第34話 ロディ、孤独な戦い

「ロディよ、あの面妖な術に何か心当たりがあるようじゃな。」


 フェイは男を凝視しながらもロディに問いかける。フェイはロディの様子も目の隅に入れており、そのわずかな変化に気づいていた。

 しかしこの緊迫した場面で長い会話はできない。ロディは言葉短く告げる。


「はい、おそらく自分のギフトを強化したかと。」

「ギフトを強化、か。詳細はあとで聞くとして、心してかからねばならぬようじゃな。」


 この追い詰められた時点で出すならば、おそらくはその男の切り札なのだろう。男のギフトが不明なのも不気味だ。

 2人が男の動きを見つめる中、男の目がにやりと笑ったように見え、その体がわずかに重心を下げる。


(来る!)


 どんな切り札かはわからないため、何にでも対処できるように2人は集中して構え直す。


 男が、動いた。


「「なっ!!」」


 その行動は2人の意表を突いた。

 男はなんと担いでいたエリーを肩から降ろし、そしてすぐさま放り投げたのだ。

 エリーが投げられた方向は男の左斜め前方。向きは異なるが、ちょうど男とフェイトの中間あたり。

 投げられたエリーは弧を描くように落下していく。まずいことに頭を下にして落ちている。このままでは地面にぶつかった時に首の骨を折ってしまうだろう。


「エリーさん!」


 ロディは叫びながらエリーに向かって駆けだした。それより早く、より近い位置にいたフェイはすでに行動していた。フェイは猛然とエリーに走っていく。

 フェイのダッシュによりエリーが落ちるギリギリで追いつきそうだ。フェイならエリーを無傷で抱きとめられるだろう。


 が、それが男の策だった。

 男は意図なくエリーを放り投げたわけではない。必ず2人がエリーの救出に向かうとわかっていたのだ。そして、そのタイミングを見計らって男は動いた。

 いつのまにかエリーのそばに近づいていた男の凶刃がフェイの腹部を貫いたのは、フェイがエリーを抱きとめるのとほぼ同時だった。


「ぐっ!」


 剣を体に受け、うめき声をあげるフェイ。

 フェイは、エリーを抱きとめ、男に体を預けられたまま、『ドスッ』という鈍い音とともにに地面に叩きつけられた。


「フェイさん!!」


 ロディは自分が見た光景を信じられなかった。元Sランクの賢者であり、今の自分がどんなにあがいても勝てそうにないフェイが、傷つけられた。


 まさか、ありえない・・・。


 ロディは衝撃のあまり一瞬思考を止めてしまった。

 が、それを何とか一瞬だけでとどめることができたのはフェイトの鍛錬のたまものだろう。

 ロディもエリーに向かって来ており、3人の目前まで迫っている。そして目の前の男は、フェイにとどめを刺そうと引き抜いた短剣を振りかざしている。


「させるか!」


 ロディが男に大声を上げて切りかかった。声を上げたのは、ロディの気合のためだけでなく男の意識をこちらに向けるためでもある。その甲斐があったのか、男は動作をとめてロディを見た。

 ロディの剣が横なぎに振りぬかれる。その剣は確かに男のいた位置をとらえていた。が、その剣は手ごたえなく空を切っていた。


「なに!」


 ロディには男が一瞬で消えたように見えた。実際には剣を避けて急ぎその場を離れていたのだが、あまりの速さに”消えた”と錯覚してしまうくらいだ。


(なんだ、あの速さは・・・。)


 そう考えかけたロディだが、それよりもやるべきことがある。慌ててフェイとエリーに近づき、その状態を確かめた。

 見たところエリーもフェイも生きている。エリーはおそらく眠らされているのだろう。フェイがかばったために目立った外傷などはない。


「フェイさん、フェイさん!」


 だがフェイは意識を失っているように動かない。おそらく頭を打って気を失っているのだろう。

 ロディはフェイの傷口を見る。刺された傷は腹部をややズレてわき腹にあった。エリーを抱えた状態で攻撃されながらもなんとか致命傷を避けようと身をよじったのだろう。

 だが安心などできない。傷口からは血が流れ続けている。時間が経てばそのまま死に至るだろう。

 早く治療をせねば。しかし、今は戦闘中だ。フェイを傷つけた男はいったん離れているが、いつ攻撃してくるかわからない。


(フェイさんもいない。自分一人であいつと戦わなければならない。フェイさんも傷つけた奴に、俺が勝てるのか・・・)


