第44話 ロディ、身震いする
フェイが取り出したものは、5~6cm角の立方体をしたもの。石のような材質で、色は白く、しかし全体的に薄汚れていた。
それより目を引くのが、上面に施された魔法陣と、その魔法陣から伸びて側面に施されている線である。この線は魔法陣と同じ色であり、魔法陣と同じ材料で描かれているのだろう。
そして側面には各面1か所ずつ、計4か所に魔石らしきものが埋め込まれていた。ただ、その魔石は色が失われており、すでに魔力がない。
「あ、それは・・・。」
ロディにはフェイが手に持ったそれに見覚えがあった。それは、エリー誘拐未遂事件のあとに見たことがあるものだ。
「これはロディがとらえた男の体内より取り出したものじゃ。つまり、魔法師ザルクルースの作った魔道具じゃ。」
「ザルクルース・・・!」
フェイとロディが口にしたその名前。
かつてミズマの街の近くに住み、魔法陣を研究し、自作の魔道具を造り、そしてそれを使用して人体実験を繰り返していた男。
ロディの仲間であるテオとレミアもかの男により人体実験の対象となり、体内に魔道具を埋め込まれている。
その魔道具は、各人が持つギフトの性能を著しく強化するが、その代償として膨大な魔力が必要になるというものだ。
目の前の魔道具は、エリー誘拐未遂の際にロディがとらえた男から出て来たもの。その男はロディとフェイとの戦闘で、その魔道具を用いて彼のギフトであろう『俊足』系の力を最大限に引き出していた。
その男が力を行使した姿が、テオとレミアが同じく魔道具の力を行使した姿と酷似していた。そのためこの魔道具はザルクルースが作製した物であろうとほぼ断定されている。
「ロディに話しておかねばならぬこと、それはな、ザルクルースに関わることじゃ。」
フェイはそう言うと窓の方を向く。過去を回想するような目をしながら。
「ワシとザルクルースには面識がある。かつて魔法陣研究所に勤めていた時、あやつは同僚じゃったんじゃよ。」
「え、同僚?」
「そうじゃ。ワシとあやつとは、ほとんど同時に研究所に勤め始めた、いわゆる同期という間柄じゃ。もっとも、ワシはかなり歳を食っておったが、あやつはまだ20歳になったばかりの若者じゃったから、とても同期には見えんかったがのう。」
フェイは自分の冗談にカラカラと笑った。自分でも面白いとは思ってないだろうが、雰囲気を和らげるためにあえてそうしたようだ。
ロディは以前フェイたちとの晩餐会で、フェイとザルクルースが既知であることを聞いていたのだが、その理由をようやく知ることが出来た。
「だから師匠はザルクルースを知っていたんですね。彼は、その・・・どんな人だったんですか?」
「国の機関に採用されるのじゃ。当然ザルクルースは優秀じゃった。若いが知識もあるし、柔軟な発想もあった。何より魔法陣にかける情熱があった。ワシとザルクルースとは、魔法陣の研究を通し、意気投合しておったんじゃよ。」
「え!?フェイ師匠がザルクルースと意気投合!?」
初めて聞くフェイの話にロディは信じられないと首を振る。
それを見てフェイは穏やかな笑みを浮かべ、ロディに語り続ける。
「まあそうワシを責めるでない。あの当時ザルクルースは犯罪を犯していたわけではない。ワシと付き合いがあってもよかろう?」
「そ、そうですね。すみません。」
「あやつの魔法にかける情熱は本物じゃった。魔法陣研究所の内情に気づいてうんざりしておったワシには、あやつと魔法について語ることがせめてもの救いであり、喜びでもあったんじゃよ。」
そう言ってフェイは言葉を区切ってしばし沈黙した。
「師匠は・・・今でもザルクルースと連絡を取っているのですか?」
「いや、取ってはおらん。奴とは最初に意気投合したのじゃが、次第に意見が合わんようになってのぅ。
あやつもワシも、常に魔法と魔法陣のことを考えておったのは同じじゃった。しかしのぅ、ワシはある時気づいたんじゃ。ワシとあやつとでは、魔法に対する想いが根本的に違うことに。」
