第27話 ロディ、再び絡まれる
ギルド長の改”悪”は日々冒険者ギルドを浸透していった。それまでギルドの運営に使われていた予算の多くは『無駄だ』との言葉で削られ、冒険者のために設けられた資金は『必要ない』と廃止になった。さらには冒険者への依頼や達成報奨金、素材の買い取りの手数料を一方的に引き上げた。
これには冒険者も依頼者も反発しギルド長に詰め寄ったが、彼は『うるさい。貴様らは決められたことに従っていればいいんだ。』と一顧だにせずそのまま強行していった。
当然、ギルドを利用する人々はギルドに不信感を抱き、それは特に冒険者の間で強かった。居心地の悪くなった冒険者の中には少しずつではあるが街を離れる者が出始め、手数料により依頼自体も減ってきたことがさらにそれに拍車をかける。まさに悪循環であった。
冒険者の反感はギルドの業務支障を与えていた。
デルモスもこれには考えるところがあったのか、冒険者に対して対応策を打ってきた。だがそれは、融和とか妥協とかいう言葉の片鱗も感じさせないものだった。
ある日の夕刻近く。ロディがギルド内で仕事をしていると、『ドン!』という、何かぶつかるような大きな音がして、ギルドの1階が騒がしくなった。
何事かと他の職員とともに1階に降りてみると、二人の人物を中心に冒険者たちが取り巻いていた。
二人とも冒険者のようだった。うち一人は床に倒れこんでおり、もう一人はその男を見下ろしていた。
どうやらケンカが起きていたようだ。
「なんだ、もう立てねえのか。口ほどにもねえ奴だな。」
立っていた男が横たわる男を罵り、さらに蹴りを入れる。蹴られた男は「グッ」とうめき声をあげたが、起き上がりはしなかった。
「なにをしている!」
ロディと他の職員数人が二人の間に割って入った。
「ギルド内での暴力沙汰は禁止されているはずだ。やめないかダントン。」
当事者の一人はダントンだった。鑑定の儀の日にロディに絡んできた男だ。
あれから4年がたち、彼はあれ以来二回りぐらい大きく成長しており、身長はロディの頭一つ分は大きい。全身が筋肉粒々で外見からも力が強そうだ。
彼はトラブルを起こしているのにニヤニヤと笑いを浮かべている。
ダントンは「大剛力」ギフトの恩恵もあって、最近Bクラスの冒険者になっている。この若さでBクラス昇格はこの街の史上最年少記録だという。パワーだけならAクラスでもおかしくないともっぱらの評判だ。
だがダントンの評判は良くない。いや良くないではなく、悪い。
これまで数々のトラブルを起こしており、かつてユースフは彼に2度謹慎処分を科したこともある。
それでも実力は抜きんでており、この街の将来のエース冒険者と目されているのだ。
「暴力じゃねえよ。奴が力比べをしたいって言ったから試しただけだよ。」
ダントンが不敵に言い放ち、顎で倒れている男を指す。
「そんなこと、外でやれ。ギルド内でやることじゃない。」
先輩職員が毅然と注意する。
ダントンは「へいへい」と言いながらその場を去ろうとしたが、ふとそばにいるロディに目を止めた。
「ん、お前ロディじゃねえか。」
「・・・ああ、久しぶりだな、ダントン。」
「まだギルドにいたのかよ。魔法が使えねえからとっくに首になったと思ってたぜ。」
「お生憎様、まだ職員だ。」
ロディとダントンが面と向かって会話をしている。ダントンは獲物を見つけた魔物のような目でロディを睨む。だが、Bランク冒険者の圧を受けてもロディは臆することなく彼を睨み返す。
ダントンは、初対面ながら悪意を持ってロディの邪魔をしてきてロディの人生を貶めようとした男だ。そんな奴を聖人君子のように『昔のことは水に流そう』などとはロディには全く思えない。今でもあの時の事を思うと怒りがこみあげてくるのだ。
「相変わらずヒョロヒョロだな。満足に食うものも無いのかよ。」
挑発するようなダントンの言葉にロディは感情を抑えて返す。
「これでもそこそこ鍛えてる。」
「そうかい。俺の見間違いか。」
ふっとダントンが顔を離し、横を向いて移動し始めたかのように見えた。その瞬間、彼の魔力が一瞬にして膨脹するのを感じた。
「・・・ッ!!」
危険を感じ、ロディはとっさに身体強化を全身にめぐらす。間髪置かずダントンがロディに向かって突進してきて、肩からロディの体に激突させる。
「グハッ!」
ダントンのあまりの勢いに止めるめることも出来ず、ロディは壁まで吹き飛ばされた。ロディは背中から壁に当たって、一時的に呼吸が苦しくなった。
「クッ・・・」
「「ロディ!」」
悲鳴のような叫び声があがり、再び辺りが騒然とする。リーセたちがロディに駆け寄った。
「ワリィワリィ、俺も腹が減ってふらついたぜ。ま、それでそこまで飛ばされたんじゃ、たいして鍛えてないってことだ。ハハッ」
悪びれもせずダントンはおどけて笑った。
「ロディ、大丈夫?」
「・・・ええ、なんとか。」
