第43話 ロディ、フェイの過去を知る(2)
「ワシは若いころは冒険者として生き、それを長年続けてきた結果『賢者』とまで呼ばれるようになった。
が、人は等しく歳を取る。歳を取れば体力的に衰えてくるのじゃ。瞬発力、一瞬の判断力、長時間の戦いでの体力など。その衰えを知識と経験でカバーしてきたが、それも限度があった。
日に日に衰えていく自分に悲しくなってのぅ。じゃから50を機に冒険者を引退したんじゃ。」
「50歳まで一線の冒険者だったなんてすごいです。」
「そうじゃな。長くできた方じゃろ。そこまでできる奴はそういまい。」
そう自慢するフェイだったが、やはり悔しかったのだろう、目には寂しげな感情が浮かんでいた。
「そして引退したあとじゃが、何もせんと暇を持て余すじゃろう。では何をするかを考えた時に、ワシは好きな魔法の研究をすることにしたんじゃ。
幸いなことに、ワシが賢者と呼ばれていたことでいろいろな引き合いがあった。そのうちの一つが王宮からの招待じゃ。
『魔法陣研究所に所属して魔法陣の研究をしないか』
こんな勧誘があったのじゃ。王宮の魔法陣研究所であれば様々な魔法陣に触れられて、新しい魔法陣も作れるに違いない、そう考えて魔法陣研究所に籍を置くことにしたんじゃよ。」
フェイは一息ついてロディを見た。
「じゃが、せっかく選んだ『魔法陣研究所』は、名ばかりのものじゃった。」
フェイはわずかに語気を強めてそう語った。表情にもわずかに怒りが浮かんでいるように見える。
ロディはフェイの目をしっかりと見て話を聞き逃すまいとしている。フェイはさらに話をつづけた。
「そこは魔法陣を研究し発展させるための組織ではなかった。逆に新しい魔法陣を世に知らしめないため。むしろ魔法陣の研究を妨害するような機関じゃったんじゃよ。」
「妨害、ですか。」
「そうじゃ。新しい魔法陣を発見した冒険者たちが魔法陣研究所にそれを持ち込んだときじゃ。普通ならばもろ手を挙げて歓迎するはずじゃが、そんなことは一切なかった。
それだけではない。持ち込まれた魔法陣を満足に検証することもなく、『うまく発動しない、不完全な魔法陣だった』とか『危険な魔法陣のため、公表の許可が下りなかった。』とか言葉を尽くして、その魔法陣を”無かったこと”にしてしまったのじゃ。それだけではなくその魔法陣を秘匿して隠してしまったのじゃ。」
「信じられません・・・。」
「残念ながら事実じゃ。ワシはそこにいたため、それを知っておるのじゃ。」
フェイはふと悲しそうな顔をした。自らを恥じているかのような、そんな顔だ。
「ワシは幾度となく『新しい魔法陣をきちんと研究させてくれ』と申し入れた。しかし上層部はそれを許可せんかった。
そこにいる間、ワシはずっと悔しい思いをしてきた。我慢を重ねてきたが、ついに耐え切れなくなってな、辞表を叩きつけては魔法陣研究所をやめたんじゃ。たった半年間でな。」
フェイの話をロディは反芻する。何から話をすればいいか、頭で考えてようやく言葉を絞り出す。
「なぜ、そんな組織になってしまったんでしょうか。最初は魔法陣を研究するための組織だったはずでしょう。」
「そうじゃな。それは当然理由がある。」
フェイはおもむろにロディに目を向けて話し出した。
「まずは『魔法陣』研究が保守的になってしまっておったからじゃ。」
「保守的に、ですか。」
「魔法陣研究所の上層部は、新しい魔法陣を喜ぶどころか、迷惑に思っておったんじゃ。新しい魔法を認めてしまうと、そのための手続きやら新たな検証やらで時間がたくさんかかる。お偉いさんはそれを嫌っていたんじゃ。」
「そんな・・・」
「それともう一つ、こちらが一番大きな理由なのじゃが、」
フェイは少し語気を強めて言った。
「魔法陣研究所がな、”ある貴族”に牛耳られておったからからじゃよ。」
「ある貴族?」
「そしてその貴族は研究所の上層部にこう指示しておったんじゃ。
『新たな魔法陣を認めるな。徹底的に排除しろ。その代わりその魔法陣は我々が買ってやろう。』とな。」
「!」
魔法陣研究所はある貴族に支配され、新しい魔法陣は世に出ることなく秘匿され、それはおろか、横流しされていたのだ。
「それじゃあ、新しい魔法陣が非常に使える魔法で、それをその貴族が秘匿してしまっているってことも・・・。」
