第7話 ロディ、フェイの過去を聞く
「どこでワシが賢者じゃとわかったかのぅ。」
フェイが教えてほしそうな目でロディを見てくる。ロディとしては隠すつもりもないので素直に話し出した。
「最初は昨日のロスゼマさんとの会話でした。フェイさんはナコリナのことを『魔力が結構ある』と断言していました。他人の魔力が見えて魔力量がわかる人なんてそうそういません。それこそ高位のベテラン魔法師くらいです。
そこから疑問を持ってフェイさんのことを観察していました。そうしたら、身のこなし方が俺の知っているベテランの冒険者に似ていることに気づいたんです。それで、もしかしたらと考えていました。」
ロディはフェイの体の動きがメルクーの教官であるアーノルドに似ている部分があることに気づいていた。長年の冒険者の経験から身に着いた油断ない動作が似ていたのだ。
「そして今日の話です。いまだに魔法や魔力に興味を持ち続け、研究し続けている。それはまさに賢者にふさわしいことなんじゃないかなと。」
「見事見事。こんなに簡単に見抜かれるとは思いもよらなんだ。ワシも甘かったのう。」
フェイは愉快そうに笑い、毛のない頭をペシペシと叩く。そしておもむろに語りだした。
「ワシが『賢者』と呼ばれておったのはもう30年以上前じゃ。そのころはまだ冒険者家業をやっておっての。魔法師として各地のダンジョンを攻略し、あまたの魔物を討伐していったものじゃ。そのころはまだ髪の毛もフサフサで結構モテたがのう。」
フェイはやや上を向いて懐かしそうに目を細めた。
「でも今なぜ『ニセ賢者』と呼ばせているのですか?実力を示せばすぐにそんな噂は消えると思うんですが。」
ロディが疑問に思っていることを訪ねた。今フェイは賢者と呼ばれることを避けているかのように見える。本当の賢者なのになぜわざわざ偽物と思われるようにふるまうのだろうか。
それに対しフェイはカラカラと笑って答えた。
「それは当然、ワシがそう呼ばれるように仕向けているからじゃよ。」
「え?」
フェイ曰く、自分自身でニセ賢者と思われるように振舞っているのだという。
「この街に来て、ワシの評判はどうじゃった?」
「はい、スケ・・・いや、女好きの自称賢者だと。」
「ふぉっふぉっふぉ。取り繕わずともよい。うそつきのスケベ爺なんじゃろ。本当の事じゃからそれでよいよい。・・・しかしワシは自分ではあくまで『賢者』だと名乗る。それをどう思ったかな?」」
「ああこの人があの、って感じでした。」
「あのうそつき賢者か、と思ったじゃろう。誰もワシを本当に賢者だと思う奴はおらんじゃろう。「賢者だ」と主張すればするほど嘘っぽくなるんじゃ。そうやってニセ賢者の虚像を作っておるのじゃよ。」
「なるほど。」
賢者と思われたくないためにニセ賢者の噂を広める。そして自分は賢者と主張すれば逆にニセ賢者であると定着する。
「でもなぜ、そうまでして賢者であることを隠そうとするのですか?」
この問いにフェイは少し悲しそうに答えた。
「疲れたんじゃよ。『賢者』でいることに。」
「・・・」
フェイは冷めかけた紅茶を一口すすって、ゆっくりと口を開いた。
「冒険者でいたころは『賢者』と呼ばれて単純に嬉しく楽しかった。いや、有頂天になっていたと言ってもいいのう。いろいろとチヤホヤされたもんじゃ。
じゃが冒険者を引退して好きな魔法の研究を行っているとな、次第にそれが疎ましくなってきたんじゃ。賢者というだけで寄って来る自称親戚や知人、商人、それだけならいいが権力者、貴族関係者・・・。どいつもこいつも笑顔の裏に欲望を隠しながらのう。
引退したワシは純粋に魔法を研究したかったんじゃ。そんな見ず知らずのくだらん奴らに自分の時間と神経を使いたくなんぞない。
じゃからワシは取るに足らない男、ニセ賢者を演じることにしたんじゃ。賢者の名を捨て、名前も変えて。あいつはニセ賢者だと評判になれば寄って来るような奴らもいなくなるじゃろう。そして誰にも邪魔されず好きに行動できる環境を作ったんじゃ。」
フェイが語り終えた時、紅茶の残りはもう冷めていた。フェイとロディは同時にカップを取り、冷めた紅茶を口する。
(フェイさんって、本当の名前じゃないって言ってたか。本当の名前は何だろうか。)
一瞬、ロディはフェイに尋ねようかと思ったが、その言葉は紅茶とともに喉の奥に流し込んだ。本人が語らなかったのだから今は聞くべきじゃないだろう。
ロディはもう一つ気になる質問をした。
「ところで、フェイさんが本当は賢者だという話はロスゼマさんも知っているんですよね。」
「おお、もちろんじゃ。ワシの気持ちを理解してくれていつも『ニセ賢者』呼ばわりしてくれておる。ギルドにも顔の利く彼女の発言は結構重いからのう。
何を隠そう、ロスゼマとワシはかつて同じパーティ仲間じゃったんじゃよ。」
「え!?フェイさんとロスゼマさんはパーティを組んでいたんですか?」
「ああ、ワシらが若かりし頃の話じゃ。数人でパーティを組んでおって、国内でも有名なパーティじゃった。そのころのロスゼマは気の強いのは変わらんが、可愛くてピチピチじゃったぞ。今は見る影もないシワシワばばあじゃがの。」
「あはは・・・。」
「懐かしいのう。あの頃はワシはイケメンでブイブイ言わせておった。・・・ロスゼマとはそのころからの腐れ縁じゃ。」
第一印象が強いせいか、ロスゼマの若い姿はロディには想像がつかなかった。しかし口さがないフェイが『可愛い』と言うくらいだから、本当にそうだったのだろう。少し見てみたい気がしたロディだった。
「さてと、ワシのつまらぬ話はこれで終わりじゃ。だいぶ話が長くなってしもうたが、今度はロディが話をする番じゃ。・・・とその前に、茶を入れ直すとするか。」
「あ、俺がやりましょうか。」
「なあに、いらんいらん。おぬしは客人、ワシはこの家の主人で招いた側。気遣いは無用じゃ。」
フェイは慣れた手つきで茶をいれ直してロディの前に差し出す。
2人が紅茶で一服して落ち着いた後、フェイが切り出した。
「まずはワシから質問していくとしよう。その方が答えやすいじゃろ。まずはロディ、おぬしはなぜ魔力が体から出ておらんのじゃ?その理由は知っておるのか?」
ロディは語りだした。昔を思い出し、少し懐かしさを覚えながら。
「はい。俺は12歳の時鑑定の儀で、魔法を覚えられませんでした・・・」
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