第41話 ロディ、魔法陣の構造の一端を知る

「・・・なるほど、自分の魔法陣を、さらに修正することが可能、か。」


 少しの時間が経って落ち着きを取り戻したフェイがつぶやくように語る。


「はい。・・・でも疑問があるんです。」

「疑問?」

「私のギフトは『修正』です。そのギフトで修正した魔法陣を、さらに変更することができる。これは『修正』なのでしょうか?」

「む、そう言われればそうじゃのう。」


 ロディの疑問にフェイも思案顔で頷く。

 修正済みの魔法陣を、さらに修正。これはどうも矛盾を含んでいるように思える。修正でロディが覚えた魔法陣は、それ以上修正する必要のない『完全な』魔法陣ではないのか。まだ修正の余地があるのならば、なぜそれが最初から分からないのか。

 2人してしばらくうんうんと考え込んでいたが、もとより矛盾なので容易には答えにたどり着けない。


「・・・ええい、考えても仕方あるまい。疑問があるならばやることは一つじゃ。ロディや、分かるかの?」」

「え、・・・はい。疑問があれば、一つ一つ確認して検証し、答えを導く、ですか。」

「そうじゃ、それが研究。真理へと導くための王道じゃ。だからのう・・・。」


 そう言ってフェイはロディを笑顔で見据えた。


「確かめねばならん。ロディの魔法陣はどこが変えられるのか、全部か、それとも少しだけか。確かめねばならんのじゃ。」

「・・・はい。」


 ロディはため息をつきそうになりながら答えた。

 長期間の魔法研究に終わりが見えて来たかと思っていたのだが、どうやら別ルートの魔法研究の種を見つけてしまった。

 こうなるとフェイからの更なる長期間の拘束は避けられない。

 ロディも研究のようなことは嫌いではないのだが、さすがに長い間そればっかりやっていると飽きが来てしまうことがある。

 だが、師匠の行動を制限するわけにもいかない。それに今回のことはロディにも疑問があるので、検証する価値は大いにあるだろう。


 そういったことで、新たに見つかったロディの魔法陣『修正』研究はさらに数か月を要することになった。




「・・・うむうむ、これで大体調べられることは調べつくしたようじゃな。」

「はい。」


 そうフェイとロディが語ったころは、すでに冬も過ぎて春のころ。外の山野には雪は消え、蒼い若葉が芽吹いていた。

 つまり、ロディたち5人がザイフの街に足を運んでから1年が過ぎていた。


「これで魔法陣の研究は2歩も3歩も進んだわい。」

「ええ。お役に立てて良かったです。」


 フェイは落ち着いた顔にも喜びの表情がうかがえ、ロディはそのフェイを穏やかな面持ちで眺めていた。


 結局、ロディの魔法陣はなぜ更なる『修正』ができたのか。

 それは一言で言うと『修正により魔法の長所を変えているから』ということになる。


 かみ砕いて説明する。

 フェイとロディとの研究でまず初めにわかったことは、「魔法陣には可変の領域と、変えられない領域が存在する」ということだった。

 変えられる領域は、ロディの『修正』で変更できる領域で、それができない場所が『不可変の領域』と位置付けられる。


 では可変の領域を変えると魔法の何が変わるのか。

 ロディたちの検証でわかったことは、例えば火魔法の魔法陣を変えることにより、その『大きさ(密度)』『速度』『形成時間』『形状』が変わることが分かった。

 その4つの項目は魔法陣の中でそれぞれ別の領域にあり、しかしそれらは中央を取り囲むように並んでいるのが分かった。


 その可変領域を修正で変更してみるとどうなるか。

 例えば一般的なファイヤーボールで『大きさ(密度)』の領域を操作すると、従来のフェイヤーボールよりもっと大きく、もっと温度の高いファイヤーボールを作ることができるようになるのだ。

 ただしそれは火力が上がるというメリットだけではなく、デメリットも存在する。

 そのファイヤーボールは、火力を上げる代わりに発現、形成に時間がかかり、また飛翔速度も落ちてしまうのだ。

 これは他の項目も同じで、速度を上げようとすると火力が落ちるし、形成速度を上げれば火力、速度ともに落ちてしまうし、形状も不安定になってしまう。

 まさにこれは「あちらを立てればこちらが立たず」というような感じなのだ。

 魔法陣はこれらの条件が微妙なバランスの上で成り立っているようであり、いくつか魔法陣をいじるだけで極端に性能が落ちることもあった。


 そこから得られる結論としては


・追加の修正により、よりピーキーな性能の魔法を発現することができる。例えば火力は弱いが高速飛来できる、とか、連射できるほどのスピード形成ができるがその分火力が落ちて速度は遅くなる、とか、つまり『癖が強い魔法』が出来る。

・癖の強い魔法は、いいかえると『その性能に特化した魔法』であり、必要なベクトルにだけ力を入れたために他の性能が落ちてしまうだけで、劣化というわけではない。だからロディの『修正』により変更することが可能だった。

・ロディが覚えている『修正』魔法陣は、最もバランスの取れた形である。適度に高速、高密度であり発現速度も早く、形状も安定している。いわばスタンダードな『修正魔法陣』である。


 ということになった。


 残る『不可変領域』ではあるが、これは変えることができないため検証のしようがない。

 しかしフェイはおおよその仮説を立てていた。


「この領域はおそらく『魔法陣の体内への記憶』『魔力の属性変換』『変換した魔力の体外への発現、形成』『魔法の制御』など、魔法の発現に絶対に必要な部分ではないかと思うぞ。だからロディの修正でもいじれんのじゃろう。例えばじゃ。完成品の魔道具を無理にいじろうとしたら、どうなるじゃろうか?」

「・・・多分壊れるでしょうね。」

「そうじゃ。あの領域は完成されておる。じゃから触れん。」


 フェイの仮説ではあるが、納得できる話だ。ロディも素直にその説に賛同している。


 ともあれ今回の研究の結果、魔法陣の構造がある程度明らかになったことは間違いない。これは間違いなく魔法研究の進歩だ。


「師匠、この魔法の性能に関わる領域に関する研究結果を発表しませんか?これはものすごい成果ですよ。」


 これが公開されれば、フェイの名声はさらに高まることになるだろう。そう確信していたロディはフェイに問うた。

 しかし、フェイの答えはロディの予想に反したものだった。

 フェイはロディに向けた顔をしかめ、少し悲しそうな声で言った。


「発表などせんよ。」

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