとじぃに伝える作戦ら一件落着と。


「お待たせ」

「遅かったな。忘れ物探すのに苦戦したのか?」

「うーん。まぁ、ちょっとね」

「? まぁ、見つかったならいいけど」

「成李くんも早く見つけてね」


 あたしの記憶を、もしくはあたしの正体を。


「え、何を?」

「さて。何でしょーね」

「おい、気になるじゃんか!」

「うふふ。じゃあ、あたしこっちだから! また明日ね」

「え、あ! ま、また明日……?」


***


 ある日の昼休み。普通に廊下を歩いていると後ろから落としましたよ、と声がかかって振り向く。どうやらハンカチを落としてしまったようだ。

 拾ってくれた子は、上靴の色が赤だったので新入生だろう。

 ありがとうと受け取る前に思いもしない言葉が彼女の口から発せられた。


「あ、澤崎先輩……」


 なんと、あたしの名前を知っていたのだ。あたしは部活にも入ってないし、新入生に名前を知られるようなことはしていない。


「あれ? あたしの名前知ってるの? あたし達接点あったけ?」


 まじまじと顔を見るのは失礼なので程々に顔を見る。ふとある人が頭に思い浮かぶ。


「ん? あ! もしかして成李くんの妹さんのいろはちゃん?」

「へ? あ、はい。そうですけど……。ご存知なんですか?」

「知ってる知ってるぅー! この前成李くんから妹さんがいるって教えてもらってねー、写真見せてもらったんだよ〜」


 この前、たまたま兄弟はいるのかって話になってあたしは一人っ子だけど、成李くんは妹がいるということで写真を見せてもらった。

 実は、成李くんに妹さんがいること、すっかり忘れてたのだ。写真見て、うわ、めっちゃ美人に育ってるって思った。

 そもそもあまり接点はなかったので忘れてて当然なのだけども。

 あたしは思い出したとしても、いろはちゃんは覚えてない可能性もある。まぁ、うっかり変なことを言わないようにしないと。身内に知られたらちょっとね。

 昼休み終わるまでまだ時間がある。ちょっといろはちゃんと喋りたいなと思い、お喋りに誘うと了承してくれた。


 中庭のベンチに移動して、女子トークの開始だ。初めのうちは世間話と高校の話とかだったのにいつの間にか成李くんの話へと内容チェンジしていた。

 それは良く悪くもいろはちゃんに種明かしをすることに繋がってしまった。


「澤崎先輩って、もしかしておにぃと昔会ってます?」


 突然、そんなことを言われ一瞬動揺すると平然を装って言葉を返す。


「……どうしてそう思ったの?」

「いや単に、澤崎先輩っておにぃのことを昔から知っているかのように話すなって思っただけです」


 どうやら、成李くんの話をしているうちにヒートアップして昔から知っているように喋ってしまっていたみたいだ。それは完全に盲点だった。

 まさかこんなことでバレるなんて。

 しかし、ここで隠しても意味はないし、何なら種明かしした方が今後の行動がしやすいかも、と思い、正直に話すことにした。


「……そうだね。あたしは昔成李くんと会ってる」

「おにぃとよく遊んでた女の子が澤崎先輩なんですよね」

「うん、そう。いろはちゃん、よくわかったね。あたし、当時から結構変わったと思ってたけど」

「わかりますよ。なんていうんですかね、面影? みたいなのがある気がして」


 すごい観察眼だなと思った。そんな面影を感じ取るなんて。

 あたしが昔成李くんと遊んでいた女の子だと確定すると、あることを教えてくれた。


「知ってますか? 澤崎先輩が引っ越した後のこと」

「ううん。何にも知らない」


 連絡先も知らなかった当時は引っ越した後の成李くんは一切知らない。お母さんは連絡先を交換してたらしいんだけど、気恥ずかしくて、成李くん元気なの? とか聞けなかった。


「おにぃったら三日三晩しょぼくれてたんですよ?」

「え!? そうなの? 見送りに来てくれた時は済ました顔だったのに」

「きっと強がってたんでしょうね」


 それを聞いて、嬉しかった。見送りに来てくれた時は悲しさの欠片も感じられなくて、あたしと離れるのは別に気にしてないのかなと思っていたから。

 成李くんもかわいい一面があるじゃんと思った。


「澤崎先輩はおにぃのこと好きですか?」


 いろはちゃんにそんなことを訊かれて、一瞬思考が停止した。そして、好きという単語が頭をぐるぐると回り始めた。


「なななな、なにをいきなり!!?」

「すいません、単刀直入過ぎましたか」


 単刀直入過ぎました!!! 急に好きですか? なんて訊かれたらびっくりどころじゃないよ。今の一瞬でどれだけ鼓動が速くなったか……。

 いろはちゃんいわく、どうやらあたしは分かりやすいらしい。自分では自覚のなかったことを言われ、以後気をつけていこうと思ったが多分無理なのだろうなと諦める。

 確かに、あたしは成李くんのことが好き。だから、この学校に来た初日に結構テンションが上がってしまった。八年越しに片思いの男の子と再会できたのだから。


「おにぃはああ見えて結構一途だったりします。たぶんおにぃの初恋は澤崎先輩なんでしょう。女の子に恋するなんておにぃはたぶん澤崎先輩以降してないはずです」

「そ、そうなんだね……」


 流石、妹。お兄ちゃんのことをよくご存知でらっしゃる。

 一途なんだ、へーというよりも、初恋相手があたしというのとの方が気になったんだけども。


「そして、私はおにぃのことが好きな女子をもう一人知っています。これはあくまで忠告ですけど、先を越されないようにぐれぐれも気をつけてください」


 今、すごいことを聞かさせれた。成李くんを好き女子がすでに一人いるだと? まさかのライバルがいたなんて。恋愛は戦ってどっかの漫画で見た気がするけど、その通りだね。恋愛は早い者の勝ちだ。好きなったならとっとと告白したほうがいいのかもしれない。でも、それはそれでどうかと思う。しっかり友達から進んできた後に気持ちを伝えたい。あたしは後者派だ。


「まぁ、何にせよ。昔から好きだった幼馴染み同士がくっつくことは、ラブコメならよくあることです。二人で青春ラブコメ、しちゃってくださいよ。私はおにぃの妹として応援します」


 青春ラブコメ……。恋は青春だよねと言っている女子を見たことがある。

 やっぱり、学生は恋して、青春してなんぼって感じか。

 で、でも……なんかその、青春ラブコメを自分らでやるってなるとなんとなく気恥ずかしい。けど、付き合いたいならそれはもう青春ラブコメに足を突っ込むことになるので、そんな気恥ずかしさは海底にでも沈めないといけない。


「わ、わかったよ。青春ラブコメ……するよ!」


 ライバルに負けないよう、青春ラブコメをしてやるぞ。

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隣の席の澤崎さんは俺との距離が近い 四ノ崎ゆーう @yuuclse

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