壁にたたきつけられたロディだったが意識は失っておらず、リーセに支えられて立ち上がった。
(クッ、痛ってえ。これが「大剛力」の威力か。)
あの一瞬で身体強化をしていたため大けがをせずに済んだが、それでもかなりのダメージを受けている。強化していなかったらただでは済まなかっただろう。
「ほー、まあ少しは鍛えていたか。なら・・」
ダントンはぎろりと残忍な眼光を放った。
「どのくらい鍛えてるか、もう少し試してみようか。」
ダントンが不吉な言葉と共にロディに近寄ろうとしたその時、
「何をしている!」
稲妻のような声がギルド内に響き渡った。
全員が一斉に声の主を見ると、そこにはアーノルドが立っていた。
「アーノルドさん・・・。」
アーノルドはギルド内を一瞥すると、ダントンに向かってゆっくると近づいて行った。
「ダントン、これはお前がやったことか。」
「まあ、そうなるかな。」
「ギルド内での暴力は厳しい処分が下る。2回の謹慎を食らったお前が知らないはずはないがな。」
「おいおい、俺は別に暴力をふるっちゃいない。こうなったのは偶然さ。不幸な事故みたいなもんだぜ。」
「黙れ!」
アーノルドが圧のこもった怒声を発しダントンを威嚇する。しかし、当のダントンはどこ吹く風というように平然と薄ら笑みを浮かべている。
「そんな言い訳が通用するか。誰が見てもお前が暴れてけが人を出したと判断するだろう。ギルド規則に3度目の謹慎は無い。冒険者資格剥奪と追放だ。」
冒険者資格停止と聞いて慌てるかと思われたダントンだったが、以外にも全くうろたえることも無く、不敵な様子は変わらなかった。
「おいおい、アンタにそれを決める権限は無いだろ。あるのはギルド長だ。」
「・・・何ぃ」
ダントンの言葉を聞き、アーノルドが怪訝そうに顔をゆがめた。そこへタイミングよくギルド長の声が聞こえてきた。
「騒がしいぞ。なにをやっとるんだ。」
「・・ギルド長」
騒ぎを聞きつけたのか、ギルド長のデルモスは気怠そうな顔と共にやってきた。その表情はギルド内の状況を見ても全く変わらなかった。彼にとってはどうでもいいことなのだろう。
「ギルド長。Bランク冒険者のダントンに処分を下してください。ギルド内で二人にけがを負わせており、それは本人も認めています。」
アーノルドがデルモスの前に進み出てダントンの処罰を要望した。が、デルモスは眉間にしわを寄せてこう答えた。
「なにぃ、ダントンに処分だと。けが人が出たと。それがどうしたのだ。」
「・・は?」
「ダントンは何と言っているのだ?」
「はい、これは不幸な事故だから故意では無いと。」
「ならばこれは事故だ。処分など必要ない。」
ギルド長は無かったことにしようとしている。それがわかったアーノルドはあわてて食い下がった。
「けが人が出ているんです。何のお咎めなしでは、他の冒険者たちに示しがつきません。」
「冒険者などケガはつきものだろう。ツバでも付けとけば治るだろう。」
「職員のけが人もいます。ここはギルドの威厳を示し・・・」
「うるさい!」
突然ギルド長は金切り声を上げて逆切れした。
「ダントンはこの街の将来を背負って立つ冒険者だ。そんな有望な冒険者をこんなくだらないことで処分なんかできるか。処分などない。これは決定だ!」
そうわめき散らすと、職員一同があっけにとられる中、デルモスはもう用は済んだとばかりに部屋に戻って行った。
「ククク、じゃあ俺も帰るとするか。」
振り返るとダントンが何事もなかったかのように笑いながらギルドを出ていくところだった。
ギルド内に白けた空気が漂う。
「・・・チッ、ギルド長め、ダントンと手を組みやがったな。」
アーノルドが忌々しそうにつぶやく。
ダントンはこの街の冒険者の中ではトップクラスの実力者だ。しかも実家はこの街有数の商家という。
デルモスは冒険者たちを懐柔ではなく力で抑え込むために、ダントンに目をつけ、手を組んだのだろう。
このままではギルド長だけでなくダントンの行動にも歯止めが利かなくなるのは明白だった。
「まったく、まずいことになりそうだ。もっとも、もうなってるんだがな。」
アーノルドはため息をつくことしかできなかった。
ロディはその場でしばらく立ち尽くしていた。彼は別のことで頭がいっぱいだった。
(ダントンの力はとてつもなく強力だった。今の俺には太刀打ちできないくらいに・・・。)
あの日以来、ロディはいつかダントンを見返そうと思っていた。将来はダントンより強い冒険者になり、自分が上位に立つことで意趣返しをしたかった。
しかし今日感じたダントンの強さはそんな気持ちを吹き飛ばすくらいの凶暴なものだった。
(俺はダントンを超えられるのか?ダントンより強くなれるのか?)
ロディの頭の中は弱気ばかりが思い浮かび、同時に気持ちも落ち込んでいくのだった。
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