第12話 ロディ、圧倒される

 2人がフェイの屋敷に入ったのは、裏口のような扉からだ。

 正面玄関は別にあるが、彼らは地下道を通って敷地内に出たので正面の門を通る必要はない。


「正面を通れば誰かに見られる可能性もある。そうなるとワシの正体がばれるかもしれんからのう。」


 フェイが偽物ではない賢者であることは秘密にしたいため、あの街中の家を普段使いとして。裏口から出入りしているのだそうだ。


 裏口の扉を開けると、一人の初老の男が立っていた。服装はいかにも使用人らしい白いシャツに黒いスーツ姿だ。折り目正しい姿勢で隙が無い。


「おかえりなさいませ。」

「うむ。」


 フェイは男に返事をし、ロディに顔を向けた。


「この者はモルツという。ワシの執事じゃ。モルツよ、彼がロディじゃ。これからよく屋敷に来ることになるじゃろうからよろしく頼むぞ。」

「は。ロディさん。主人より話は聞いております。よろしくお願いします。」


 モルツはそう言うと頭を下げる。


「あ、いえ、ご丁寧に・・・。こちらこそよろしくお願いします。」


 このような挨拶を受けることに慣れていないロディは慌てて返答して頭を下げた。


 フェイの屋敷は石材をふんだんに使った重厚な造りをしているが、内装は結構シンプルだ。屋敷は貴族のものっぽいが、中の調度品はあまり高価な物には見えず、数も少なく結構殺風景だ。

 ロディがキョロキョロとあたりを見回す様子を見てフェイは笑う。


「わしゃ貴族ではないから、そう大したものは無いぞ。美術品なども持ってはおらんし。」

「でもこの屋敷・・・隣りの王宮と同じ作りですよね。」

「ああ、そりゃそうじゃ。ここは元々離宮じゃったところじゃ。遷都で一部使われなくなった施設があるのじゃが、この離宮もその一つで今はワシが使っておるのじゃよ。」


 フェイは笑いながらこともなげに言う。しかし仮にも王族の施設だったところを所有できるのだ。王族とのつながりも間違いなく強いに違いないことはロディにも推測できた。

 ロディは緊張も新たに、フェイに導かれるまま廊下を落ち着かずに歩いていくのだった。


◇◇


 フェイとロディがたどり着いたところは、2階の一室。


「うわ・・・すごい。」


 ロディの室内を見回す顔はまるで少年のような瞳と笑顔があった。そこには所狭しと並んだ本があった。

 壁だけでなくスペースがあれば本棚が立ち並び、ぎっしりと本が詰められている。

 ギルドにも図書館はあるのだが、その規模と比べてもさらに多い蔵書量だ。


「ここは図書室とでも言おうか。ワシの集めた本がここにあるんじゃ。」

「図書室・・・。」


 賢者がこれまでの人生で集めた本。並ぶ背表紙を読むと、主に魔法に関する書が多いようだが、それ以外にも「ワーランド王国の歴史」「シンデューラ姫の冒険」「海の生物学」など多種多様タイトルが見える。


「ロディは空いた時間にこれらの本を読むのは構わんぞ。」

「!いいんですか。」

「無論じゃ。ここから持ち出さなければな。」


 ロディはここにある本を読めると聞いてさらに目を輝かせ、いまにも本を取り出そうと動きかけた。そんなロディに対しフェイはたしなめるように声をかける。


「これ、それは『空いた時間』にすることじゃ。おぬしは今からやることがあるんじゃ。」

「え?」

「今からは魔法の座学じゃ。ワシがみっちりと鍛えてやるからのう。」


 そう言うとフェイは分厚い本を3冊ほど、側にあるテーブルにドンと置いた。


「まずはロディにはこの本を頭に叩き込んでもらう。」

「はあ・・・どれだけの期間でこれを?」

「1週間じゃ。」

「は・・・1週間!?」

「なに、たかが200ページが3冊分じゃ。大したことは無い。」

「え・・・ええぇ!!」


 フェイの教材は合計600ページにも及ぶ。これを1週間でやらなければならない。

 ロディはとんでもない強敵と机で格闘をすることになった。


◇◇


「さて、そろそろ座学はおしまいじゃ。これから実技の訓練に向かうぞ。」


 ロディが本との格闘を始めて2時間余り。いったん休憩した後にフェイがロディに座学の終わりを告げた。


「よかった・・・もう頭には入りません。」


 今日だけで50ページ以上読み込んでいたロディは、ほっとしたようにつぶやく。本は好きだが、さすがに詰め込みすぎて頭が回らずぼーっとしてきている。座学から離れるのは願ったりだ。


「まだまだ足らんからな。明日からはもっとスピードアップするぞ。」

「・・・・」


 フェイの言葉を聞いて気が遠くなりそうになるロディだが、なんとか気を取り直した。いまからは実技なので本からは離れられるのが救いだ。


「実技はやはり外の森に?」


 ロディがふと気づいて尋ねたが、フェイは朝と同じく首を振って否定した。


「いや、外には行かんぞ。寒いのは苦手じゃ。」

「え?じゃあどこに。」


 ロディの質問にフェイはニヤリと笑って立ち上がった。


「ついて来れば判る。」


 そう言うと、フェイはすたすたと歩きだし、ロディはまたも慌てて後を歩くのだった。


◇◇


 フェイとロディは1階からさらに下に行く階段を下りている。階段は結構長く20mくらい下に降りている。やがて階段は終わり、降り立った2人の目の前に扉があった。

 扉は高さ3mくらいある金属製の扉で、装飾は無いがいかにも重くて頑丈そうだ。

 フェイが持ってきたカギを使い、扉にかかっている錠を外す。そして「よっ」っと力を込めて押し開く。

 開かれた扉から中に入る2人。


「うわ・・・。」


 ロディの目の前には巨大な空間が広がっていた。

 高さは10mくらい。幅と奥行きは100m四方。天井には魔道具であろう光があちこちに設置されているために明るく、そして地面は平らにならされている。

 そしてこの地下空間にはあちこちに的があったり、白線で区分けれれていたり、一部客席のようなものもあったりと、ロディも知っているある施設を彷彿とさせる。


「これは・・・練習場ですね。ギルドにあるような。」

「そうじゃ。じゃがギルドにあるものより立派じゃろう。」


 ふぇいがそう自慢げにうそぶく。

 ここはフェイ個人所有の地下練習場。フェイは個人練習のために地下の巨大な空間を作っていたのだ。


「そうですね。ギルドの練習場は大きさも半分以下ですよ。」


 ロディは驚きが冷めやらぬようにフェイに言った。

 このような巨大なものを地下に作ってしまうフェイにはあきれるしかない。


「地下じゃから周囲に気兼ねなく魔法や剣術の練習ができるぞ。かなり丈夫に作ってあるので、ちょっとやそっとの魔法でもビクともせんわい。何より、寒くない。」


 フェイの言った通り、地下空間はひんやりとしているが外気ほど寒くはない。洞窟などが外気の影響を受けずに一定の気温を保持しているのと同じだ。


「少なくとも冬の間はこの地下練習場で魔法と剣術を訓練するぞ。ここならケガをしても帰り着けないなんてことは無いんじゃから思う存分やれるぞい。」

「・・・そうですね。」


 そう言ってフェイがロディに向ける笑顔は、ロディにとっては悪魔のほほえみのように思えるのだった。

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