フェイは語気を強めて言った。それは、抑えていた怒りの感情が、抑えきれずに表に出てきたかのようだった。
「ワシは魔法を研究することが世の中の人々の暮らしをよくするための一助になる、そう信じて研究しておった。
しかし、ザルクルースは違った。あやつは単純に『魔法と魔法陣を究明すること』を目指しておった。
ワシにとって魔法と魔法陣の研究は、目的のための『手段』じゃったのじゃが、あやつにとっては魔法そのものが『目的』じゃったのじゃ。
魔法の真理に近づくことが目的ということになると、そのほかのことは2の次になってしまう。自身の生活も、お金も、出世も、そして・・・他人の命も。」
「!」
「あやつは魔法を極めるという『目的』のために手段を選ばん。そういうやつじゃったんじゃ。」
フェイの言葉に、ロディはごくりと生唾を飲み込んだ。
ザルクルースは魔法というものを最重要視し、それ以外のものを軽視する。その思考が極まって、ミズマでの事件を引き起こしたのだ。
「魔法の研究のためにはすべてを犠牲にしてもかまわない、そんな考えはワシには到底受け入れられるものでは無い。遅まきながらあやつの考えに気づいたワシは、説得のために苦言を呈したり、時には強く口論したりもした。しかし、あやつは自分の考えを変えようとはせんかった。
あやつの考えを変えることが出来んと悟ったワシは次第にあやつから離れて行き、ワシが研究所を去るころには全く話もしておらんかった。それ以来、ワシとあやつとの繋がりはない。」
そこまで一気に言葉をつづけたフェイは、再び手に持つ魔道具に視線を落とす。
「この魔道具はザルクルースの手によるものに間違いは無かろう。あやつでなければこんな人体実験の上での成果を上げることは出来ん。」
ロディはフェイと同様に、立方体をした魔道具をしばし眺めていたが、ハッとして目をあげた。
「師匠。これがザルクルースの物だとするならば、彼はもしかして、セルドズ公爵の下にいるということなのでは。」
「恐らくそうじゃろう。事件が発覚して逃げおおせた後、おそらくはセルドズ公爵の庇護下に入り、それまでの研究成果をセルドズに教えた。そしてセルドズはそれをエリー誘拐に利用した、と考えられるじゃろう。」
犯罪者として手配されているザルクルースを、公爵家が匿っている。これではザルクルースに捜査の手が及ばないことを意味する。
「それでは、ザルクルースを捕まえることはできないですね。」
ロディは苦々しく言った。テオやレミアの安全のために、出来ればザルクルースが捕まってほしかったのだが、その可能性はかなり低くなったとみていい。
そんなロディに、フェイはさらに追い打ちをかけることを言う。
「そんな生易しいことではないぞ。考えてもみよ。そのセルドズ公爵家には、魔法陣研究所から未知の魔法陣が横流しされておる可能性が高いのじゃ。それがどういうことになるか、わかるじゃろう。」
「あ・・・」
そう言われて、ロディはその危険性に思い至った。
横流しされた魔法陣は、おそらくザルクルースの研究の恰好の材料となるだろう。魔法陣の中には、非常に攻撃性の高いものや危険な魔法陣もあるかもしれない。
それをザルクルースは研究できる。悪いことに後ろ盾が公爵家だ。資金は潤沢にあり、しかもどんな研究でも歯止めをかけるなんてことはしないだろう。
「ここまでくればもう間違いなかろう。セルドズ公爵家は、王家に対して反乱をもくろんでおろるのは間違いない。なりふり構わず、使える者は何でも使うであろう。たとえ人道に悖る研究成果でさえもな。」
ロディは考える。もしザルクルースが研究、考案した魔法陣や魔道具を戦いに投入されたとしたら、と。
それは勝つにせよ負けるにせよ、タダでは済まなくなる。どれほどの被害が出るか、全く予想がつかないのだ。
ロディは恐ろしくなって身震いをした。
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