第3話 いろはと澤崎さん

 気づけば中庭に植えてある桜の木は新緑の葉を取り戻し、春の終わりが来たことを告げている。

 最近は気温も大分上がり、まだ肌寒い日も多いが、日によればカッターシャツの袖を捲ってても過ごせる時もあるぐらいだ。

 そんな初夏の初めに合わせて、学校では水着販売の案内が配られた。六月からは水泳の授業が始まる。

 俺は別に水着を買わなくてもいいが、いろはは今年入学してきたばっかの新入生。学校指定の水着を買わなければならない。

 今日の昼休みがその水着の物品販売であり、昨日の晩にいろはが水着代を準備していた。


 そんな昼休み、校内を歩いていると偶然物品販売の場所を通りがかり、いろはに出会った。


「あ、おにぃじゃん」

「よぉ、いろは。水着の物品販売か?」

「そうそう。今買い終わったところ。おにぃは何してたの?」

「ちょっと暇だったから校内をぶらぶらしてた」

「おにぃ、ぼっちなの?」

「いや、違う。一人でいるのが好きなだけだよ」

「つまりぼっちじゃん」


 何度もぼっちぼっちと言わないでもらいたい。

 別にうちのクラスにだって喋れる友達ぐらいはいる。けど、アイツらは校庭へ遊びに行ってしまった。インドア派の俺は到底外へなんか行かない。だから決してぼっちではない。そう。ぼっちではない!


「いろはー、お待たせっ」


 いろはの友達らしき人が後ろから駆け寄ってくる。

 一緒に水着を買いに来ていたのだろう。

 明るい茶髪ショートボブの女子。背丈はいろはと同じぐらい。きれいな目元の二重がよく目立つ。

 ん? なんか知ってる特徴だな……。


「……あ」

「あ……」

「お前、穂希ほまれだろ!」

「そういうあなたは、成李先輩じゃないですか!」

「え、え、え? 二人って知り合いだったの??」

「ああ、知り合い……だよな?」

「なんでそこではてな付けるんですか! 完璧に知り合いでしょうが!」

「あははは。そうだよなー。いろは、穂希は俺の中学時代の後輩だ」

「そうなんです!」


 ニコッと笑い、俺の右腕を掴んでくる。まるで恋人がやりそうな光景だ。


 彼女、羽弥実はやみ穂希ほまれは中学の時の部活の後輩だ。

 仲が良かった後輩ランキング第一位、俺を困らせた後輩ランキング第一位の穂希さんである。


「俺、穂希がここの高校を受験してたとは知らなかったわ」

「わたしも先輩がここの高校とは知りませんでした」


 高校入学した当初、高校生活では彼女を作りたいとか考えてた時に、女友達とか最後にできたの幼稚園の頃じゃね? とか思ってたけど、そういえば穂希いたわ。すっかり忘れてた。しかしまぁ、後輩だから友達になるかどうかはわからんが……。

 でも……こんなこと口にしたら穂希に怒られるだろうな。


「えー……そうだったんだ。てか、おにぃに後輩がいた事自体が初耳だよ……」

「そりゃ、言ってなかったしな」

「え! 成李先輩言ってなかったんですか! こんな優しくて美人で可愛い後輩がいたら自慢したくなるものでしょう?」

「自分で言うな!」


 そうは言うものの、実際に穂希の容姿はいい。可愛いく華奢なところもあるがどこか漂う美人の雰囲気。まっ、気を許した相手の前だとコイツは子供っぽいけど!

