第48話 ロディ、ダンジョンボスを知る

「でかいスライム、ってどのくらいでかいんだ?」

「えっとね、たしか高さ5m、幅10mの半球形なんだって。」

「そいつはかなりでかいな。」


 ヒュージスライムはその名の通りかなりの大きさだ。直径10mの球を半分に切ったような感じらしい。


「でも結局はスライムなんだから、大きくなっただけでそれほど強くないんじゃないか?」


 とテオが言う。

 スライムは、触り心地はぶよぶよとしていてかなり柔らかい。動きも鈍く、攻撃も体当たりしかない。冒険者の間では『最弱』の魔物と呼ばれているのだ。いくら大きいからと言って、強い、ということは想像しづらい。

 しかしエマはテオの言葉に首を振った。


「あの森のあちこちにいる小型のスライムとは全く別物。だって中級ダンジョンのボスなのよ。弱いはずないわ。」

「へー、スライムがねえ。・・・そのヒュージスライムの特徴をもっと話してくれない?」


 ナコリナがエマに聞く。この魔物を倒さなければならないのだ。討伐相手の情報はナコリナだけでなく他のメンバーも聞きたい話だ。

 エマは頷いて答える。


「ヒュージスライムの大きさはさっき話したけど、他の特徴ね。メモを探すから、ちょっと待って。」


 エマはそう言うと、荷物を探り出して、そして1冊の手帳を取り出した。どうやらここに魔物の特徴を記載しているらしく、エマは手帳をぺらぺらとめくりだし、「あったわ」とつぶやいて顔を上げた。


「ヒュージスライムは体はやや水色がかった透明。体の透明度はかなり高くて、その体の中心部分にある30cmくらいの核が外からでも見えるんだって。ちなみに魔石もそのそばにある。」

「外から核と魔石が見えるのだ?弱点が丸見えなのだ。」


 レミアの言葉は他のみんなの驚きを代弁していた。小さいスライムも核は見えていて、それを壊されると死んでしまう。

 まさかダンジョンボスであるヒュージスライムもそれと同じだとは思っていなかったが、外見だけは他のスライムとそう変わらないらしい。


「そう。でもそう簡単には核に攻撃は届かないらしいわ。」


 エマは肯定と否定を交えて応える。


「なんで?見えてりゃ何とかなりそうだけど。」

「そのスライムはね、一言で言うとヒュージスライムの体は『防御力が高い』のよ。」

「防御力が?」

「そう。ヒュージスライムは「魔法耐性」と「物理耐性」がどちらも高くて、普通の攻撃や魔法では分厚いスライムの体に阻まれて、核まで攻撃が届かないようよ。」

「「魔法耐性」と「物理耐性」がどちらも高い、だって!?」

「そう。それに再生能力もあるわ。体の表面に傷をつけたとしても、すぐにふさがってしまいらしいわ。」

「げ、そりゃとんでもねえな。」


 魔法耐性も物理耐性も高く、しかも再生能力もある。これだけ聞けば攻略は不可能なのだが・・・。


「でも、フェイさんは『攻略法もすでに確立されてる』って言ってたわよね。」


 考え込んでいたナコリナが、思い出したように言った。

 確かにフェイは『攻略法』について言っていた。ならば討伐のやり方が明確になっているはずだ。


「攻略法はもちろんあるわ。それを説明するには、ヒュージスライムからの攻撃がどういうものか、そちらから説明する必要があるの。

 ヒュージスライムの攻撃はね、体の一部から伸び出るように『腕』が出てきて、その腕の先の『拳』をぶつけてくるの。」

「腕?スライムなのに?」

「もちろん人間や動物の腕じゃないわよ。体の一部が腕のように伸びてくるからそう呼んでるだけ。

 それでね腕の伸びる速さはかなり早くて、そして拳の先端は硬くなっているらしいの。つまり、ヒュージスライムは、『腕で殴って攻撃』してくるってわけ。」


 ヒュージスライムの攻撃方法は、まさかの打撃攻撃。2本の腕で冒険者たちを殴りまくるのだという。


「で、攻略方法なんだけど、その伸びてきた腕をね、「ぶった切る」んだって。」

「ぶった切る?」

「そ。腕が伸びたところを横から剣で切り飛ばすの。

 スライムは魔法と物理のどちらも耐性があるんだけど、どちらかと言えば魔法耐性の方が強くて、物理耐性はやや劣るんだって。だから腕を切り飛ばしていくのは可能なのよ。

 もちろん切り飛ばしてもスライムはすぐに回復するから致命傷じゃないんだけど、でも切り飛ばした『拳』の方はスライムから切り離されてしまって、元に戻らないらしいわ。その方法で腕を何十回と切ることで、体の一部を切り取り続けて、そして徐々にヒュージスライムは体が小さくなっていくの。最終的には核に直接打撃が通るくらいに小さくなったところで、核を攻撃して倒すらしいわ。」

