第10話 ロディ、手も足も出ず

 ロディの魔法を見たフェイは、これからの指導の方針を説明した。


「ワシは魔法に関しては初級魔法の『連射』と『制御』を重視しておる。」

「初級魔法、ですか。」

「そうじゃ。たとえ上級攻撃魔法を使えたとしても、発動に時間がかかるし、相手からもわかりやすい。当たらなかったら意味は無いのじゃ。そもそも上級魔法など覚えることも稀じゃ。その点初級魔法は誰でも覚えるし発動時間も短く消費魔力も少ない。じゃからワシは初級魔法の使いこなす方法を教えようと思う。

 どれ、軽く手本を見せてやろう。」


 そう言うとフェイはさっき自分で作った壁に向かって手を前に差し出した。そして、


「ファイヤーボール!」


 と唱えた。

 次の瞬間、フェイの手の前に3つの火の玉が現れたかと思うと、ヒュッと音を立てて壁に向かって飛んで行った。

 3つの火の玉は1つはまっすぐに壁に向かったが、残り2つはややずれた角度で飛んでいく。3つの火は途中までは互いの距離を離しながら飛ぶ。

 が、途中から外側にある2つの火の球が急激に角度を変えた。3つの火は今度は飛びながら互いに近づく。そして、


パンッ!!


 乾いた音を立てて、3つの火の玉は壁に当たった。3つが1点に集まったと同時に。

 フェイとロディが壁に近づき、そしてファイヤーボールが着弾した場所を見た。


「すごい・・・。」


 その壁には深く穿たれた穴が開いていた。

 ロディがファイヤーボールをいくつも放っても、壁に傷はほとんどつかない。20発ほど撃ってもほとんど壁に影響はなかった。しかしフェイの撃った3つの火の玉は、硬い壁を削って窪ませるほどの威力があった。


「ふぉっふぉっふぉ。ワシのファイヤーボールの威力が高いわけではないぞ。威力はみなと同じじゃ。しかし、3つを1点に集中すれば、この通りじゃ。」


 フェイは3つの火を1か所に集めれば威力は数倍にもなる、と言った。

 しかしフェイがこともなげに言うほど簡単なことではないことはロディにも理解できた。

 フェイが見せた魔法。それを再現するには


1. 3つのファイヤーボールを同時に撃ち出す。

2. 3つそれぞれを別々に軌道コントロールする。

3. 3つを同時に着弾するためのスピードとタイミングを合わせる。

4. ズレなく1点に着弾するため精密に制御する。


この4つを高度にやり遂げなくてはならないのだ。


「ふむ、おぬしは理解できておるようじゃの。」


 ロディの驚愕と困惑の表情を見てフェイは満足げに頷く。


「はい。・・・でもここまでできるにはどれほどかかるか・・。」

「ワシも最初から出来たわけではない。地道にやっていくことじゃよ。まあ最初は1つの火を1点に当て続ける練習と、2つの火を連射する練習からじゃな。」

「はい!」


 フェイの見せた3つのファイヤーボールの同時着弾は、ロディの課題だ。そこに至るためにはかなりの修練が必要と思われる。

 しかし、目標とする魔法を直接見ることができたのはロディにとって大きい。高い目標を見定めて楽しそうに自然と笑顔になるロディを見て、フェイも笑みがこぼれるのだった。


◇◇


 魔法の練習は午前中まで。昼からは剣術を教えてもらうことになった。

 ロディとフェイとは各々手に木剣をたずさえて相対している。


「さ、ロディよ。いつでもいいから打ってきなさい。」


 フェイがひょうひょうとロディに言うが、彼は手に持った木剣を構えてもいない。

 賢者と呼ばれるフェイである。魔法に関しては間違いなく第一人者であろうが、剣に関しては未知数だ。ロディも戸惑い気味に尋ねた。


「本当にいいんですか?その・・・もう高齢ですし、いくら心得があっても・・・。」

「心配いらんわい。おぬしくらいの若造に負けるわけなかろう?逆におぬしがワシに一回でも掠れば褒めてやるわい。」


 フェイはさも当然のようににこやかに笑ってロディに答える。が、ロディはまだ戸惑い動かなかった。

 確かにフェイは長年冒険者をやっていた経験もあり、また身のこなしも剣士のそれである。弱いはずは無いのはわかる。しかしながらロディの目の前にいるのは70くらいの小柄な老人だ。見た目のイメージで打ちかかるにはためらいが出てしまっているのだ。