 この二人の美少女が並んだ姿はまさに目の保養だろう。

 俺はまだ新入生の中でいろは以上の美少女を見つけていなかったが、穂希が新入生美少女第二号になった。


「でもでも、わたしもいろはが成李先輩の妹ってのは今知ったよ?」

「まさか穂希がおにぃの後輩とは知らなかったからねー。兄がいるって言うこともなかったし」

「いろはってあまり兄がいるって話さないもんな」

「うん。自分からはあまり言わない。訊かれたら答えるけど」

「もっと早く兄弟いるか聞いとくべきだったなぁ……そしたすぐに成李先輩と感動の再会できたなのに……」

「別に早く再会してたところで感動はしないぞ?」

「えー感動してくださいよ成李先輩……。生き別れの後輩でしょう?」

「生き別れという程、重大なことじゃないだろう」


 大げさにも程がある言い方に、いろはから付き合ってたんじゃないか、みたいな疑いの眼差しを受けている。

 既成事実じゃないものの、いろはに睨まれると結構怖い。


「ま、まぁ結局今日再会できたしいいじゃないか」


 感動はしてないけど。


「うーん……ま、そうですね!」


 切り替えが早くてとても助かる。ここで穂希が余計なことを言ったならば、いろははもっと俺のことを睨んだだろう。

 いろはは俺に彼女ができることをよく思っていないように感じる。案外ブラコン気質があるのかもしれない。

 小さい頃に子どもの戯言だが、いろはは俺と結婚するとか言ってた記憶がある。しかし、日本の法律上、実の兄妹は結婚できないことになっている。

 義妹なら……セーフだったかもな。


 と、昼休み終了十分前を知らせる予鈴が鳴る。物品販売に来ていた生徒も自分の教室へと戻っていく。


「私たちも戻ろっか。また家でね、おにぃ」

「成李先輩、またねです!」


 またねです、というあまり聞かない表現に、ん? と思いつつも俺はまたな、と返事を返す。

 教室では澤崎さんを含めた赤幡軍グループの人達がガールズトークをしていた。 


「やっぱり罰ゲームと言ったらデスソースでしょ!」

「いやいや。唐辛子をそのまま食べることだね」

「フツーにビンタとかじゃないの?」

「罰ゲームでビンタって普通なの?」


 この人達のことだから可愛い感じの話に花を咲かせていると思っていたが、まぁまぁ物騒な話に花を咲かせていた。

 なんだいその、罰ゲームは何が定番? 的なトークテーマは。定番がわかったところで使う機会はないだろうに。というか使わないで欲しい。


「華奈はどう思う?」

「うーん……一発芸とか?」

「あぁー……」

「それだと面白みに欠けるよね」

「ねー」

「罰ゲームに面白みがいるのかな……?」


 全く澤崎さんの言う通りだと思う。罰ゲームに面白さは決していらない、と思う……。

 実際に罰ゲームを受けた経験があるわけでもないから、罰ゲームは面白くあるべきと言う人もいるのかもしれない。

 どっちにしろ、受けたい罰ゲームなどないわけだ。ドMじゃあるまいし。

 

「あ! 嘘告とかあるよねー」


 うわ、今まで出てきた罰ゲームの中で最もタチの悪い罰ゲームだ。

 罰ゲームとしての面白みはあるかもしれないけど、男子からしたら嘘だとわかった時にメンタルを根こそぎ持ってかれる罰ゲームだ。

 個人の罰ゲームに他人を巻き込むのがおかしいのだ。


「でた、嘘告」

「今の時代ないでしょ」

「タチ悪いからね、それ」


 さすがにこのグループに置いて、罰ゲームで嘘告しようなんて結論に至ることはないと信じているけど、嘘だとしてもこの人達から告られたら男子達は即オッケーだろうな。しかし、振られた時の絶望感はものすごいことだろう。


 キーンコーンカーンコーンと始業を知らせるチャイムが鳴る。そのチャイムを聞き、立っていた生徒達が席に着く。

 学代が号令をかけて、五時間目の授業の開始だ。


 ***


 放課後になった。机の上に持って帰る教科書類や水筒を起き、ロッカーからカバンを取りに行く。

 帰り支度を済ませると穂希が帰ろー、とこっちにやってくる。

 私と穂希は同じクラスなのだ。

 穂希と初めて出会ったのは中二の春。クラス替えでクラスが一新された時だ。その時、穂希の方から話しかけてきてくれて、今に至る。

 しかし、今日初めて穂希がおにぃの後輩だったと知った。なんかとても仲良さそうだったし、妹という身として、おにぃに変な女が寄り付かないようにと心がけていたつもりだったが、既に変な女がくっついていたようだ。

 これ以上変な虫が寄り付かないように注意しないとね。


 穂希と下校中、知ってる背中を見つけた。おにぃだ。私が見つけたのと同時に穂希もおにぃを見つけたようで、成李先輩ー! と呼ぼうと手を振り上げたところでおにぃの隣りに誰かいることに気付いた。


「待って」


 勢いあまって思いっきり穂希の口を手で押さえつけてしまった。痛いじゃん、もー! と怒られた。まぁ、当然だね。

 

