SS2話 50年前の記憶
門番にギルドからの依頼だと説明して館の中に通されたロディとナコリナは、応接室に通された。
その屋敷の大きさにも度胆を抜かれたが、その応接室も豪華だった。自分が知っている一番豪華な部屋であるメルクーのギルド長室をさらに豪華にしたような部屋で、いたるところに美術品が飾られ、壁も柱もきれいな柄で覆われ、そしてシャンデリアのような照明器具が室内を明るく照らしていた。
「なんだか違う世界に来たみたい。」
ナコリナはそう言って、落ち着かないようにあたりをきょろきょろと見まわしていた。
「・・・そうだね。」
ロディも同じで、場違いなところに来てしまったように感じてただじっと座っているだけだった。
しばらくして、扉が開く音がした。2人が振り向くと、1人の老人が扉を入ってくるところだった。
「ようこそ。私が依頼主のモリス・ブラウンです。」
2人はあわてて立ち上がって自己紹介をした。
「初めまして。ロディといいます。」
「初めまして。私はナコリナです。」
2人の様子を見てモリスはにこやかな笑顔を浮かべて言った。
「そうかしこまらなくて結構ですよ。私は単なる一市民です。貴族のような身分ではありませんから。」
モリスは2人に席に着くように促し、自身も対面に座った。
彼の後ろには1人、執事のような人が控えている。
「ギルドからの紹介で伺いました。私たちがモリスさんの依頼をお受けしたいと思っています。」
「おお、それはありがとうございます。」
そう言ってモリスは2人に笑顔を向けた。このような家に住んでいても驕ることのない気さくな態度のモリスに、2人はとても好感が持てた。
「私は王都で商売をやっておりました。数年前に息子に家督を譲って引退し、この街で余生を過ごしているのですよ。」
「王都で店ですか。それで、ブラウン・・・え、もしかしてブラウン商会ですか?」
「はい。ブラウン商会は私の屋号です。」
ロディとナコリナはブラウン商会と聞いて驚いた。
ブラウン商会といえば今王都で最も勢いのある商会で、近年は地方にも積極的に進出している商会だ。扱う品は多岐にわたり、一般市民や冒険者はもちろん、貴族とも取引があるという。
そのブラウン商会は、創業者が苦難の末に一代でここまで大きく育てたという話だ。
「もしかして、創業者の方ですか。」
「ええ、ブラウン商会は私が立ち上げました。」
モリスはにこやかに言う。
ロディとナコリナは、立志伝中の人が目の前にいることで、今更ながら緊張してきた。
「そんなお方とは知らず、失礼いたしました。」
「いやいや、私はもともと貧しい平民の出。今はこのような生活をしていますが、心は昔のままと思っております。そうかしこまれると私のほうが恐縮してしまいます。どうぞ気楽に。」
モリスは2人に対して穏やかな態度を崩さなかった。
ロディはホッとするとともに、モリスに素直に尊敬の念を覚えた。成功してもこのような態度を崩さない、そんな彼の性格も商人としての成功に一役買っているのだろう。
「しかし、この街は私のことはほとんどの者が知っていると思っておりましたが・・・」
「私たちは最近この街に来たばかりです。モリスさんのことは耳にしていませんでした。」
「おお、そうでしたか。他の街のお話もぜひとも聞かせてほしいですな。」
彼の希望でしばらく雑談により時が過ぎた後、ようやく今回の依頼についての話になった。
「それで、依頼は失せもの探しと聞いていますが、もう少し詳細に話を伺いたいのですが。」
「それはもちろんですな。」
そういうとモリスは後ろにいる執事らしき人に指示し、その人は手に持っていた小箱と額をテーブルの上に置いた。
「探してほしいのはこのような小物入れです。これは過去の記憶から大きさや外観などを再現してみたものです。正確ではないでしょうがおおまかなイメージはつかめるでしょう。」
その小箱は何の変哲もないどこにでもありそうな木の箱だった。上蓋があり、開けて物を入れる構造のようで、大きさからは”小物入れ”と表現するのがふさわしい。表面には飾りなど何もない、木目がむき出しの素朴な箱。彼が商売で成功するより前の物なのだろう。
「この箱を50年前、ある場所に埋めました。将来きっと掘り出す約束をして。」
「約束?」
「おっと、しゃべりすぎましたかな。これは関係のないことです。忘れてくだされ。」
モリスがわずかに慌てたように言った。おそらくそれ以上詳しく話せない、いや話したくない内容なのだろう。
「私はこの箱をどうしても見つけてほしいと思っています。高額の依頼料は、私の気持ちの表れと思ってください。」
成功をつかんだ大商人が大金を払ってまで見つけたいと思っているものだ。きっと深い思い入れのあるものに違いない。
しかしロディは疑問に思っていたことがあった。
「失礼ですが、モリスさんはかなりの財をお持ちです。冒険者に依頼するより人手を集めて探したほうが良いのでは?」
「その通りです。過去にそうやって探してみたことはあります。しかし手がかりのない状態で、地面に埋まったものを探すのは人海戦術では無理だったのです。」
モリスは少し顔をうつむけ、テーブルの上の小箱を眺めていた。
「量でダメなら質で対応するしかない。私はこれまで様々な人物に頼んでみました。失せもの探しで有名な占い師、ダウジングの才があるという者、・・・しまいには”予言師”を名乗る眉唾者にも頼ってみました。しかしこれまでそれが実を結んだことはありません。」
