第一章

普通じゃない二人の関係

第1話 転校生の澤崎さん

成李なりくんおはよー」

「おはよう。澤崎さわさきさん」


 俺より数分遅く隣の席の澤崎さんが登校して来て、朝の挨拶を交わす。

 これまで生きてきて女子から朝の挨拶を受けたことなんてあったかな? と考え込まなくてはならないほどに俺は女子から朝の挨拶――というか挨拶をほぼほぼ受けたことがない。いや、それは流石にないか。……ないと信じたい。

 どっちにしろ、澤崎さんはいい人なんだなと思う。こんな俺にも挨拶を交わしてくれる。こういうマメな行動が未来の自分に繋がるんだろうなー。

 数週間しか澤崎さんの行動を見ていないけど、将来立派なお嫁さんになりそうだと思った。


「うぉー! かなっちって早いんだね!」

「ふぁー……眠いなぁ……。あ、華奈かなおはよう……」

「おはよー、華奈ちゃん。ほら、学校着いたんだからシャキッとしなさい!」


 澤崎さんに挨拶してから、赤幡あかはたさんの背筋をバシッと叩き、背筋を伸ばす。

 朝から元気な白神しらかみさんと朝は弱いんだろうなと感じさせる赤幡さん。そのだらしなさを注意する里野さとのさん。パワーバランスが整い過ぎて逆に怖い。しかし、このメンバーは朝からこの調子なんだな。


「あたしもさっき来たばっかだよ?」

「それでも、あたしたちより早いのはすごいと思う!!」

「私たちが遅いのはこの子のせいだけどね」

「君たち早いんだよぉ……。学校なんて遅刻さえしなければいいんだからさー、もっと寝かせてよねー……。しかも今日のモーニングコールいつもより早かったよぉ!」

「もぉー、またそんなこと言って。紗千さちは早めにコールしないと起きないでしょ?」

「そんなことないよぉ……」

「あるわい!」


 日中イケメンな赤幡さんはどこへ行ったのやら、朝は子供みたいにグズグズと愚痴を言っているではないか。これでは『イケメン』じゃなくて、『可愛い』だ。

 赤幡さんの日中と朝のギャップが凄すぎて脳がバグる。


「紗千ちゃんは朝苦手なんだねー」

「そうなんだよ。困ったもんだよ? 朝から遊園地に行こうって誘ってきたと思ったら、毎回遅刻してくるし、休日は最長午後の五時ぐらいまで寝てるし。なんだろ、これをだらしがないって言うんだろうねそれにさ――」


 いやいやいや。最長午後五時ってもはやだらしがない程度じゃなくないか? 一体何時間睡眠だよ!


「紗千ちゃんに対する愚痴が止まらないね……」

「うん。もはや、りおっちがさっちゃんのお世話係みたいももんだからねー。一番苦労してるよ」

「そ、そうなんだ……」


 澤崎さんと白神さんが話している間、まだ愚痴を喋り続ける里野さん。その横で赤幡さんが里野さんにもたれかかって寝てるし。よく自分の悪口をペラペラと言ってる人に身体を預けて寝れるな……。

 そして、八時半のチャイムが鳴る。そのチャイムとぴったりで担任、星野楓先生が入ってくる。


「おい、お前達。いつまでカバン持ったまま澤崎の周りにいるんだ。早く席に着きなさい」

「は、はい! すいません!」

「ひ、ひぃー」

「眠い……」

「あっはは……時間は見とかないとね」


 赤幡さん以外の二人はササッと席に着いたが、赤幡さんは眠そうにトボトボと歩いて席に着く。

 先生がそれを見て「はぁー……」と一息吐いてから朝礼を始めた。

 そう言えば、去年も星野先生は赤幡さんの担任だったけ? たぶん去年から変わってないんだろうな。


 朝礼が終わり、一時間目が始まるまでの間の業間。澤崎さんが「朝はゆっくりしたかったけど、ああいうのもありかもね」と、赤幡さんの席の周りに集まる里野さんらの方を見てそう呟く。


「転校生って大体孤立するのがベターじゃん? そんなことなくて一安心だよ」

「…………」


 次の時間は数学か……。俺、完全に文系だから数学得意じゃないんだよな。計算はできるんだけどな。どうにも数学は計算できるだけでは解けない問題があるみたいだ。


「ん? おーい? 成李くーん?」

「…………」


 それをスラスラと解ける人の頭はどうなって――。


「……ん、え?? もしかして俺に話しかけてた?」

「そうだよ。逆に何でわかってないの」

「大きな独り言かと……」

「普通に会話するボリュームで喋ってたらそれはもう独り言じゃないじゃん……」

「そ、それもそうか……。で、何話してた?」


 女子と喋るということが不慣れすぎて話しかけられていることに気が付かなかった。

 そもそも、澤崎さん、俺に対しての距離感っていうのか? それが何か近くないか?