「・・・つまり腕を切って、スライムの体積を少しずつ小さくして、核を露出させる、ということか。」

「そういうことみたい。」


 ヒュージスライムはその体は魔法にも物理にも耐性が高いが、その高い耐性を持つ体を削り、装甲を薄くすることにより、魔法耐性も物理耐性も弱めることができるらしい。


「ただね、腕を切り飛ばすって簡単に言うけど、もれもなかなか難しいらしいわ。腕が伸びたところをすぐさま駆け寄って、剣で腕を切り離すようにしなければならない。それに物理耐性が高いので、腕を1回切るだけでもかなりの力と魔力を必要とするわ。」

「・・・それを数10回やらなければならないのか。そりゃく苦行だね。」

「そうなのよ。だから攻略法は確立されているけど、冒険者の力量だけじゃなく時間も必要なの。だからこのヒュージスライムはあまり人気がなくって、ボス討伐をする人はそれほど多くないわ。」


 ロディはボス討伐の苦労を思い浮かべてうんざりとした気分になった。

 そういえば、フェイも『めんどくさくて時間がかかる』と言っていたな、とロディは思い出す。


「なるどほね。とにかく攻撃してきた腕を切る。それには腕の攻撃を受けるか避けるかする必要があるわね。ちなみに腕の威力は聞いてる?」

「聞いたところだと、『大盾を持った防御担当のCランク戦士が何とか耐えきれる』ってくらい。スピードも速いから避けるよりも受ける方が安定するって。」

「かなり強いわね。まともに当たったらただじゃすまないようね。」


 ナコリナが殴りがかなりの強さを持っていることを知って思案している。彼女やレミアは避けるか、他の人が防御しないといけないだろう。


「ところでその腕は1本だけなのだ?」

「ううん、2本出てくるらしいわ。ただ3本以上は出てこないって。」

「2本か・・・1本は俺が受け持つが、2本同時は無理だ。」


 2本出てくるとなれば、それを担当する人がロディのほかにもう一人必要になる。ロディならば腕が伸びたところを避けてから切りかかることも可能だが、もう1本は他のメンバーへの攻撃に向かう。それを防がないといけない。


「俺が腕を1本受け持つぜ。」


 そう言ったのはテオだった。


「俺は獣人の血が流れてるし、Dランクだが耐久力も高い。だから受けるだけなら何とかなるだろう。それに俺は男だし、他の女性には任せられない。」


 テオの提案にみなが頷く。たしかにテオに任せるしかないだろう。


「そうだな。テオ、長丁場になりそうだが、頼んだぞ。」

「任せとけ。」


 テオは力強く頷いた。


「それならポーションはたくさん持っていく必要があるわね。明日までに少し作って補充しましょう。」

「けがをしたら私がヒールするのだ。」

「牽制用の矢をたくさん持っていくわ。攻撃は効かないだろうけど、役に立つと思う。」


 ボスの話を聞いたメンバーたちは、目標が明確になったためか、意欲的になっていた。

 そんな彼らを見て、ロディは頼もしく思えるのだった。


 こうしてロディたちは、ダンジョン及びボス対策の準備に動き出したのだった。


◇◇◇


 ヒュージスライムの情報と対策を元に準備を進めたロディたちは、フェイのダンジョンボス討伐指令の日から3日後にダンジョンに出発した。

 当日、ダンジョンへ向かうために西門にやってきたロディたちの目の前に、2人の知人の姿があった。

 フェイとロスゼマである。

 どうやら2人はロディたちの見送りに来たようだ。


「ありがとうございます。わざわざ見送りに来てくれたんですか?」

「当り前じゃ。弟子への試練を言い出したのはワシじゃ。見送りに来んわけにはいかんじゃろう。」

「フン、暇だから来てやっただけだよ。ナコリナ、ケガなんかしてみんなの足手まといになるんじゃないよ。」

「わかりました。ありがとうございます。」


 ロディとナコリナがそれぞれの『師匠』に挨拶をする。


「師匠、ロスゼマさん。今から行ってきます。必ずヒュージスライムを倒してきますよ。」


 準備は万全だ。ロディは自信をもって宣言した。


「どのくらいでボスにたどり着けそうかの?」

「予定ではダンジョン内で2泊して、明後日にはボス部屋に着けると思います。」

「2日後かい。結構早いね。自信があるようだから、まあ、朗報を楽しみにしておくよ。」


 ロスゼマも、そっけないふりをしながらも応援してくれているようだった。

 2人の思いやりに嬉しくなるパーティ5人。


「じゃあ、行ってきます。」


 そう言ってロディが街に背を向けようとしたとき、フェイがロディに軽く声をかけた。


「ロディ、では、またな。」

「はい。(・・・?)」


 ロディは、フェイのその言い方に少しだけ違和感を覚えた。しかしあまり強い感覚ではなかったし、他の4人はすでに歩みを進めていたので、ロディはそのことをすぐに頭から忘れ、ダンジョンに向かって進み始めた。


 その時ロディは気づかなかったが、5人を見送るフェイの顔にはある笑みが浮かんでいた。

 数日前にロディたちに条件を付けた時と同じ、イタズラを思いついたような含みのある笑みだった。

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