第33話 ロディ、思い出す

 フェイとロディは、男を追って走る。


 いまフェイとロディが突き進んでいる中庭は、城内ではあるがあまり手入れされていないらしく、無次回芝生のような草にところどころ地面が露出しているような場所だ。ここが都でであった頃は手入れがされていたであろうが、旧城となった今は、場所によっては手がかけられていないようだ。


 フェイの使ったハイ・ライトの魔法はいまだ中空にあって明るく中庭を照らしているため、ロディ達は全力で走ることが出来ている。

 前を走る影は城壁に向かって進んでいる。いくら手練れの侵入者とはいえ、人ひとりを担いだままでは走るスピードも遅く、かつ城壁を突破するのは時間がかかる。


(必ず追いつけるはずだ。)


 ロディはそう確信していた。


 男は城壁の門に向かって走っているようだ。そこは城の西門と呼ばれている。

 そこでロディが門に目を向けた時、驚愕の状況が目に飛び込んできた。


「何で、城門が・・・」


 何と、西門の跳ね橋が降りて開いていたのだ。

 城門は夜は閉じられているのが普通だ。もちろん西門も例外ではなく、今は閉じられている時刻のはずだ。

 しかし現実には目の前の門は跳ね上げ橋が降りており、通行可能な状態になっていた。


「ちっ、逃走経路としてあらかじめ準備しておったのじゃろう。」


 フェイが忌々しげに言う。侵入者たちの計画に、逃走経路としてこの門も織り込み済みだったということか。

 ということは、門にはすでに侵入者たちの味方がいるということだ。まずい、とロディは感じた。


「このままじゃ、逃げられてしまいます。エリーさんが・・・」


 門をくぐって城を出てしまえば、城下の街が広がる。街中は小さな道が網の目のように入り組んでいるため、それだけ逃走に有利だ。

 ロディは心配そうな表情でフェイを見る。しかしフェイは不敵に笑っていた。


「そう心配するな。奴が門を通ることなどできんわい。」


 そう言って懐から何かを取り出した。手のひらに載るくらいの小さな箱に、何かのボタンがいくつか。

 フェイはそのうちの一つを押した。

 すると・・・


 ゴゴゴゴゴゴ・・・


 と地響きが


「うわ、何だ!?」


 驚くロディが前を見ると、さらに驚きの光景が広がっていた。

 前方の門の手前の地面が盛り上がり、何かが土の中から出てきたのだ。よく見ると、それは巨大な壁のようだ。


「な・・・何ですかあれは?」

「あれは防御壁じゃ。」

「防御壁?」


 驚くロディにフェイが少し笑いながら答える。

 地面からせり上がってきた土壁は門を囲むような位置に地面より生えてきている。そしてその壁は最終的に5mほどの高さになって止まった。この壁により西門への出口が完全にふさがれた形になった。


「この壁はこの城が攻撃された時のための物じゃよ。」

「城が攻撃、ですか?」

「そうじゃ。戦争で敵の軍勢が攻め寄せてくることもあるじゃろう。城の門を打ち破って兵が中に入ってくるような状況の時に、この壁を起動させれば兵の侵入を阻止できる。つまり「門を守る2重の防壁じゃ。そういった仕掛けがこの城にはいろいろあるんじゃ。」

「フェイさんが作ったんですか?」

「そうじゃ、と言いたいところじゃが違うのぅ。これは城が出来た当初からある仕掛けじゃ。ワシはちょっとした改修とメンテナンスをしておっただけじゃ。」


 この壁は戦争の時に使う防御用の仕掛けらしい。防御用ではあるが、今回のように内側から出る者に対しても足止めをすることが可能だ。それを緊急事態と判断してフェイが使ったのだ。


「まったくこいつを使うことになるとは。後で元に戻すのが面倒なんじゃがのぅ。」


 フェイの小声の文句を聞いたロディは、そんな仕掛けがあったことに感心しつつ、かつ安心した。どうやら賊を逃がすことはなさそうだ。

 その賊の男はと言うと、突然地中より現れた巨大な壁を目前に、うろたえながら左右を見回している。逃走経路として用意していた西門にたどり着く寸前で道がふさがれたのだ。困惑している状況であわてて別の経路を探している。