 澤崎さんは男女関係なく仲良くできるタイプだろうか……。

 それとも俺が慣れてないだけ……?


「転校生って孤立するのがベターだよねって話し」

「うーん? そうか? 俺はそうは思わないけどね」

「そぉ?」

「うん。転校生だからこそ、自己紹介で紹介しきれなかった部分を訊かれるものじゃないかなと俺は思うけどね」


 あえて声には出さないが、こんなに美人なんだから声をかけられないわけないだろ。しかもおまけに赤幡軍の一員。一目置かれないわけがない。下手をすりゃ他学年からも注目を浴びることになる。


 俺が意見を述べると澤崎さんが、う〜んと、唸るように考え込む。そこまで真剣に考えることじゃないとも思うけど。

 転校生っていう立場の澤崎さんはそこら辺を結構気にしていたのかもしれない。もし、孤立したらどうしようとかも考えていたかもしれない。そう思うと、この状況は彼女に取って安心したことだろう。


「まあ、そう言った割に喋りかけてくれたのあの三人と君だけだけどね」

「それはー……」


 多分、赤幡軍の仲間になったせいかと思う。ただでさえ圧のある赤幡軍だ。そこに加わった人物だとすると、みんなも近寄りがたいと感じているのかもしれない。

 友達ができたことが逆に影響してしまったということかな。

 でも、そこまで心配することはないだろう。ここ数週間だけで彼女のコミュ力は高いんだなと思ったし、何より話しやすい。澤崎さん自ら話しかけに行ったら友達もすぐにできるだろうな。


 ホントなら昼休みの時間。でも今日は下校の時間。

 たまたま今日は職員会議で四時間授業だったのだ。そのため昼ご飯は各自家で取らなければならない。

 教室の会話を聞いていると、友達同士で食べに行こうか、みたいな会話も聞こえてくる。

 羨ましいと思うまでもなく、俺は絶賛金欠なのだ。なるべく安く済ましたいから食べに行くなどもっての外。家で食べるのが一番だ。

 しかしのしかし! 今日はお母さんが家におらず、好きなもの食べなってことで二〇〇〇円をもらっております! ありがとうございます! お母様!

 これで美味しいものでも食べに行こー。まぁ、一人だけど。


 そう思って教室を出ようとした時。


「成李くん、帰るの?」

「ああ。腹減ったし」

「じゃあじゃあ! 一緒に帰っていいかな? 成李くんと帰り道同じだから!」


 帰り道? はて、澤崎さんに俺の帰路教えたっけ?


「え……俺、寄り道して昼ご飯を食べて帰るつもりだったんだけど?」

「大丈夫! あたしも食べて帰るつもりだったからさ!」

「あっそう? なら一緒に……」


 え、一緒帰る? 待ってくれ、冷静に考えて一緒に帰っていいのか? この澤崎さんと? というか女子と? 俺が一緒に? こんな陰キャが……いや陰キャでも陽キャでもないキャラか……。

 なんというか複雑だ。一緒に帰ろうと誘ってきたのは澤崎さんだ。俺が何言われようが澤崎さんが一緒に帰ろうと言ったからと言えば済む話。俺が誘いを拒む理由はない。あるとするならば、周りの目……。でも、俺はあまりそういうのを気にしたくないタイプだ。

 なら、別にいいじゃないか。なんか澤崎さんは他の男子と比べて俺に対しての関わりが強いのはつくづく思っているが、澤崎さんが俺と関わりたいと思ってくれているならそれはそれで嬉しいから。


「ん? おーい。成李くん、どーしたの?」

「――あ、いや。なんでもない。一緒に帰ろうか」

「やった!」


 女子との関わりが少なすぎて考え込んでたら返事するのに時間がかかってしまった。


 それから俺達は何を食べに行くかと協議した結果、ラーメンということになった。

 男女二人で行くのがラーメンとはいいものかと思ったけど、二人ともラーメンが食べたかったので大丈夫だ。男女二人のいい雰囲気の食事というシュチュエーションには目を瞑ろう。


「おすすめのラーメン屋とかある?」

「そうだなー」


 そんなことを訊かれ、ふと昔の記憶が蘇る。

 それは、昔からよく行っているラーメン屋。昔よく遊んだ女の子の家族とうちの家族とでよく行っていた。

 現在も現役で営業中のこじんまりとした個人経営のラーメン屋。豚骨ラーメンが一番人気で、何十年もラーメンを作り続けている店主特製こだわりの濃厚豚骨スープが絡む麺は食べる度に口の中を幸せにする。〆にご飯を入れるとまたそれが最高。

 俺とその女の子はそこのラーメンが大好きだった。


「一軒、めちゃくちゃ美味いラーメン屋知ってる」

「え、ホントに! そこに行こー」


 そのラーメン屋の店名は『庵格あんかく』といい、知る人ぞ知るといった感じのラーメン屋だ。常連客も多く、店主のさとじぃは二十歳の頃からラーメンを研究し、最強のラーメンを作るべく修行してきた御年六七歳のラーメン愛好家だ。

