SS4話 新たな依頼

 2人がオーゴリの街に着いた時には、すでに夕方になっていた。

 小走りに駆けていく2人は、目的の家が見えたとき、家の前に人影があるのを見て思わず立ち止まった。


「あ、あれって・・・」

「モリスさん!?」


 家の玄関の前にはすでにモリスが立っていた。後ろに家人と思しき人が数人立ち並んでいる。

 まさか外で待っているとは想像もしていなかった2人は、慌てて駆け出して門を入ってモリスのもとにたどり着いた。


「どうしたのですモリスさん。家を出て待っているなんて。」


 息を切らしながら質問したロディに、モリスは恥ずかしそうに答えた。


「いやはや、家で待っているつもりでしたが、お2人がオーゴリに戻ってきたと連絡を受けて、いてもたってもいられず家の前まで出て来てしまいました。歳甲斐もなくお恥ずかしい。」


 頭をかくモリスに、ロディとナコリナは顔を見合わせ、そして笑った。モリスは長年探していたものに会えると思うと、家の中で座って待つことができなかったのだ。


「それで、首尾はどうでしたかな。」


 モリスが恐る恐る訪ねてきた。


「もちろん見つけてきました。これで間違いないでしょうか。」


 ナコリナが袋から小箱を取り出す。


「おお・・・」


 モリスはそれを見ると感嘆の声を上げ、ゆっくりと前に足を進めて、そして震える手で小箱を受け取った。

 しばらく箱を見つめていたモリスは、やがて決心したように箱の上部に手をかけてふたを開けた。


「!」


 モリスの言葉は無かった。最初は無表情にも見える顔で箱の中を眺めていたが、やがてその顔は崩れていき、その眼には涙が浮かんできた。


「・・・ッ、・・・」


 風に乗ってわずかに聞こえてくる、かすかな嗚咽。ロディとナコリナは二人で目配せして、そっとモリスのそばを離れた。

 今、モリスはおそらく50年間の時を遡り、そしてゆっくりと、時には立ち止まりながら戻ってきているのだろう。そこには、ほかに何者も不要なのだ。


「モリスさん、よかったわね。」

「ああ。」


 ロディとナコリナは、この依頼を達成できてとても満足だった。何より依頼主がとても喜んでくれている。その達成感は格別のものだった。


 どれくらい時間が過ぎただろうか。もう夕日があたりを紅く包んでしまったころ、ロディとナコリナは声をかけられた。


「失礼しました。歳を取って涙腺が緩んでしまいましてな。恥ずかしながら止めるのに時間がかかってしまいました。」

「いえ、お気になさらず。モリスさんより長い時間待ってはいませんから。」


 ロディが笑ってそういうと、モリスもつられて破顔した。


「あなたたちは若い。まだまだ待つ時間がある。私には待てる時間が少なかった。この幸運に感謝せねば。」


 モリスはしみじみと言った。


 3人は屋敷に戻り、元の応接室で歓談していた。

 モリスが箱を見つけるまでの話を聞きたがり、ロディとナコリナがそれに応じてその顛末を語った。もちろん、収納魔法の件はごまかして。


 話がひと段落した後、モリスがこう切り出した。


「ところで、お2人に頼みがあるのですが、聞いていただけますでしょうか。」

「頼み?何でしょう。」

「実は明日、隣のアサラ村に行くつもりです。往復1日で十分行ける距離です。そしてその時、お2人に一緒についてきてほしいのです。」


 モリスの頼みとは、ロディとナコリナのアサラ村への同行だった。


「なぜ私たちに同行を依頼するのですか?」


 ロディはその理由がわからなかったので質問した。


「理由は明日話をいたします。一つだけ言いますとこれは今回の依頼と関係があることです。無論、今回の依頼は完了していますが、明日の件は別依頼ということになります。名目は『護衛』ということでギルドに指名依頼をします。指名料は弾みます。どうか、明日一日、一緒に同行してくださいませんか。」


 モリスが頭を下げんばかりにお願いしてきた。

 ロディとナコリナは少し戸惑ったように顔を見合わせるのだった。


◇◇


 翌日。

 ロディとナコリナはアサラ村に向かう馬車の中にいた。その馬車の中にはもう一人、依頼主のモリスがいた。

 ロディたちは結局モリスの依頼を受けることにした。特に用事もなく、また今回の依頼と関連もあり、依頼料も指名依頼ということでかなりの額になる。しかし何よりモリスの懇願がその理由だ。


「依頼を受けていただいて、ありがとうございます。」


 モリスが礼を言った。


「いえ、とても好条件の依頼です。こちらが感謝したいくらいです。」


 そう言いながらもロディはやや居心地が悪かった。なぜ自分とナコリナはモリスと3人だけで馬車の個室にいるのだろう、と。それはナコリナも同じだった。

 確かに依頼内容はモリスの護衛だ。しかしそれは馬車の外でも十分にできる。馬車の中に一緒にいる必要はないのだ。しかもその馬車は乗合馬車のような粗末な馬車ではない。貴族が乗っていてもおかしくない、立派なつくりの馬車だ。一介の冒険者が乗れるような代物ではないのだ。

 しかしモリスから是非ともということで同乗をお願いされ、いま馬車になかにいるというのがその経緯だ。

 ロディはおそらくモリスには何か意図があるのだろうと考えていたのだが、その意図はいまのところ読めていない。


「お2人は私がなぜこの依頼をしたのか、なぜ馬車に同乗しているのか、疑問に思っているのでしょう?」


 ロディたちの心を見透かしたかのようにモリスは言った。


「あ、はい。どうして私たちなのか納得できる理由が思いつきません。」


 ロディは素直に認めた。それを見たモリスは笑った。


「そうでしょうな。まあ、一言で言うと、私のわがままです。」

「わがまま、ですか?」

「そう、わがままです。これから私は自分の昔話をします。あなた方にはその話を聞いてほしいのです。」

「え?」


 モリスは自分の昔話を聞かせるために2人の同行をお願いしたという。それはロディとナコリナにとっては予想外のことだった。


「あの、モリスさん。モリスさんの昔話には興味はあるのですが、私たちが聞いてもいいのですか?」


 ナコリナが戸惑いつつもモリスに尋ねた。


「もちろんです。小箱の発見者であるあなた方にはその資格があるでしょう。それに、」


 モリスはふと窓を向き、遠くを眺めながら続けた。


「お2人を見ていると、過去の自分たちの姿が重なって見えてくるのです。お2人が箱を見つけてくれたのも何かの運命に思えてなりません。だからお2人には私の過去の話を聞いてほしい、そんな身勝手な想いからなのです。」


 モリスは笑って、しかしすぐに真面目な顔になり、2人に向かって語り始めた。


「今回あなた方は、私に勇気を与えてくれました。私が生まれ故郷の村に帰る勇気を。

私の出身は、実はアサラ村なのです。」

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