第39話 ロディ、ギフトの秘密をうちあける

 騒動から数日が過ぎ去った。


 その間いろいろなことがあった。

 まず、エリーがフェイの館に引っ越してきたのだ。ただ、引っ越しと言っても一時的なもの。

 今回賊に侵入された王城は、太后の防衛体制を完全に見直す必要がある。本来ならば太后が現首都の王城に移動し、王である息子と王太子である孫とともに暮らせばいいのだが、エリーは『あそこは堅苦しいから』と、やんわりと、しかしかたくなに拒否したのだ。

 そのため旧王城での防衛体制ができるまでの間、防御が比較的堅固で、かつ元賢者もいるフェイの館(元離宮)に居を移したのだった。


 あの戦いで大けがを負っていたフェイは、ポーションのおかげかさほど後遺症も見られず回復していた。


「ワシの家が狭くなってしもうたわい。ま、エリーを満足に守れんかったから、罪滅ぼしということにしておこう。」


 エリーとの同居は、側仕えなどや護衛など多人数が館に出入りすることを意味する。フェイはそのことにぶつくさと不満を言いつつもあきらめたよに受け入れていた。


「いい心構えじゃないかい。アタシへの借金を早く返したらもっと罪滅ぼしになるんだがね。」

「高すぎじゃ。もっとまけてもよかろうに。」


 高級ポーションの代金は大金貨5枚(500万円)。ロスゼマは督促にしばし来ており、そしてそれをフェイは何とか値引きさせようと交渉中でいまだに支払われていない。

 ただ、ロスゼマがフェイの家に頻繁にやってくるのはエリーに会いに来るという理由もあるようだ。友人とはいえ王城に住んでいる太后にはそうそう気軽に会えなかったようで、今はいい機会とばかりに暇を見つけては会いに来ているのだ。



 そんなこんなで、状況も少し落ち着いてきたある日、ロディがフェイの家にやってきた。

 もちろん稽古のためでもあるが、今日のロディはある決心をしていた。


「フェイ師匠。稽古の前にお話があります。」

「何じゃロディ、改まって話とは。」


 フェイがやや怪訝そうな顔でロディを見る。そんなフェイに、ロディは真剣な顔つきのまま、はっきりとこう口にした。


「師匠には私の秘密を話しておこうと思います。私のギフト、「修正」に関する秘密です。」


 ロディは自分のギフトの秘密をフェイに話す決心をしていた。

 フェイはロディを弟子と認めてくれている。そしてこれまでも親身になって魔法や剣術を教えてくれていた。

 そんな彼に、自身のギフトの秘密を話しておくべだ、とロディは感じていた。隠しておくことは、フェイからの好意に対するうしろめたさしかない。

 それにフェイは信用できる。性格はああだが『身内』だと感じた者たちに対して裏切るなんてありえないだろう。


「ロディのギフトの秘密とな。そんなたいそうな話、ワシの小さい耳で収まる話かのう。」


 ほほっと笑いながら席を進めるフェイに、ロディは一礼して座りながら真向かいに座る。

 ロディはフェイを目の前に、ゆっくりと自分の秘密を語りだした。

 魔法陣に赤い線が見えること。その線の通りに修正した魔法陣は、これまでの魔法陣より威力がはるかに高いこと。


 最初はフェイは顔に穏やかな笑みをたたえながらロディの話を聞いていたが、すぐに引き締まった顔となり、そして徐々に驚きの顔へと変わっていった。

 ロディの話の途中、フェイが質問を挟み、答えを聞いてそして考えるように口をつぐむ。それが幾度か繰り返された。

 ロディの話があらかた終わったあと、フェイは目をロディに向けたまましばらく口をつぐんでいた。ロディは黙ったままフェイの言葉を待った。

 ようやくフェイが口を開く。


「・・・つ、つまりはこういうことじゃな。今流布している魔法陣は間違いが含まれておって本来の力を出せていない、と。そしてロディはギフトによってその魔法陣を、正しい魔法陣に修正できる、と。」

「はい。」


 ロディの返事のあと、またもフェイはしばらく口をつぐんで考え事をしているようだった。ロディは黙ったままフェイの言葉を待った。


「・・・素晴らしい。」

「・・・え?」

「素晴らしぞ、ロディよ!!」


 フェイが突然立ち上がって叫んだ。


「まさかまさか、魔法陣が『間違って』おるとはワシは思いもせんかった。『魔法陣全集』により変更できないようになっておるから、変わるはずはないと盲目に信じておったんじゃ。しかし、最初から間違っておったとは。」


 そう喚くように話しながらフェイはロディの座る椅子の周りをぐるぐると回りだした。かと思うと、急に立ち止まってロディに向きな言った。


「これは魔法陣の、魔法の新たな可能性じゃ。しかも古代魔法の復元が出来るのじゃ。ロディ、お主はそれをもたらしてくれたのじゃ。これほどうれしいことはない。」

「え、あ、はい。」


 ロディはフェイの興奮状態での誉め言葉に、戸惑いながらも頭を上下に振って頷いた。


「むむむ・・・こうしてはおれん。ロディよ、今日は稽古は中止じゃ。すべてロディの『修正』された魔法陣を教えておらうことに決めたぞ。」

「え?」

「いや、今日だけじゃ足りんかもしれん。明日も明後日も、終わるまでずっとじゃ。」

「え、そ、それはいいですが・・・。」

「善は急げじゃ。おぬしの知っておることを、ありったけワシに教えよ。研究室に、そうじゃ研究室じゃ。急ぎ行くぞぃ!ロディよ、ついてくるのじゃ。」


 そう言うが早いか、フェイは部屋を飛び出して行ってしまった。

 取り残されたロディはあっけに取られていた。あれほど喜びをあらわにするとは思っても見なかったのだ。


「・・・でも、まあ、喜んでくれているんだからいいか。」


 ロディはフェイの喜びようを見てやや安堵の表情をした。もしかしたら、フェイから恐れられたり、妬まれたりするんじゃないかとわずかに心配していたのだ。

 だがそれは杞憂だった。フェイは魔法研究者として好奇心と向学心が先に立つ、根っからの学者肌だった。


「おおい、ロディ。早く来んか。研究室じゃぞ。」


 遠くからフェイの叫ぶ声が聞こえてくる。


「はい、今行きます。」


 ロディは笑顔で返事をすると、部屋を出て少し足早にフェイの後を追って行った。

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