 そんな俺の思い出の味のラーメンを澤崎さんにも食べてもらえるのは何か嬉しい。


 お昼時の十二時を過ぎて一時になった頃にラーメンやの前に到着した。

 お昼時が終わっているからか、客は並んでいなかった。いい時間帯に着いたようだ。


「ここだよ」

「あ……」

「ん? どうかした?」

「い、いや? 老舗感があるなぁーって」

「そうだねー、結構長くやってるからね」


 澤崎さんの発言に少し違和感を覚えたが気にすることはないと思い、店へ入る。


「さとじぃー。来たよー」

「おぉ! 成李か! いらっしゃい。お? 後のべっぴんさんは彼女か!」


 俺の後ろからひょこっと現れた澤崎さんを見てさとじぃがそのように言う。


「違う違う。クラスメイトだよ」

「ほう。そうか! まぁ、好きなとこに座んなさい」


 そう言われ、俺がいつも座るカウンター席の奥から二番目に座り、澤崎さんが俺の左側に座る。


「成李、制服ってことは学校帰りかい」

「そう。今日は早帰りだったもんで」

「そうかいそうかい。成李はいつものでええやろ」

「うん」

「そっちの嬢ちゃんは?」

「あ、豚骨ラーメンで」

「はいよ」


 少し気まずそうな表情をしている澤崎さん。なんだろう。緊張しているのだろうか。それともさとじぃの顔が怖いから? さとじぃはコワモテってやつだからな。怖いと思う人には怖いかもしれない。


「澤崎さん。そんなに緊張しなくてもただラーメン食べるだけだし、それに、さとじぃは優しいし」

「あ、うん。大丈夫。さとじぃが優しいのも知ってるから」


 知ってるから? 澤崎さんってここ店来たことあるのだろうか。さっき店前で老舗感がどうこうって言ってたけどな……。


 数分すると豚骨ラーメンが俺達の前に置かれる。


「へい、おまち!」

「ありがとう!」

「わぁー! ありがとうございます!」


 さっきの緊張はどこへやら。ラーメンが来た途端顔色が変わった。よっぽどラーメンが好きなのかな?


「「いただきます!」」


 二人揃っていただきますを言い食べ始める。


「うんまぁー!」

「やっぱ、さとじぃのラーメンうまいな!」

「ハハハ! そりゃ嬉しいよ」


 ずっと食べてきたラーメンの味はいつ来ても変わらない。久しぶりに食べるといつも懐かしさを感じてしまう。


「それにしても、成李がこうやって女の子と並んでラーメン食べてるとあの頃を思い出すなぁ」

「あー、そうだな」


 思えば、女子との食事なんてあの頃以来したことがない。


「あの子もちょうど嬢ちゃんみたいな顔立ちで可愛かったな」

「そうそう、あの子とってもかわ――あれ、俺今ここで可愛かったって言ったら間接的に澤崎さんが可愛いって言ってることにならんか?」

「ハハハ! そうだな!」

「別に言ってくれてもいいよ? か・わ・い・いって」

「や、やだわ! 恥ずかしい……」

「成李、照れてるんか! 顔が赤いぞぉ?」

「こ、これはラーメンが暑いからだい!」


 さとじぃ。たまにこういうからかい気質なとこがあるから困りもんだ。

 実際に澤崎さんは可愛いし美人ってことは俺も認めてるけど、本人のいる前で流石にそれを言うのは恥ずいから口にはしたくない。

 さっきは危うくさとじぃの巧妙な罠に引っかかるとこだったわ……。


 それから、ワイワイとさとじぃと思い出話やら澤崎さんの話やらなんやらで盛り上がり、〆の豚骨スープ雑炊を食べてごちそうさまになった。

 会計を済ませ、店を出たとしたところで、澤崎さんが「あ、忘れ物したからちょっと待ってて」と言って店へと戻って行く。

 五分後。忘れ物取りに行くのに五分もかかるか? と思っていた時に澤崎さんが店から出てきた。


「遅かったな。忘れ物探すのに苦戦したのか?」

「うーん。まぁ、ちょっとね」

「? まぁ、見つかったならいいけど」

「成李くんも早く見つけてね」

「え、何を?」

「さて。何でしょーね」

「おい、気になるじゃんか!」

「うふふ。じゃあ、あたしこっちだから! また明日ね」

「え、あ! ま、また明日……?」


 軽快なステップで澤崎さんは道を進んで行った。

 澤崎さんが言った「早く見つけてね」だけがよくわからなかったけど、何か一つのモヤが晴れたような、自信のついたような表情をした澤崎さんの笑顔は百億満点の笑顔だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る