第40話 ロディ、出来ちゃった
それからしばらく、というよりかなりの期間、フェイとロディはギフトの賜物である『修正魔法陣』の研究に没頭していた。
「・・・なるほど、エアカッターの違いは威力と速度か。ずいぶん変わるのう。」
「じゃあ、このファイヤーアローの違いはどうでした?」
「明らかに違ったのは大きさと速度と形成にかかる時間じゃった。」
「それほどの違いが出るのはなぜでしょうか。」
「まだワシにもわからん。わからんから研究しとるんじゃよ。さ、ブツブツ言ッとらんで訓練場に行って次の魔法陣の検証するぞ。」
「・・・はい。」
2人はそのひと月の間、研究室で魔法陣の違いを確認し、訓練場で魔法を放ち、それの繰り返しで屋敷の中を行ったり来たりした。
フェイは元S級の賢者であるが、同時に一流の魔法研究者でもある。今回は研究者魂が刺激されたようで、一つの魔法陣だけでも事細かにその魔法陣と性能の違いを調べつづける。
簡易な魔法陣から上級の魔法陣まで、『魔法陣全集』に載っている魔法陣を隅から隅まで調べつくす勢いだ。そしてその研究対象であるロディは、当然のごとくフェイにくっついてお供しなければならない。
2週間を過ぎたあたりから、さすがにロディもフェイの『研究者根性』ともいうべき執着心に閉口したのだが、師匠が魔法陣を調べ、考えている顔がとても楽しそうなので文句も言えず、『まあ師匠が楽しいならいいか。』となかば達観したように、フェイの研究の手伝いを続けていた。
そんなロディだが、メリットが何もなかったわけではない。
メリットの一つは、魔法陣全集に載っていたがこれまで覚えられなかった魔法を、すべて覚えることができたことだ。
魔法陣全集には88もの魔法陣が掲載されている。が、魔法陣を描く時間が無かったことと、何より魔紙と魔法陣インクは高価であり、上級魔法陣を描くにはお金も時間も必要だったため、騒動の前までは1/3も覚えられていなかった。
それを今回フェイは『研究のために必要じゃから、遠慮せずに全部覚えなさい。金は気にせんでええわい。ワシからの感謝の気持ちじゃ。』と言って、全種類の魔法陣が描かれた魔紙をロディに与え、無償で覚えさせてくれたのだった。これにはロディも感謝しかない。
というわけでロディは全88種の魔法陣をすべて覚えることができたのだった。もちろん、間違いがあればそれを『修正』して覚えたのだが。
そしてもう一つ、ロディにとっては最大のメリットがあった。それは・・・
「えーい、それにしても残念じゃわい。ワシが『古代魔法』を使うことができんとは、もどかしい事この上ないぞぃ。」
フェイはことあるごとに悔しそうにぼやいていた。
ロディのギフト『修正』は、魔法陣の間違いを見抜く力を持っている。しかし他の人はその恩恵をほとんど受けられない。それはなぜか。
この世界の魔法は、一度魔法陣で覚えた魔法は忘れることはない。しかしその反面同じ魔法は上書きできず、2度覚えることはできないという仕様になっている。つまりすでに従来の魔法陣の魔法をすでに覚えてしまっている者は、ロディの『修正魔法陣』を覚えられないのだ。
ロディは12歳当時は魔力が外に出ず、そのため魔法陣を覚えることができなかったため、逆に修正された古代魔法陣を覚えていくことができた。
しかしフェイは現時点ですでに88あるすべての魔法を覚えてしまっているのだ。それはそれですごい事でもあるのだが、ロディのギフトを研究し始めると、逆にデメリットの思えて仕方がなくなっていたフェイであった。
「老い先短いワシが文句を言っても仕方がない事じゃが、何とかならんかのう。何より研究がやりにくい。」
フェイの愚痴はつまりこういうことだ。
古代魔法を再現できる『修正魔法』は素晴らしいが、比較対象が現在の『魔法』との1対1の比較にしかならない。
ファイヤーボールでの魔法陣の違いは3か所あるが、それを例えば1か所、もしくは2か所だけ変えると、そのファイヤーボールはどうなるのか、という疑問がわく。
しかし1度覚えたら2度と同じ魔法は覚えられないのだから、その疑問に答えることはできず研究はそこで止まる。
魔法を覚えていない12歳の子供にその『1か所改変魔法陣』を覚えさせて調べることも可能かもしれないが、その子もその魔法陣を覚えただけでその後に魔法の変更できないため研究はそれ以上進まない。
それにもし仮にその魔法陣で覚えた人のファイヤーボールが発動しなかったりしたら、大変なことになってしまう。その子が『変な魔法陣を覚えさせられて、魔法が使えない』と騒ぎ出す可能性がある。魔法陣の改変は犯罪であり、おっぴらにはできないので、騒ぎになるのはタブーである。
「どうにかならんもんかのう。」
「そうですね。」
フェイとロディは研究室と訓練所を幾度となく往復しつつ、幾度となく同じ言葉を繰り返していた。
。
そんなある日の事。
いつものように訓練所に向かって進んでいたフェイが、ハッと立ち止まったかと思うとロディに向かって叫んだ
「そうじゃ!修正じゃ!」
「え?か、はい?」