 あの隣にいる女……彼女? いや、この前いないって言ってたけど、あれはうそだったのかもしれない。

 手こそ繋いでないものの、仲良く喋り、肩が触れる程の距離で歩いている。はたから見れば付き合っている男女そのもの。

 後ろ姿に見覚えはない。たぶん、私の物語上では初登場だ。


「ねぇねぇ、成李先輩って彼女いたの!?」


 電柱の影に隠れながら、穂希が小声で私に訊ねてくる。


「いや、私も知らない」


 私たち、はたから見れば不審者に近い動きしてるよね。電柱の影に隠れながらコソコソと人を追う。スパイ映画じゃあるまいし。というかスパイ映画ならもっと違う方法で尾行するでしょ。

 チラッと聞こえてきた相手の声に少し聞き馴染みがあった気がする。よく覚えてないが、なんか昔、よくおにぃと遊んでたあの女の子の声と――気のせいか。

 女性はあまり小さい頃の声から声変わりとかしないからもしかしたらと思ったけど、あの子は確かこの街から引っ越しちゃってるし、あまり考えられないね。

 考えられるとして、戻ってきた……とか?


「むむむ……。成李先輩と馴れ馴れしく肩寄せ合って……とんだ悪女だよ……。それをしていいのはわたしだけなんとけどぉ!」


 コソコソとおにぃたちの後をつけながらこんな会話してる私たちの方がよっぽど悪女だと思うけど。

 それに。


「穂希も彼女とかじゃないんだから馴れ馴れしくできないでしょ? しかも後輩だし。ああいうことができるのは妹である私だけの権利なの!」


 うわっとあからさまに引いてる穂希の顔面を思いっきりグーパンしてやりたい。


「いろは、ブラコンだね……」


 ブラコンで何が悪い。


「はぁ……。とにかく、もうこの場を離れよう。見つかった時めんどくさいし。ストバでも寄って帰ろう」

「えー! 成李先輩の観察は!?」

「おにぃたちのことだし私たちが干渉することないよ」

「成李先輩に彼女できてもいいの? ブラコンいろはさん?」


 うっ……。


「むっふふん。結局は気になってしょうがなかったたんだね」

「ち、違っ……こ、これはおにぃに変な女が付いてないか見るだけだから!」


 結局、観察することにしてしまった。


 ***


 澤崎さんに帰ろーと言われ、一緒に帰ってるのだが、何故か後ろから視線を感じる。

 ちょいちょい後ろを振り返っても誰もいない。ストーカーだろうか。だとしたらとても怖いんだけど……。


「どうしたの? さっきから後ろばっか気にして」

「いや……なんでもないよ」

「そう?」


 視線を感じるんだ、と素直に言っても良かったが、澤崎さんが心配しても可哀想だから言わないでおこう。


「でさー、成李くんはゴールデンウィークどっか行ったりした?」

「ゴールデンウィーク? どこも行ってないな」


 話題はつい一週間前に過ぎたゴールデンウィークの話になっていた。

 今年のゴールデンウィークは、というか毎年ゴールデンウィークだからと言ってどこかに旅行したりお出かけしたりしてるということではない。

 まぁ、単に父さんが混雑嫌いってもあるのかもしれないけど。

 それに比べ、澤崎さんはゴールデンウィークを丸々使って熱海へ家族旅行に行ってきたのだとか。金持ちかってツッコみたくなる。

 熱海と言えば温泉だけど、この時期は少し暖かいから海を眺めるのもなかなかいいものだ。かという俺は熱海に行ったことがないのだが。


「来年はふたりでお出かけとかしてみたいね」


 付き合いたてのカップルが言いそうなことを言っている。

 来年も俺と一緒にいる予定を立ててくれるのか。


「なんちゃって。どう? 彼女みたいだった?」


 なんだ冗談か、と思ったけど、内心は少しがっかりした。

 でも、澤崎さんとは来年も一緒にいられる気がする。


「ああ。彼女みたいだったよ」


 そうして、いつも別れる分かれ道までやってきてまた明日ねと別れようとしたところでふと思う。

 あの視線の正体がわかってないから、もし本当にストーカーだったらヤバい。


「なんか今日歩きたい気分だから、澤崎さんの家の方まで行っちゃおうかな?」

「あれ? あたしと離れるの寂しい?」

「べ、別にそういうわけじゃないけど!?」

「うふふ。あっそ。付いて来たいなら付いておいで~」


 で、澤崎さんを家まで送り届けた。結局何もなかったしその後は視線も感じなくなった。たぶん、ストーカーも諦めたのだろう。

 