 だが、それはフェイとロディは許さない。男に後ろにフェイとロディが追いつき、それに気づいた男は周囲を見回すのをやめてゆっくりとこちらを振り向いた。

 男の手にはすでに短剣を持っていて、エリーの体に向けている。

 フェイとロディもやや距離を置いて立ち止まり、両人とも剣を抜いて構えた。


「ようやく追いついたのぅ。」


 フェイが男に声をかける。男は頭に黒い布を被っており、目だけ見えるだけで顔は分からない。だがその目はフェイを見ら見つけているのが分かる。そして、男の声が響く。


「貴様、賢者のアルフェイトだな。」


 男はフェイの正体を誰何した。問われて隠すほどの問いではないと思ったか、フェイが男に言葉を返す。


「そう呼ばれるのも懐かしいのう。いかにも、ワシはアルフェイトじゃ。今じゃフェイと呼ばれることが多くてな、名前を忘れかけるところじゃったわい。引退して久しいが、まだ名前を覚えてくれておる者がおるとは光栄じゃ。」

「名前を忘れかけるとは、すでに耄碌したか。」

「それはおぬし自身で試してみればわかるわい。」


 少しの諧謔を交えてフェイと男が言葉を応酬する。

 一見すると追い詰めたフェイに余裕が見られるが、ただそれでも予断を許さない状況には変わりない。なにせエリーはまだ男の手中にあるのだ。フェイも慎重に男と会話を続ける。


「もう逃げられんぞ。おぬしらは失敗したんじゃ。ここはおとなしく太后の身柄をワシに渡さぬか?少しくらいは減刑できるじゃろうて。」


 こちらとしては無傷で太后のエリーを取り返したいところ。温情があることもほのめかしながらフェイは男に話しかけた。


 フェイは年老いたとはいえかつてSランクの冒険者だったのだ。戦闘力はいまだ高く、この状況下で男が逃げる手段はほとんど考えられないだろう。

 男はしばらく無言のまま佇んでいた。フェイの話を考えてるのだろうかとロディは思った。もしかしたら男は降参し、エリーを無事に取り戻すことが出来るのではないか、と想像した。

 が、ロディの考えは男の笑い声によって裏切られることになる。


「ク・・・ククク・・・クハハハハハ・・・。」


 黒づくめの男からの甲高い笑い声がけたたましく響く。投降するような感じは少しも受けない。”拒否”の笑いだ。


「む、何がおかしいかのぅ。」


 フェイが不機嫌そうに顔をゆがめる。提案を拒否されたことを意外に感じ不満に思ったからだ。


「ああ、おかしいさ。まるで勝ったかのように余裕こいてるそのツラがな。」


 そう男は不敵な口調で言った。そこには男の自信の響きがあった。捕まるはずなどないと信じているような。


「おぬし、ワシらから逃げおおせるとでも言うつもりか?」

「ああ、そうさ。過去の名声だけしかない老いぼれなんざ簡単に始末できる。」

「・・・本当にそうなるかのう。」

「それはお前自身で試してみればわかるぜ。」


 その煽るような口調に、フェイの眉間にしわが深く刻まれた。フェイの顔にしだいに怒りの表情が見えてくる。


「・・・よう言うたの。ならばワシを倒してみよ。」

「言われなくてもそうするさ。」


 フェイと男の視線がぶつかり合う。男はすぐには動かない。フェイは人質がいるためにうかつには動けず機会をうかがっている。

 残念ながら、ロディはその男には戦力として見られていないようだ。ロディはそれを悔しく感じるのだが、それよりも男の余裕の方が不気味だった。


(あの賢者のフェイさんを前に意外なほどの余裕・・・。ヤツは何を考えてるんだ。何か奥の手でもあるのか?)


 ロディはそう考えながら注意深く男を見つめる。その一挙手一投足を見逃すまいと気持ちを込めながら。


 先に動きがあったのは、その男のほうだった。


「ハアッ!」


 と気合を込めた声を発した次の瞬間、男の体から強い光が発せられ、そして体内の魔力が増大するのが感じられたのだ。


「むっ・・・」

「えっ・・・」


 その挙動にフェイとロディが驚きの声をあげる。通常体内の魔力が急激に増加することなどあり得る話ではない。しかしそのあり得ないことが目の前で起こっているのだ。それに、あの光は一体何なのか。2人は警戒を強めた。

 とここでロディがあることに気づいた。


(・・・この光景、以前に見たことがあるぞ・・・)


 それは何だったか、と思い返して数瞬後にその記憶にたどり着いた。


(あ、あれだ!テオとレミアがギフトを発動させたときに似ているんだ。)


 テオとレミアはかつて魔法師ザルクルースによって、体内に魔道具らしきものを埋め込まれている。その魔道具は、テオたちがギフトを発動させるとその力を増強して数倍の力を引き出すことが出来る、というものだ。ただし、発動し続けるためには多量の魔力を必要とするため、短時間しか続かないという欠点もある。


 ロディは以前、その強力なギフトが発動した状態を見せてもらったことがある。ギフトを発動したテオとレミアは、体から光を放ち、魔力が急激に増大していた。


 そして今目の前にいる男の姿は、その時のテオたちの姿と重なっていた。

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