「早く来ぬか。悠長に教えておる時間は無いのじゃぞ。」


 フェイが少しだけイラついた口調になったのがわかり、ロディは仕方がないと意を決してフェイに打ちかかった。


「フッ、ハッ・・・クッ!」


 5振、10振、20振と木剣を振るうロディ。たまにカン、カンッと剣のぶつかる音が響く。

 しかし、ロディの剣はフェイに全く届かない。

 フェイはロディの剣をかわし、いなし、弾いている。その動きは緩やかに見えて無駄がなく、まるで剣舞のようであった。

 ロディはフェイの剣技に舌を巻いていた。剣もできるだろうとは考えてはいたが、見た目の先入観が抜けきらず、その心の状態のままに撃ち合い始めたためにイメージの修正がまるでできない。


(全く当たらない。これほどとは・・・どうすれば・・)


 やがてロディの息が上がってきた。焦ったロディは打ち合うだけでは駄目だと判断し、どうやればいいかと考え始めた。


(これは剣技では無理だ。ならば・・・)


 フェイに対してロディが有利なのは、年齢と体格の2つ。体をぶつけて体勢を崩していくしかない。老人に対してあまりやりたくはない手ではあったが。


(やるしかない。よし!)


 ロディが決心して、体を前に踏み込もうとした瞬間、


「うっ・・・」


 ロディの目の前には、フェイが突き出した木剣があった。ロディが踏み出す寸前にフェイが剣を伸ばしたのだ。

 踏み込むこともできず動きを止めたロディと、フェイ。

 やがてにやりと笑ってフェイが木剣を引いた。


「どうじゃ。」


 いつもとは違う鋭い目でフェイはロディを見据えていた。その目はやはり百戦錬磨の剣士にふさわしいものだ。


「はい。・・・失礼しました。老人だからと心のどこかで侮っていました。」

「まあ仕方がない、それが普通じゃ。じゃが世の中には見た目と違う者たちが数多くいるのじゃ。心しておらねば足元をすくわれるぞい。」

「はい。肝に銘じます。」

「しかし、最後の動きはまあよかった。」


 フェイはようやく格好を崩し、ロディに笑顔を向けた。


「体をぶつけようとしたじゃろう。最後まで考えて勝てる方法を見つけようとするのは、勝負において重要なことじゃ。おぬしはそれができておる。」


 ロディはフェイに褒められたが、全く歯が立たなかったのは事実で、あまり喜ぶ気になれなかった。


「あの、フェイさんはなぜそこまで剣術が出来るのですか。賢者は魔法メインで、剣術はある程度できるだけだと思っていました。」

「うん?そんなの当り前じゃ。上に行こうと思えば弱点を少なくする必要がある。強い魔物には魔法がほとんど効かない奴らもおるのじゃ。それでも戦わねばならんのなら、剣術も使えるようにせにゃならん。剣を使わず魔法だけでやっていこうとする者など、いいとこBランク止まりじゃよ。」


 フェイ曰く。一流の冒険者は剣と魔法と両方をある程度たしなんでおかなければならないという。そうでなければいずれ頭打ちになるらしい。


「フェイさんは・・・現役のころの冒険者ランクは何だったんですか。」


 そういえばフェイのランクを聞いていなかったと思い至ったロディが、フェイに尋ねた。

 フェイはそれを聞いて怪訝そうな顔をして答えた。


「賢者と呼ばれたこともあるのじゃ。当然Sランクに決まっておろうが。」

「Sランク!」

「ちなみに、剣術だけでもAランクの下くらいはあるじゃろうな。」

「・・・」


 ロディは『賢者』という名前を甘く見ていた。だが考えれば当たり前だ。賢者と名のつく者はそんなにいるはずもない。すくなくとも今の現役の冒険者に『賢者』の二つ名で呼ばれる者は聞いたことが無い。

 それほど希少な賢者が、Sランク以外のはずは無いのだ。


「賢者とは、それほど甘いもんじゃないぞい。」


 そう言ってフェイはカカと笑った。それは自分に自信がある、強者の余裕の笑いだ。

 ロディはフェイを少し恐ろしく感じると同時に、喜びもこみあげてきた。

 自分は元Sランクの賢者に教えてもらっているのだ。それは幸運というほかない。この先願ってもSランクの人に教えてもらうなんてできないだろう。


「フェイさん。改めて、教えてもらうことに感謝します。俺、一生懸命にやります。」


 その言葉を聞いて少し驚いたフェイだったが、やがて口元に笑みを浮かべ、鋭い視線を向けた。


「いい心構えじゃ。それでこそ教え甲斐があるというもんじゃ。さっきのは軽い練習じゃっったからのう。これからはビシビシ行くぞ。」

「うへぇ・・・」


 フェイの言葉通り愛ある厳しい訓練が行われ、ロディはボロボロになり疲労で立てなくなって、この日の訓練は終了したのだった。

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