 自分の家に着いて、ただいまーと帰ってきたら、玄関にローファーが二足あるのに気付いた。

 一つはいろはのだ。じゃあ、もう一つは? 友達だろうか。

 今日友達呼ぶとか言ってたっけなー、と思いリビングの扉を開けると、ソファに座るいろはと穂希がいた。

 どうやらあのもう一足のローファーは穂希のだったようだ。


「あ、成李先輩! お邪魔してます」

「あ、はい……」


 なんでいるの? という疑問が湧いてくる。


「近くまで来たので遊びに来ちゃいました」

「近くまで来たので家に呼びました!」

「そう……なのね」


 穂希といろはがそのように言う。まぁ、別に迷惑ではないのでいいのだが。


「まぁ、ゆっくりしていきな」

「ありがとうございますー」


 穂希んちはうちからそう遠くない距離にある。たぶん一キロもないぐらいだろう。

 なぜ俺が穂希んちを知っているかというと、中学の頃、穂希が熱でぶっ倒れた時に家まで送り届けたことがあるからだ。

 どうやら家が近くの知り合いは俺しかいなかったようで、俺が送り届ける事になったらしい。

 だが、それ以降は穂希んちには行っていない。というか行く用事もないしね。


 取りあえず部屋着に着替えてリビングに降りてみる。


「あ、成李先輩! ちょうどよかった! 恋バナしません?」

「え、急だな」


 ジュースの入ったコップを机に置き、穂希が言ってくる。

 女子が恋バナで盛り上がるのはよくある話だが、そこに俺を交えるか? 男だぞ? 女子の恋バナに男子は厳禁だろ。

 そんな一般論はコイツらに通じるわけもなく、いろはと穂希に挟まれる形でソファーに座らされ恋バナが始まる。


「成李先輩は彼女いますか?」

「すごい単刀直入だな……」

「で、いるんですか? いないんですか?」

「いないいない。俺に彼女ができると思うか?」

「……思いません!」

「おい!」


 皮肉のつもりで自分で行ったことが肯定されて少し心が傷つく。しかし、実際本当のことなんだし仕方ないのだが……。

 俺がイケメンだったらモテただろうか。


「いないんですか?」

「ああ。いないぞ」

「ほんとに?」

「ほんとだ」


 本人がいないと言ってるんだからこれ以上問いただしても答えは変わらないというのに。何がそこまでの疑問も湧き出させるんだろうか。


「おにぃさ、この前仲いい女子と服屋に入ったとか言ってたよね」

「言ったな」

「その女子ってどんな人?」

「どんな人? うーん。親切で優しい」

「性格じゃなくて、容姿」

「容姿? 普通かわいい系美人って感じだと思ってる」

「髪型はどんなんですか?」

「えーと、あれはハーフアップで言うのか?」


 こんな感じですか? と穂希が実演してくれる。まさに穂希がやっている髪型と同じだったので、それそれと頷く。


「これは……」

「あの人だね」

「え?」


 なんか俺の答えを聞いて何か確信したように二人は顔を見合わせる。

 