 パニック寸前になるロディ。

 しかし、ロディの頭にフェイの言葉がよみがえってくる。


(・・・落ち着け。好機や危機のときこそ冷静になれ、とフェイさんが口酸っぱく言ってただろ。落ち着いて考えるんだ・・・。)

(今一番まずいことは、今攻撃されること。自分の体勢が整っていない中で攻撃されたら不利だ。少しだけ体勢を整える時間が欲しい。ならばどうする・・・)


 ロディはわずかの間思考して、ある時間稼ぎを思い付いた。

 ロディはフェイをゆすって言葉をかけた。


「フェイさん、フェイさん・・・。あ、気がついたんですね。よかった・・・」


 嘘である。

 フェイはまだ気を失ったままだ。

 だがロディはこの嘘を、男に聞かせるために声高に言った。フェイが意識を取り戻した、と誤認させるために。

 フェイが意識を取り戻したとなれば、男も慎重になるだろう。さっきもすぐにロディに攻撃してこなかったのは、フェイの状態がわからなかったためではないか。フェイの存在の有無で相手の出方が変わる。ロディはそれを利用したのだ。


 その嘘で稼いだ貴重な時間を使い、ロディはまずポーションを取り出しフェイの傷口にかける。ロディの持っているポーションは低級で、傷を治すことは叶わない。ただ少しだけ止血の効果があるようで、流血の量をわずかに少なくすることができる。


(効果はわずかだけど、何もしないよりマシだ。チクショウ!)


 ロディは血が止まらない傷を見ながら、何もできない自分に歯がゆさを感じていた。ヒールの魔法を覚えておけばよかったと思ったが、今それを言っても仕方がない。


 ロディは治療と同時に、索敵のための魔力の輪を周囲に広げた。

 この『魔力索敵』は魔力の細い線を周囲にめぐらすことによって対象物の動きを感知するものだ。魔力の線に何かが引っかかればロディはそれを瞬時に認識できる。つまり男がロディの魔力線の内側に入ってくればそれがわかるのだ。

 ロディはこれまでの訓練により半径20mの魔力線を3本作ることができている。その3本の輪を高さ方向に30cm間隔に並べて配置している。結構隙間はあるが、今のロディではこの3本を出すことで限界だ。


 ロディは考える。


(あの男。とんでもなく速いスピードだった。いくらエリーを受け止める状況だったとはいえ、フェイさんが避けれないほどだ。・・・おそらくヤツのギフトは『俊足』とかのスピード系か。それをあの魔道具により強化しているんだろう。ならば速さに意識を集中して対処しなければ・・・)


 そう考えがまとまったところで、フッ・・・とあたりから光が消えた。フェイが打ち上げていたハイ・ライトの魔法が切れたのだ。

 あたりが漆黒の闇に沈む。


「まずい!『ライト』!」


 ロディが光魔法の『ライト』を唱えると、ロディたちの頭上にライトが上がり、あたりが再び明るくなる。

 しかしロディの使ったのは下級のライトの魔法で、周囲20m程度しか光が届かない。残念ながらロディはハイ・ライトを覚えていなかった。

 ライトの魔法では、20m以上離れた場所は光が届かず暗いまま見通せないため、男を見つけることが困難になる。ほかに光はあることはあるが、城の窓から漏れる光は弱く頼りにならない。

 そしてさらにまずいことは、


「バレてしまった。フェイさんが気を失っていることが。」


 フェイの魔法ハイ・ライトが消えたということは、フェイの魔力の流れが途切れたということ。つまり死、もしくは意識を失っているのだとわかる。

 そうとわかれば、男はすぐさま襲ってくるだろう。


 ロディは立ち上がって剣を構えた。そして同時に周囲にめぐらした『魔力索敵』に意識を集中する。

 相手はとてつもなく早い動きをする。目で見て対応していては反応に遅れが生じるかもしれない。『魔力索敵』の輪はそれを補ってくれるのだ。


 自分の周囲以外の場所は、何も見えない暗闇が支配する。その暗さがロディの気持ちを押しつぶそうとする。


 ロディは2人が倒れている方をちらりと見た。

 頼りになるフェイは、今は戦えない。倒れているエリーとフェイを守れるのはロディだた1人。


(俺が負ければ、2人も死ぬ。


 そんなの、

 絶対、

 許せるわけ、

 ない!!)


 ロディは、ともすれば弱気になりそうな自分を無理やり気合を入れて奮い立たせる。


 ロディの孤独な戦いが始まった。

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