突然の電話

 本当に久しぶりだった。 実に十年ぶりだった。

 夜、コンビニで買ってきたモナカアイスを食べながら、くつろいでいると、携帯が鳴った。見ると、‥山田宏行‥古い友人の名が表示されていた。一瞬私は躊躇してしまった。保留にしようか迷いつつ、やっぱり出ることにした。懐かしい声が聞こえてきた。

「しばらく…」

「おう、久しぶり、七年ぶりくらいか?」と、私は努めて明るく応答した。彼の暗いトーンが気になっていた。放置された食べかけのアイスが目にはいり、溶ける前に要件済むかな、とも思っていた。

「実はな…」

 電話の主は私の幼馴染だった。子供のころからよく一緒に遊んでいた。お互い社会人になっても、しばらくの間は連絡を取り合ってはいたが、今は疎遠になっていた。それなりの理由があり、お互い気遣いあっているうちに、会う、という選択肢が次第に薄れてしまったのだった。彼にはやや年の離れた妹がいて、よく連れてきて一緒に面倒見たりしていた。大学生になって、一人暮らしを始めた時、彼が知人から古い冷蔵庫を調達してくれて、当時中学生になった妹と共に運んできてくれた。その冷蔵庫は今でも現役で私の部屋にある。

 その日のことは結構覚えていた。冷蔵庫のお礼がてら、そのあとみんなでファミレスに行って長い時間を過ごした。思春期の彼の妹をからかったり、楽しく過ごした。

 それからも何度か一緒に遊んだりしたはずだが、あまり思い出せない。私も彼も社会人になり、そちらのコミュニティを大事にし始めたからだ。連絡を取り会わなくなっても、時々気にはなっていた。ただ、用もないのにこちらから連絡するのが憚られた。向こうも同様だろう。

 というわけで、彼から電話がかかってくるということは重めの内容であることは想像できた。いろいろ脳裏を駆け巡ったが、事実はそれを上回った。

「妹が死んだんだ……」

「そんな……」

「いや、お前にこんなこと知らせていいものか迷ったんだ。最近連絡取ってなかったし、そもそも身内で留めるべき話だしな…」


 彼の妹についてはあまりいい話を聞かなくなっていた。まだ彼とよく会っていた頃、自嘲気味に妹の近況を聞かされたことがある。一緒に私の部屋で酒を飲みながら、しばらくして酔いが回った頃、彼は葉書の裏に印刷された写真を私に見せた。そこには、見知らぬ目つきの悪い男と一緒に映っている彼の妹が、ウエディングドレスで写っていた。

 他の友人たち、また私の親からも彼の妹の噂話は耳に入っていた。希望の高校に進学できなくなり、やむなくランクを下げた高校に通い始めたのだが、学校生活に馴染めず、次第に登校しなくなり、荒んだ生活を送るようになっていた。或る日、その時付き合っていた彼氏を伴って退学届けを出した。それから家を出て、働き始めたが職を転々として、やがて家族とも音信不通になった。しばらくして、件の写真が送られてきたのだった。

 それは取ってつけた演出が施された結婚写真だった。新郎は紋付、新婦は純白のウェディングドレス。ほぼ無表情だった。あてつけのように送られてきたその写真は家族に暗い影を落とした。それでも、消息だけはつかめたので、多少の安心は与えた。けれど、それよりも怒りが勝っていたので、家族は黙殺することにした。

 私は見た後ですぐに写真を返した。正直、もう見たくなかった。私が知っている彼の妹と、写真の人物との間に齟齬を感じ、人生の履歴を見るような気がして、気が滅入った。

「弘子ちゃん…これからどうするのかな?」

 兄は首を振るばかりだった。

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