第11話 ロディ、招待される

 ロディの訓練初日は、心身ともに疲労して、宿に帰ってロクに食事もとらずにベッドにもぐりこんでしまう。そのため4人から心配されたが、ロディとしてはそれどころではなかった。

 翌朝、体中いたるところが打撲と筋肉痛で痛い。一瞬今日は休もうかとも考えたが、せっかくフェイがつけてくれる訓練を休むなんてもったいないと思い直し、体を引きずるかのような足取りでフェイの家を訪れた。


「おお、よく来たのう。今日は来ぬかと思うておったわい。」


 フェイはすでに待っていて、ロディを見とカカと笑って言った。ロディは自分の心が見透かされたようで少し情けなく思ったが、やはり今日無理して来てよかったと思い直した。


「あはは。いえ、俺も時間を無駄にはしたくありませんから。」


 ロディは若干引きつりながらも笑って答える。


「うむ、ワシが見込んだだけはあるのう。結構結構。」


 そういってフェイはおもむろに立ちあがり、紅茶をいれようとカップを取り出した。


 数分後、2人はテーブルをはさんで、フェイが入れた紅茶を堪能していた。

 最初ロディが、自分が入れましょうかと言ったが、


「これは東方のさる国で作られた高級な茶葉じゃ。お茶は入れ方次第で出来が変わるんじゃよ。やったことの無い者にはとても任せられんわい。」


 と言ってロディの申し出をやんわりと拒否した。ロディはなんだか申し訳ない気分であったが、そう言われるとどうにもできない。出来るのはありがたく頂くことくらいだ。

 

「それで、フェイさん。今日も外で訓練を?」


 素晴らしい香りの紅茶で気分が落ち着いた後、ロディが今日のスケジュールを訪ねた。するとフェイはややしかめっ面になって、一言短く言った。


「寒いからヤだ。」

「・・・は?」

「もう寒さが身に染みる時期じゃ。すぐに雪も降るじゃろう。あまり外ではやりとうないぞ。」

「・・・・」


 ロディたちがザイフの街に来たのは季節で言えば冬。何とか最寒期になる前に滑り込んだが、これからさらに気温も下がって来るであろうし、雪はまだ降ってはいないがそれも時間の問題という時期だ。