「今日、一緒に帰ってましたか?」

「え、帰ってたけど……まさか! お前らか俺らの後をつけてたのは!」

「ひ、人聞きの悪いことを言わないでください。後をつけてたんじゃなくて、監視してたんです」

「変わらんわ! はぁ……通りで視線があると思ったわ。マジのストーカーかと思って怖かったんだからな」

「そのことに関しては素直に誤ります……」

「で、なんで後なんかつけてたんだ?」

「それは――色々あるんです!」


 何か言えない事情なのか理由を濁した。


 恋バナはどうやらこれまでらしく、ここで話題転換した。

 結果、俺がただ問いただされただけとなった。


 日が西に傾き、空がオレンジ色に染まった頃。時計を見て、ずいぶんと日が長くなったなと思う。


「あ、もうこんな時間……。じゃあ、そろそろわたし帰りますね」

「あ、そう? じゃあ、おにぃ。ちょっとそこら辺まで送ってきてやってよ。私、夕飯の準備するからさ」

「わかった」

「じゃね、いろは」

「うん、またね」


 ちょっとそこまでと言われたが、一体どこまで送ればいいのか……。こういうのって基準が難しいよね。


「今日は成李先輩の恋バナが聞けて楽しかったです!」

「一方的な恋バナだったけどな。というか、あんなんで恋バナになるのか?」

「なります! 男女の仲の話は全て恋バナです」


 その考え、いつか誰かに怒られそう。


「成李先輩はうち覚えてるんですか?」

「ああ。こう見えて俺は道とかはよく覚えてるタイプなんだぞ」

「勉強はできないんですねぇー」

「うるせぇ!」

「ふふ。でも、安心しました。成李先輩に彼女いなくて」

「なんで安心されなきゃならないんだよ……」


 一生独身でいろってか? 鬼畜にも程があるだろ。


「ねぇ……先輩……」


 キュッと右手の袖を掴まれる。なんだろうと後ろを向くと立ち止まって軽くうつむいている穂希が目に入る。

 西日に当たって穂希がオレンジに光っている。

 表情はうつむいているのに合わせて西日が当たっているため確認できなかった。


「成李先輩、ほんとに彼女いないんですよね」

「あ、ああ。いない」


 この妙な雰囲気に少し気まずさを感じながらも穂希の言うことにはしっかりと耳を傾ける。


「ほんとですね?」

「何度もホントだと言ってるだろ。ここで嘘ついてどうする。ほら、暗くなる前に帰るぞ」

「……うふふ。じゃあ、わたしにもチャンスがあるってことですね……」

「ん? なにか言ったか?」


 何か後ろでボソッと聞こえた気がしたが……。


「何でもありませんよー! 成李先輩、ここまでで大丈夫です! 送っていただきありがとうございました。では、また!」

「あ、うん。またなー」


 穂希はそう言って走って帰ってしまった。


 ***


 あの女子が彼女ではないとわかった翌日の昼休み。廊下を歩いていると私の横を通り過ぎた女子生徒が何か物を落とした。落としましたよ、と声をかける。え、っていう表情でこっちを振り向いた女子生徒は紛れもなく昨日、おにぃの隣りにいた女子だった。


「あ、澤崎先輩……」

「あれ? あたしの名前知ってるの? あたし達接点あったけ?」


 心の中でつぶやいたつもりがどうやら声に出ていたようだ。

 まずい、接点ないのに名前知ってたら何かと不自然じゃないか! 早く弁解しないとぉー。


「あ、いや、そのぉ……」

「ん? あ! もしかして成李くんの妹さんのいろはちゃん?」

「へ?」


 私が戸惑っていたら思わぬ返事が返ってきた。

 私のこと知ってるの?


「あ、はい。そうですけど……。ご存知なんですか?」

「知ってる知ってるぅー! この前成李くんから妹さんがいるって教えてもらってねー、写真見せてもらったんだよ〜」


 なるほど。シスコン兄貴らしいや。おにぃも私と一緒であまり兄妹いることを公に言わない主義かと思ってたけど、言ってるのかな?