突然のことに面食らって立ち止まるロディを気にせず、フェイはまくしたてた。
「お主の『修正』で、ワシの覚えた魔法陣に手を加えることは出来んか?」
「ええ?師匠が覚えた魔法陣に、修正?」
フェイの思い付き、それはロディがギフトを発動した状態で、フェイの体内に記憶されている魔法陣を呼び起こしてそれを修正させる、ということだった。
「・・・師匠の体の中に、私のギフトをつかってもぐりこむ・・・。そんなこと、出来るかなぁ?」
「できるかどうかじゃないわい。やってみるんじゃ。そうでなければ判断できんじゃろ。」
「そりゃそうですが・・・。」
フェイの言葉に、ロディは怪訝そうに頷く。
ロディは自分のギフトが他の人に影響を及ぼすとは思っていなかった。それに、他人に強制的にギフトを行使する場合、どのような影響があるかわからない。それでロディはためらっていた。
が、フェイはそんなロディを見て少し怒ったような口調で言った。
「ロディや、足踏みしていては進歩は生まれぬぞ。そんな後ろ向きな考えでワシの弟子が名乗れるのか?」
フェイは魔法に関してはどこまでも前向きだった。本来若いロディの方が思い切って行動するところなのだが、あべこべである。
それに、フェイから『お前は弟子なのか』と問われてしまっては、ロディも拒否はできない。
「分かりました。やってみます。」
ロディは少々戸惑いながらも返事をし、フェイは満足したように笑みを浮かべて頷いた。
「このやり方が正しいかわかりませんが、ギフトを発動して、フェイさんの体に私の魔力を流し込むようにしてみます。」
「うむ、やってみよ。」
ロディはひざを折って屈み、そして右手をフェイの胸と腹の中間あたりに添えるように当てた。そしてギフトを発動し、魔力を放出し始めた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
数分その体勢で魔力を流し続け、そしておもむろにロディは手を放して立ち上がった。
「・・・・・・うーん。」
「どうじゃなロディ。」
フェイのわくわくしたような姿勢を感じながら、しかしロディは申し訳なさそうに言った。
「・・・ダメですね。師匠の体に魔力を流し込んでみましたが、入ったとたんに私の魔力を感じられなくなります。」
「むむ、それはどういうことじゃな。」
「私の魔力が師匠の魔力と混ざりあってしまうんです。そして体内は師匠の魔力が強いので、私の魔力を打ち消すか取り込んでしまっているのでしょう。だから師匠の中にある魔法陣を感じることすらできません。」
「ふうむ、そうかのぅ。いい考えじゃと思ったんじゃが。」
フェイはがっかりした様子でつぶやいた。
今回の実験は、ロディの可能性を引き出すためだけではない。もし可能であったならば、フェイの記憶済の魔法陣を修正してほしかったのだろう。むしろそちらの方が主だったかもしれない。
しかし実験は失敗だった。
明らかに気落ちしたフェイの顔を見ると、何とかしてあげたいと思うロディであったが、こればっかりは無理そうである。
(俺の魔力が師匠の中に入り込めないんじゃ、魔法陣に手を加えるどころか、その存在さえも判らないしな。魔力を流し込めれば・・・・ん!?)
ここまで考えて、ロディはあることを閃いた。
(もしかして、自分の体の中ならそれができる?)
フェイに自分の魔力を送ろうとしてもフェイの魔力に遮られてしまうが、そもそも自分の体内ならばそんな心配をする必要はない。ならば自分の魔法陣をギフトで変えることは可能??その考えに至ったロディだった。
(うーん、でも修正した魔法陣を変更するなんて本当にできるんだろうか。そもそもどうやって?よくわかんないけど・・・)
ロディは半ば以上出来っこないと思いつつも、試してみることにした。
フェイやーボールを発動する直前の状態に保つ。するとロディには魔法陣が頭に思い浮かぶ。
(この魔法陣を変えることが出来るかって・・・・)
「・・・あっ!!」
「ん?どうしたロディ。」
ロディが突然大声をあげ、それにより我に返ったフェイが訝しげにロディを見る。
ロディはフェイの問いかけにゆっくりと顔を向けた。その顔は、驚きと戸惑いと申し訳なさとが入り混じった、微妙な笑みが張り付いていた。
「・・・出来ちゃいました。」
まるで、子供を授かった女性が恋人に思い切って告げるような言葉に、フェイは怪訝そうに顔をゆがめて問い直す。
「出来ちゃいました、じゃあわからんぞ。何が出来たかのぅ?」
「私の覚えた魔法陣を、・・・変更することが出来ました。」
「おお、そうか、ロディの魔法陣を変更できたのか。そうかそうか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
何ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
フェイの絶叫が廊下中に響き渡った。
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