「ではどうします?この家の中で・・・は、できそうにないですけど。」

「そりゃそうじゃ。こんなところで魔法をぶっ放して剣を振るったら、家が一瞬で粉微塵じゃわい。」


 フェイはそう言うと、椅子からおもむろに立ち上がった。


「じゃからワシの家に行くぞぃ。」

「え?・・・ここ?」

「何を言っておる。本宅は別にあると言ったであろうが。今からロディをワシの屋敷の方に招待してやろう。」


 フェイの言った言葉をようやく理解したロディは、満面の笑みでフェイに続いて立ち上がった。


「!フェイさんの本当の家に連れて行ってもらえるんですか?」

「これから寒くなるじゃろうから、いずれは我が家で教えざるを得んわい。・・・特別じゃぞい。」


 フェイが笑いながらロディにウインクし、奥の部屋に歩き出した。


「あれ、外に行くんじゃ・・・?」


 てっきり表に出て移動すると思っていたロディは疑問に思って訪ねたが、フェイはちらりと振り向くとさらに終えの奥見向かう。そして立ち止まって床を指さした。


「この家と本屋敷とは地下道をつなげておるんじゃ。ほれ、ここじゃ。」


 ロディは床を見る。が、フェイは地下道があるというがそれらしき切れ目も見えないし、特に違和感は感じない。

 本当に地下道があるのかと疑い、思わずフェイを見ると、


「ふぉっふぉっふぉ、見ておれよ。」


 フェイは含み笑いでそう言うと、何やら口の中で魔法を唱えた。

 すると、ボコッと床の一部が浮き上がってきた。


「あ、」


 ロディが驚く間に、床はさらに隙間が空き、と同時に隙間から風が湧き出るように吹いてきた。そして浮き上がった床はゆっくりと扉のようにパカリと開いて止まった。

 空いた床を見ると下に降りる数mの階段があり、その先には通路が伸びているのが見えた。


「・・・すごいですね、今のは。」


 ロディの感想は地下通路ではなく、フェイが使った魔法の事だ。


「うむ、風魔法の応用じゃ。下から風を送って扉を開けるんじゃ。ちなみにこちらから開けようとしても開かんぞ。階段の方から魔法を使わんと開かん仕組みじゃからのう。」


 フェイはこともなげに言うが、風魔法をうまく操らないとこうもゆっくりとは開かないだろう。またこちらからは開かないという仕掛けも、やはり魔法がらみなのだろう。

 こういったところに元賢者の力がさりげなく見えてくる。ロディは感心することしきりだった。


「さ、行くぞい。この先が我が屋敷じゃ。」

「はい、失礼します。」


 フェイを先頭に、ロディは続いて階段を降り、地下通路へと進んでいった。


◇◇


 地下通路は高さ3m幅2mくらい。周りはすべて土壁のようだが、平らに整えられていているため石壁のようにも見えるきれいな通路だ。地下道のところどころにランプのようなものが光っているため、薄暗くはあるがある程度見通せる明るさがあった。

 その通路をどんどん進む2人。

 通路は意外と長く、すでに500mは進んでいるだろう。だがまだ先は見えていない。

 フェイは老人ながら疲れも見せずにすたすたと進んでいく。逆にロディは昨日の訓練の影響で歩くだけでも体が痛み、フェイについていくのがやっとの状態だ。


 1kmくらい進んでようやく前方に階段が見えた。ここで通路は終わりのようだ。

 フェイが階段をすっと上って、最上部で再び風魔法を唱える。

 すると天井が浮き上がり、隙間からはいる外光と寒気にロディは思わず身をすくめてしまう。

 フェイはいつも通りとでもいうように開いた扉を軽やかに上がって外に出、あわててロディもそれに続く。

 外の寒気に思わず身が引き締まる中、ロディはあたりを見回した。


「え、ここって・・・」


 ロディは目に映る光景に唖然とする。


 ザイフの街は旧都であり、かつて王族が住んでいた王城が今でもある。遷都により王や側近、官僚など政治機構は移転していったが、とはいえ旧王城は取り壊されることはなく、王族の所有のまま今に至る。

 その王城が、ロディの目の前にそびえたつ。


 旧王城は、城壁に囲まれており、真ん中に石造りの建物が建っている。城の大きさは、平面で言うと700m四方のサイズだろう。そして王城には悠然とそびえる3つの高い塔が等間隔に並び立ち、ロディを見おろしている。


「すごい・・・」


 王城を間近で見たロディの感想、それはあくまで陳腐な言葉しか出てこないほど圧倒的なものだった。


 ロディの立つ場所はさすがに旧王城の敷地内ではなかったのだが、城壁を挟んで向こう側に王城がある。つまりここは王城の隣接区域で、いわばザイフの街の中心部だ。


「ロディよ、ワシゃ寒いぞ。いつまでも惚けとらんで、こっちに来て屋敷に入るのじゃ。」


 フェイの言葉にハッとして振り返ると、フェイは反対側にある屋敷に入るところだった。


「す・・・すみません。」


 ロディは慌てて駆けながらもフェイの向かう『屋敷』を仰ぎ見る。

 この屋敷も王城規模とは言わないまでも、その3分の1サイズくらいの建物だ。高い塔は無いが、石の建物の造りは王城のそれとほぼ同じである。


(いや、ちょっと、これがフェイさんの屋敷って・・・賢者って俺の想像なんかよりはるかにすごいってことか。)


 話に聞いても判らないものが、目で見れば一発で感じ取ることができる。

 ロディは、賢者とはまさに目の前にそびえる石造りの屋敷のごときものだと実感したのだった。

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