第42話 ロディ、フェイの過去を知る(1)
「発表などせんよ。」
「どうしてでしょうか。駆け出しの素人の私から見ても、素晴らしい成果だと思います。」
フェイの拒否に対して、ロディは納得がいかないといった表情で問うた。
「ふぉっふぉ。ロディはまだ若いのう。この国の魔法陣を取り巻く状況が分かっておらん。」
フェイはロディの質問に無理やりという感じで笑って、そしてこう答えた。
「ロディや。まず、発表するとしたらどこに話を持っていくかね。」
「・・・そうですね、まずギルド、いや、国でしょうか。国には魔法陣を研究、管理している部門があるでしょう?宮廷魔法師とか」
「そうじゃな、魔法陣を管理しとるのは宮廷魔法師管轄の『魔法陣研究所』じゃな。」
そう言ったフェイはさらに悲しそうな、そして怒ったような顔をして言葉を続けた。
「じゃからじゃ。じゃから発表などできんのじゃよ。」
「え?」
フェイから出た言葉は、明確な拒絶。
しかしロディにはフェイがこれほど発表を避ける理由が分からなかった。
「どうして魔法陣研究所に報告することに反対なのですか?国から見たら、魔法陣の研究の進展は大いに喜ばれると思いますが。」
フェイはロディの言葉にすぐには答えず、ふっと一息つくと、こう質問した。
「ロディや。今国が認める魔法陣はいくつあるかの知っておるか?」
「え?・・・それはもちろん魔法陣全集に載っている88個です。」
本当はグライムスさんの資料から発掘してロディ個人で持っている魔法陣があるのだが、今はあえて無視して答えた。
「そうじゃ。では最も新しく魔法陣が加わったのはいつか、知っておるか?」
「・・・それは・・・。」
フェイからの問いにロディは過去に思いを巡らせて記憶をたどった。そして行き着いた記憶は、『魔法陣制作士』試験を受けるために受講した初めての講習の事だった。
その時の講習はエリザベス女史が講師として様々なことを教えてくれた。その時の彼女の語ったことに、この言葉があった。
『・・・そして現在使用できるとわかっている魔法陣は全部で88個しかないザマス。遺跡から新たな魔法陣が発見されれば増えることはあるザマスが、ここ100年その報告がなく、増えていないザマス。』
「100年以上前、と聞いてます。」
「うむ、そうじゃ。よく学んでおったようじゃな。」
フェイは満足そうに笑って頷いたが、すぐにその笑顔を引っ込め、そして真面目な顔でロディに言った。
「ロディや。本当に、100年間新しい魔法陣が見つからなかったと思うか?」
「え?」
フェイからの質問はロディにとって意表を突つかれたものだった。『本当に100年間新しい魔法陣が発見されなかった』かどうかなんて考えても見なかったのだ。単に『そうなんだ」としか考えていなかった。
しかし、とロディは改めて考え直してみる。
(100年、新しい魔法陣が全く発見されないなんてあるだろうか。少なくとも冒険者は100年間ずっと遺跡やダンジョンを探索し続けている。未踏の遺跡などを踏破することもあっただろう。なのにそこに魔法陣の痕跡が全くなかったというのは、改めて考えると異常だ。)
「たしかに、100年間全く新発見がない、というのは変ですね。」
ロディは沸いてきた疑問に首をかしげるが、フェイはこともなげにロディに告げるのだった。
「そうじゃろ。ロディの言う通りじゃ。事実、100年間で、魔法陣は発見され続けておるんじゃよ。」
「え!?」
フェイの発現は驚きだった。魔法陣は100年間発見されてないわけではない、発見され続けているという。
「まさか・・・。新しい魔法陣は発見されているのに、魔法陣全集には載っていない、ということですか?」
「そうじゃ。新しい魔法陣は実際に発見されておるのじゃ。ワシもいくつか知っておる。もちろん使用もできるものがのぅ。そのうちのいくつかは発見された冒険者たちが秘匿してしまうものもあるじゃろうが、少なくない数は魔法陣研究所に報告もされておる。
しかし魔法陣全集の魔法陣は100年間88個のまま変わっておらん。なぜかわかるかな?」
「えーっと、魔法陣研究所に報告されている新しい魔法陣が、100年間まったく載っていないとしたら、それは・・・」
ロディはその疑問を考え続け、そしてある結論に達した。ロディにもちょっと信じられない考えだが、それなら辻褄はあう。
しかしそれが本当だと認めるにはすぐには出来なかった。そんな理不尽なことが本当にあるのだろうか。
ロディは自分の結論に間違いがないかどうか確かめようと、恐る恐るその結論をフェイに告げる。
「・・・まさか。わざと載せていない?」
それを聞いたフェイは、ロディの期待に反して、ゆっくり頷いた。
「その通りじゃ。魔法陣研究所は新しい魔法陣を公表せず、意図的に隠しておるのじゃ。」
フェイから語られたことはロディにとって衝撃だった。まさか、魔法陣を公に認めている機関が、その裏では魔法陣を秘匿しているなんて思っても見なかったのだ。
「魔法陣研究所は、研究所とは名ばかりでのぅ、新しく見つかる魔法陣を広めるつもりは毛頭ないのじゃ。冒険者などから報告された新しい魔法陣は、『公表するにはまだ早い』「危険な魔法のため公表できない』などと様々な理由をつけて公表せず、それだけではなく隠し持って秘匿してしまっているのじゃ。」
「そんな馬鹿な。信じられません。なぜそのようなことを・・・。」
「信じられんのも無理はないが、事実じゃ。」
「どうして・・・師匠はそう断言できるんですか。」
「それはの、知っておるからじゃ。そう、ワシは知っておる。」
フェイは過去に想いを馳せるようなふと遠い目を窓の外に向けた。そしておもむろに語り始めた。想いを馳せた、フェイ自らの過去を。
「実はのぅ、30年前の一時期、ワシはそこに居ったんじゃよ。あの忌まわしき『魔法陣研究所』にのぅ。」
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