モリスの話から、すでに八方手を尽くしたことがうかがえる。それでも見つからないのであればなかなか困難な依頼かもしれないとロディは感じた。
「それでも今回冒険者ギルドに依頼したのはなぜです?」
ロディの質問に、モリスはこう答えた。
「冒険者には様々な才能があるものが集まっていると聞きます。もしかしたら私の望みをかなえてくれるような才を持つものがいるかもしれないと思いましてな。最後の、淡い期待を込めてのことです。
しかしお2人には悪いのですが、今となっては正直に言うとあまり期待をしてはおりません。」
モリスはそういうと力なく笑った。発見できるかもと期待をしつつ、結局その期待がかなえられなかったことが何度もあったのだろう、彼の目に悲しみと諦めが色濃く宿っていた。
しかし期待をしていないと言いながらも望みを捨てきれないのが今のモリスの気持ちだった。そんな気持ちが無駄だと思いながらもギルドに依頼を出した理由なのだ。
「わかりました。とにかくやってみたいと思います。しかしモリスさんが埋めたのですから、何か手掛かりになるようなものはないのですか?」
「1つだけ手がかりがあります。それがこれです。」
モリスはそう言ってテーブルに置かれた額を指さした。
額の中を見ると、そこには1枚の紙切れが入っていた。その紙はかなり古いもののようで、保存状態も悪く、茶色に変色してところどころに破れも見える。額に入れたのは、これ以上劣化したり破れたりしないようにだろう。
「これは箱を埋めたときに書いた、その場所を記した地図です。」
「地図、ですか。」
ロディはまじまじとその地図を見た。紙には絵と文字が書かれているようだ。いくつかの簡単な線と、〇や×の印、そのそばに書き込まれた文字が見えた。ただ、文字は水に濡れてしまったのかぼやけていて、ところどころしか読めない。
「その紙は無くさないようにと長く肌身離さず持っておったのですが、気づけばそのようになっておりました。」
モリスの長い年月の苦労を共にしたため、その紙も平穏無事ではいられなかったようだ。
「箱を埋めた大体の場所はご存じなのですよね。」
「その箱はこのオーゴリの街と近くにあるアサラの村の間の草原に埋めました。紙に書かれた地図はそのあたりのものです。しかし、元々子供のころに書いた地図なので正確ではありません。それに、そのころ草原だったところもいまは木々が生い茂って様変わりしています。とてもこの地図を参考にはできないでしょう。」
ロディは改めて紙を見つめて、読める文字だけ拾って読んでみた。
「・・・泉・・・石・・・から・・・川へ・・・歩・・・上に・・・苗」
「それは元は文章だったのです。しかしなにぶん50年前の話です。私は書かれていた言葉を思い出そうとしましたがダメでした。記憶はおぼろげになり、思い出せないのです。」
モリスは悲しそうに言った。
なるほど。この手掛かりとなる紙も実際には全く役に立ちそうにない。おれだけの情報で地下に埋めた小物入れを見つけたいと思ったところで、どれだけ人と金をかけても探し当てるのは不可能に近いだろう。
だが、ロディは目を輝かせてそのボロボロの紙を見つめていた。そう、ロディは持っているのだ。モリスの望む、その能力を。
ロディは顔を上げると、自信に満ちた目をモリスに向けて言った。
「紙とペンを持ってきてください。」
「紙とペン、ですか。どうするのです?」
モリスが怪訝そうな顔をして聞いた。
「この紙に元々書かれていた地図や文字を、書き起こしてみます。」
「なんですと?」
モリスが驚きと戸惑いが混ざったような声を上げた。
「ロディ、見えたの?」
ロディの横に座るナコリナは、ロディの言葉の意味を理解して笑顔を向けて言った。
「ああ、大丈夫だ。」
ロディも笑顔でそれに応えた。
そう、ロディには見えたのだ。ギフト「修正」により、古びた紙に書かれていた元の文字が赤く、はっきりと。
ロディの手元に紙とペンが渡された。
「上に載せますのでちょっと失礼します。」
ロディはその紙を古い紙にガラス越しに重ね、そしてペンを滑らせた。
ロディは『修正』の能力を使うことで、元の地図と文字を正しく浮かび上がらせることができた。それを新たな紙になぞるように書き写していく。
最初は半信半疑の表情でそれを見ていたモリスは、ロディのペンが進むにつれて次第に驚きの表情に変化していった。
「できました。」
そう言ってロディがペンを置いた。
「この紙には、こう書かれていたはずです。読んでみていただけませんか?」
ロディの差し出した紙に手を伸ばしたモリスの手は、小刻みに震えていた。 ロディが書いている途中の文字を見ていたモリスは、消えかけていた記憶が呼び覚まされかけていたのだ。
改めてロディの書き記した文字を読んだモリスは、やがて目をつぶって絞り出すように言った。
「・・・これだ。この言葉・・・ああ、思い出した。」
その紙には、新たに引かれた地図とともに、こう書いてあった。
『泉のほとりの石碑から、川に向かって歩く。北に50歩、東に20歩の場所に埋める。目印として上にイチョウの苗木を植える。』
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