第4話 ロディ、自称賢者に出会う

 突然後ろに現れた老人は、歳は70歳くらい。頭に髪は全くなく、その代わりなのか立派な白いあごひげと口ひげを蓄えていた。そしていかにも好々爺のように満面に笑みをたたえていた。が・・・


「いやー、目の前にたわわな果実があるとつい触ってしまいとうなるのう。いかん手じゃ。」


 とカラカラと笑いながらのたまう。つまり、犯人はこいつだ。


「なにすんのよこのスケベジジイ!!」


 パシンッ、という甲高い音とともに左に吹っ飛ぶ老人の顔。ナコリナの平手打ちが頬に炸裂したのだ。


「ノォォ!!」

「私の分もよ!」


パシンッ


「ノォォォォ!!」


 再度甲高い音が響き、今度は顔が右に捻じ曲がる。エマのカウンター平手打ちが見事に決まった。


「おふぅぅ・・・」


 ふらふらしながらもよろけながらも倒れずにその老人は体勢を立て直す。そして量頬をすりすりしながら言った。


「寿命が縮まったわい。老い先短い老人に暴力はいかんぞよ。」

「痴漢するような奴にいたわる気持ちなんて無いわよ。」

「若いもんは短気でいかんのう。ほれ、怒っていては美人が台無しじゃぞ。まあそんな顔も魅力じゃが。」


 ビンタを2発食らっても平気な顔して飄々と会話を始める。この老人は寿命が縮まっても残り50年くらいありそうだな、とロディは奇妙な想像で感心していた。


「またお前さんかい。営業妨害だよ。出て行きな。」

「この者たちは買い物客じゃないじゃろ。」


 ロスゼマがあきれたように老人に命令するが、老人はどこ吹く風で答える。


「あのー、おじいさんは誰?」


 エマが戸惑いながらも老人に問いかけると、老人は勢いよくエマに振り向き、驚くエマに満面の笑みを浮かべて語りだした。


「うむ、紳士として女性の質問には答えねばなるまいて。ワシの名はフェイ。何を隠そうワシはこの街の賢者なのじゃ!」

「「「「「・・・あー。」」」」」


 予想は付いていたが、どうやらこの老人がスケベな自称賢者で確定だ。出会わないでほしいと思っていたのだが、世の中そううまくはいかないようだ。


「・・・なんじゃその気の抜けた反応は。わしゃ賢者じゃぞ。もっとこう賞賛するなり感動するなり・・・。」

「うるさいね。あんたがニセ賢者ってことはもう街では有名なんだよ。騙される奴はいないね。」

「なに、ワシは本当に本物の賢者なのじゃぞ。」

「あんたが賢者なら世の中の魔法師は全員大賢者だよ。」


 フェイの反論にロスゼマは取り付く島なくバッサリと切り捨てる。まだぶつぶつ文句を言ってくるフェイだが、ロスゼマは一瞥して言った。


「そんなに自分が賢者だって言うんならそれらしい魔法の一つでもやって見せたらどうだい。」

「よ、よーし、見せてやろうか。・・・と、そうじゃ。最近どうも腰が痛うてのう。魔法を使うのを止められ取るんじゃ。残念じゃがまた今度見せてやろう。」


 とフェイは魔法を使うのをごまかした。そのあからさまなごまかし方に5人に苦笑が漏れる。

 しかしこの会話、なんだか慣れているような感じだ。これまで何十回何百回と繰り返してきたのかもしれない。それにフェイがこの店によく来ると噂もあるから実際よく足を運んでいるのだろうし、それならロスゼマはフェイを迷惑そうでも受け入れているということだ。噂はどうであれフェイからは悪意を感じないし、悪い人ではないのかもしれない。


「失礼、自己紹介がまだでした。俺はロディと言います。」


 ふと名前を言っていないことに気づいて、ロディはフェイとロスゼマに自己紹介をする。


「ちょ、ちょっと。こんな奴に名乗る必要あるの?」

「でもフェイさんも名乗ったし、こちらも返すのが礼儀じゃないか?それにロスゼマさんにも名乗ってないからちょうどいいさ。」


 ロディの話は当然というように言い、ナコリナは苦虫をつぶした顔をしながらも頷いてロディに続いて自己紹介し、そのあとを3人が続いた。


「ふぉっふぉっふぉ、ナコリナちゃんにエマちゃんにレミアちゃん、それと、ロディと、えーっと、・・ゴニョゴニョ・・じゃな。うむ、覚えたぞ。」

「・・・コイツ、俺の名前覚える気ねえのかよ。」


 覚えたと言いながらもテオの名前をごまかしたようで、テオはそれに気づいてボソッと突っ込む。


「ところで、話を戻そうかのう。ロスゼマや。」


 そういえば、フェイが入ってきたためナコリナの話がいつの間にかうやむやになっていた。どうやらフェイはそのあたりの話も聞いていたようでロスゼマに話を振り戻す。


「・・・そういやお前さんがこの店で働きたいっていう話だったね。この唐変木のおかげで忘れるところだったじゃないかい。」

「歳かのぅ。ボソッ」

「・・・なんか言ったかい?」

「いや、何も言うとらんよ。」

「フンッ」


 ロスゼマの鬼の形相に慌てて目をそらすフェイ。


「で、じゃ。お前さん、最近助手のリムが結婚で遠くの街に引っ越すからと辞めたばかりじゃろ。新しい助手はいるのかの?」

「いないよ。おかげでこっちは大忙しさ。」

「なら丁度じゃろ。このお嬢ちゃんを助手に雇えばよかろうが。」

「・・・フェイさん。」


 思わぬ援護にナコリナが驚いてフェイの顔を見る。


「勝手に話を進めるんじゃないよ。」

「しかし悪くないと思うがのう。魔力は結構あるし、なによりやる気があるのが良いぞよ。」


 どうやらフェイはナコリナがロスゼマのところで働くことを後押ししてくれるようだ。ロディの中でフェイの評価が上がった。


「・・・疑わしいねえ。本心は何なんだい。」

「そりゃ若くて美人のお嬢ちゃんが店に居ればここに来る楽しみも増えるからじゃ。それに恩を着せれば一緒にお茶をしてくれるかもしれんしのう。ほっほっほ。」


 ロディの中でフェイの評価が一瞬で元に戻った。


 ロスゼマはしばらく黙り込んで考えていたが、やがて大きなため息を吐くと、


「仕方ないね。今は忙しいし助手を雇うのも悪かないか。・・・週3日、それでいいなら雇ってやるよ。」

「本当ですか!」

「ああ、ただ給料はそれほど出ないし、ポーションづくりを懇切丁寧に教えることはしないよ。知りたきゃ目で見て覚えるんだね。」

「わかりました。ありがとうございます。」


 ナコリナは勢いよく深々とお辞儀をする。こうしてナコリナは晴れてロスゼマの助手という名目でポーションづくりなどを学ぶことができるようになった。

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