「秘匿だけならまだいいわい。もしもそれが今までにない強力な攻撃魔法であった場合、その貴族にしか使えない魔法ということになってしまう。いや、もうすでになっておるのもあるじゃろう。」
「なんてこと・・・。」
強力な魔法を一貴族が独占しているとするなら、それはその貴族がものすごい力を持つことになる。そのことが及ぼす影響は計り知れない。もしかしたら戦力的に王家の力を凌駕することもありうるのだ。
「その貴族は、どこの家かはわからないのですか。」
「いや、分かっておるよ。表には出ないため明らかにはなっておらんが、まず間違いないじゃろう。」
ロディの問いにフェイはゆっくりと答えた。
「その貴族の名は、『セルドズ公爵家』」
「セルドズ公爵家・・・」
ロディはこれまでに幾度かセルドズ公爵の名前を聞いたことがある。
王国貴族の重鎮、かつて権力を握っていた貴族派のトップ、1年前の王太子のクーデターにより実権を奪われるまで王国の中枢にいた貴族、そして、
「そうじゃ、半年前にエリー誘拐未遂を主導したと考えられる貴族じゃ。」
フェイはゆっくりとそう告げた。
エリー誘拐未遂事件。
フェイとロディの活躍により未遂に終わったこの事件。
犯行を行ったものは全員死亡している。ロディに捕らえられた実行犯のリーダーと思しき男は、当初は生きて捕らえられたのだが、残念ながら独房にて自殺しており、結局何の自白も得られていない。
しかしその後の捜査で、所持品、服装、宿の残留物などからいくつかの物証が見つかっている。
その物証は、セルドズ公爵家と犯行グループとのつながりを強く示唆するものだった。
残念ながら直接的な証拠ではないため、結局はセルドズ公爵が犯行の主導者であるとは断定できていない。
だが、エリーやフェイ、ロスゼマなどは、セルドズ公爵家が主導したものと個人的にきめつけており、おそらくそれは間違いないだろうと思われている。
「今は王太子の改革も進み、貴族派の影響力は王宮ではかなり薄れておる。しかし改革はすべてにおいて順調に進んでおるわけではない。宮廷魔術師や魔法陣研究所は今どうなっておるかわからん。状況は好転しておると思いたいが、事実は確認できておらんし、長年続いてきた組織というものは根深くなかなかにしぶとい。完全にクリアな組織になるには時間がかかるじゃろう。」
「なるほど。それが、師匠が研究成果を公表しない理由なんですね。」
「そうじゃ。公表したあと『この研究、魔法陣を改変したに違いない』などと言って罪人に仕立て上げられたらたまったもんじゃないわい。ワシもこの年で罪人として牢屋に入れられるのはまっぴらじゃ。せめて魔法陣改変可能となるように法律が変わらるまでは、公表するつもりは無いのぅ。」
フェイは長い間の経験があり、ましてや「魔法陣研究所」の内情にも詳しい。
太后であるエリーと個人的なつながりがあるのだが、それでもなお危険と判断しており、フェイは研究の非公開を決めたのだ。ロディとしてはそれを受け入れるしかなかった。
「ロディ、お主には大いに協力してもらったが、結局ワシ個人の自己満足に付き合ってもらっただけなのじゃ。許してほしい。」
「そんな、師匠。私は満足してます。それに師匠の研究によって魔法陣の使い方も大いに広がりました。感謝しかありません。」
これはフェイへの慰めの言葉ではなく、ロディの正直な気持ちだ。
ロディは自分の覚えた魔法陣ならその性能を変えられるようになっている。通常の魔法だけでなく、その魔法陣を一部変更することにより、スピード特化や連射特化の魔法などを放つことができる。つまり戦術に幅が広がっているのだ。
それを考えれば、この研究成果はロディにはメリットが大きかったと言うしかない。
フェイは、愛弟子の言葉に全く偽りの色がないことを感じ、嬉しそうに目を細めた。
「そうか。そう思ってくれるのであればワシも安心じゃわい。」
そう言ってほっとしたような表情をしたフェイだったが、ふと何かを思い出したように顔を上げた。
「おお、そうじゃ。魔法陣研究所の話で思い出した。ロディには伝えておかねばならぬ話がもう一つある。」
そう言ってフェイは自分の机の前に移動し、鍵束を取り出してそのうちの一つを選び出した。そしてそれを鍵付きの引き出しに差し込み、引き出しを開け、中から何かを取り出した。
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