 もしかしたら、たまたまそういう話になってってこともありうるな。

 にしてもだ。遠目で見てても美人だなと思っていたけど、近くで見てみるとより美人だ。こんな人がおにぃの彼女になった暁には嫉妬心で爆発するかもしれない。


「ねぇねぇ、ちょっと昼休み終わるまで話さない?」

「全然いいですよ」


 そこから中庭のベンチに移動して女子トークを開催した。

 話してみると澤崎先輩はとってもいい人なのだということが言わずともひしひしと伝わってきた。

 そして、いつの間にか話の内容がおにぃのことへと移っていった。なんだか、おにぃのこと好き同士が好きな人のことについて語り明かしてる気分だ。

 その話をしながら、ふと疑問に思ったことがある。何故か澤崎先輩は、おにぃのことをあたかも

 おにぃの話によれば澤崎先輩今年転校してきた転校生だとか。それなのにおにぃのこと昔から知っているなんておかしな話だ。

 しかし、そこで昨日思ったことを思い出す。昨日私は、澤崎先輩の声の面影が昔おにぃとよく遊んでいた女の子とよく似ているなと思ったことを。

 それが正しいと仮定して、今までのおにぃトークを整理すると全ての辻褄が合う。

 私は思い切ってその事実確認をしてみる。


「澤崎先輩って、もしかしておにぃと昔会ってます?」

「……どうしてそう思ったの?」

「いや単に、澤崎先輩っておにぃのことを昔から知っているかのように話すなって思っただけです」

「そうだね……。あたしは昔成李くんと会ってる」


 やっぱり。


「おにぃとよく遊んでた女の子が澤崎先輩なんですよね」

「うん、そう。いろはちゃん、よくわかったね。あたし、当時から結構変わったと思ってたけど」

「わかりますよ。なんていうですかね、面影? みたいなのがある気がして」


 後ろ姿だとわからなかったけど、ちゃんと顔を見て正面から見てみると、当時の澤崎先輩の面影を感じられた。


「ふーん。そうかー。でも、成李くんは気付いてないみたいなんだよね」

「それは仕方がないです。うちのおにぃ、バリ鈍感なんで」

「だよね……」


 当時から変わったと、澤崎先輩は言うけど、私の記憶の澤崎先輩と今の澤崎先輩はあまり変わってないと思う。めっちゃ変わったことと言えば、胸が……私は何を考えてるだ。エロオヤジか。

 じゃなくて、顔立ちだろうか。誰でもそうだろうが、ふっくらした顔立ちだったのがシュッとした大人な女性って感じの顔立ちになった気がする。

 あくまで気がするだ。実際、私も澤崎先輩とよく会っていたわけではないから、私の記憶にうっす等残る澤崎先輩と比べてだ。正確性はない。


「知ってますか? 澤崎先輩が引っ越した後のこと」

「うん。何にも知らない」

「おにぃったら三日三晩しょぼくれてたんですよ?」

「え!? そうなの? 見送りに来てくれた時は済ました顔だったのに」

「きっと強がってたんでしょうね。」


 私でもあの時のことは印象的だったからよく覚えている。

 普段何があってもまったく涙なんて流さなかったおにぃが家に帰ってくると急にうわァァーん! とギャン泣きするんだからびっくりした。

 印象的過ぎてもう何年も前の話でも未だに記憶残っているのだ。

 当時やってたドラマで『男ってのは、女の前で涙を見せないものだぜ』みたいなセリフがあって、小さかったおにぃはそれに影響を受けてたのかもしれない。


「まぁ、それくらいおにぃは澤崎先輩との別れを悲しんでいたってことです」

「そうなんだ……」

「澤崎先輩はおにぃのこと好きですか?」

「なななな、なにをいきなり!!?」

「すいません、単刀直入過ぎましたか」


 そこまで動揺されると答えがわかってしまうのだが……。


「おにぃはああ見えて結構一途だったりします。たぶんおにぃの初恋は澤崎先輩なんでしょう。女の子に恋するなんておにぃはたぶん澤崎先輩以降してないはずです」

「そ、そうなんだね……」

「そして、私はおにぃのことが好きな女子をもう一人知っています。これはあくまで忠告ですけど、先を越されないようにぐれぐれも気をつけてください」

「な、なんな私が成李くんのことが好きっていう前提で話進んでるけど……」

「実際そうでしょう? 澤崎先輩、わかりやすいですよ?」

「えぇー!! そう? そんなにわかりやすい?」


 ええ。とても。あの動揺具合を見て、違いますとはもう言い張れない。

 それに、なんとなく澤崎先輩も一途を極めている気もする。


「まぁ、何にせよ。昔から好きだった幼馴染み同士がくっつくことは、ラブコメならよくあることです。二人で青春ラブコメ、しちゃってくださいよ。私はおにぃの妹として応援します」

「わ、わかったよ。青春ラブコメ……するよ!」


 その言葉はおにぃが好きということを間接的に肯定した事になる。


「はい。思う存分楽しんしじゃってください」


 おにぃに彼女ができるのは妹として嬉しいことだけど、それと同じぐらい嫌だなという気持ちもある。いつも、おにぃは私が独占できていた。けれど、ここ最近になっておにぃを独占できなっている。

 おにぃに恋する乙女が二人いるという事実。それを知ってしまっては私がどう足掻いてもおにぃを独り占めすることはできない。だって私はだから、私がおにぃと恋仲になろうなんて天と地がひっくり返らない限りできない。

 せめて、おにぃはずっと私だけのおにぃでいて欲しい。彼女ができても私にもかまって欲しい。妹の私が言えるわがままはそれくらい。


 でも結局のところ私が思うのは、ということだけなのだ。

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