第26話 ロディ、解任される

 新ギルド長が着任して数日後、ロディは呼び出しを受けた。


「ロディ、ギルド長が呼んでるぞ。」


 同僚の言葉は、ロディの気分を一気に低下させるのに十分だった。ギルド長が呼んでいるなんて、悪い予感しかない。


「分かりました。今行きます。」


元気に答えはしたが、気分は真逆だ。


(どんな悪い要件だろう?大したことじゃなければいいけど。)


 ロディは足を無理やりに動かしてギルド長室まで来て、深呼吸してから扉をノックした。


「ロディです。お呼びでしょうか」

「入れ。」

「失礼します。」


 ロディが扉を開けると、目に正面の執務机が映った。ユースフの時とは机もその位置は変わっていない。その主人が変わっただけだ。

 ただ部屋の内装は変わっている。ユースフの時は優美ではあるがギルドの雰囲気にそぐわないような調度品が多く、しかもさりげなく置かれていた。

 が、今は少しけばけばしい調度品が置かれているのが目に入る。良いものなんだろうが、ギルドにそぐわない感じで、しかも統一感に欠けている印章を受ける。


「こっちへ来い。直ぐにだ。ぐずぐずするな。」

「は、はい。」


 扉を閉め、急いでデルモスの机の前に移動した。同時に、一人の男が横にある机から立って、デルモスのななめ後ろに立った。

 この男はデルモスと共にこのギルドにやってきた。ユースフにとってのアルメイダにあたる人だろう。細身で静かな男だ。

 ただアルメイダと違って、その男は目に蔑みの色を浮かべてロディを見下ろしている。それもロディの印象を低下させている一因だった。


 デルモスがロディをじろりとにらむ。


「ロディと言ったか。お前いくつだ。」

「16歳になります。」

「16だと。16で役職があるのか。・・何だったか。『文鳥・・・』」

後ろの男が言葉の詰まったデルモスをフォローした。

「『文章校正担当』ザンス。」


(は?ザンス!?何その語尾。・・・あれ、過去に似たようなことが。そうだ、エリザマス、・・いやエリザベス講師だ。)


 ロディは彼の言葉に驚き、同時に過去の記憶を思い出した。



(似たような語尾を使う人が他にも居るんだ。びっくりだ。でもちょっと違う。ザマスとザンス。・・・親戚かな?)


「そうだ!『文章校正担当』だ。どんな役職だ?」


デルモスの言葉にロディは別の方向に飛んでいた頭を呼び戻した。


「はい、王都などに報告する書類などをギフトを使ってチェックして、間違っている部分を探し出すことをしていました。」

「なにぃ、ギフトで間違いを探すだ?ウソをつくな。」

「ウソではありません。僕の『修正』ギフトは、文字の間違いを見つけることが出来るんです。」


デルモスは、疑いのまなざしでロディを見ていたが、後ろを振り返って言った。


「おい、ザンス。適当な書類を持ってこい。確かめてやる。」

「はいザンス」


(!この人、ザンスっていう名前なのか。いや、あだ名の場合もある。しかし、ザンスさんか。ヤバい、笑ってしまう。)


 ロディは笑いそうになる顔を引き締めてザンスを待った。

 ザンスは机に戻り、ちょっと机の中を探してすぐに戻ってきた。


「この書類で間違ってるか所を1か所探すザンス。」

「はい。」


 ロディはギフトを発動して書類を眺めて、すぐに「判りました。」と答えた。


「なに、もうわかったのか。」

「はい、ここと、ここです。」


ロディは2か所の間違いを指摘した。


「何、2か所だと。1か所じゃないのか。」

「1か所の間違いのはずザンスが・・・どこザンスか?」


ロディはザンスに2か所の場所を指し示した。

ザンスはその場所を確かめ、デルモスに顔を向けて言った。


「確かに、間違いが2か所あるザンス。1か所は私も見つけていなかった間違いザンス」


 ロディは胸を張った。ギフトが間違いないことと、有効なことが示されたと思った。


「フン、確かにギフトは使えるようだ。だが、お前を呼んだのはギフト云々の件じゃない。」

「・・・はい。何でしょうか。」

「『文章校正担当』の役職は廃止する。お前は今からただのヒラ職員だ。」


 ロディを指さし声高らかに宣言するデルモス。


(やっぱり・・・。)



 ロディは心の中でため息をついていた。

 新ギルド長の就任直後から出費削減の嵐が吹き荒れている。遠からず自分もそれに巻き込まれる予想をしていた。なので、気落ちはしたが驚きはしなかった。

 ただそれでもロディは何もなしに引き下がるつもりはく、少しだけ抵抗する意味で聞いてみた。


「・・・どうしてでしょうか。」

「どうしただと。そんなこと決まっとる。ミスの一つや二つ見つけるくらいのギフトに無駄な金はかけられん。」

「しかし、これまで重要な書類でかなりの数の間違いやミスを見つけてきてギルドに貢献してきたつもりです。これから書類の間違いなどが増えるのではないでしょうか。」

「黙れ!」


デルモスは机をたたいて怒鳴った。


「そんな仕事、子供でもできるわ。大体貴様が間違いを見つけたらワシが困るのだ!」

「・・・え?」


間違いを見つけると困る?なぜ?

横からザンスが慌てて咳払いをした。


「オホンッ、ギルド長・・・」

「・・・ああ、何でもない。」


デルモスは慌てて取り繕った。


「とにかく、お前の役職は廃止だ。これは命令だ。これ以上話すことはない。出ていけ。」

「・・・はい。失礼しました。」


 ロディはお辞儀をして部屋を出る。

 彼は扉を離れながら、ギルド長室を振り返る。


「間違いを見つけられると困る、か。」


 書類を改竄するつもりなのだろう、とロディでも分かった。改竄した個所を間違いだと指摘されたくないのだろう。

 あまりにもあからさますぎる。こんなことで不正を隠し通せるとはとても思えない。アーノルドの言う通り、近いうちにギルド長の再人事がありそうだ。


「しかしそれまではあのギルド長のためにギルドが引っ掻き回されるんだろうな。」


 ロディは自分が役職を解かれ給料が減ったことより、ギルドの未来に暗澹たる思いになるのだった。


 ちなみに、家に帰ってロディは妹に給料が減った事を謝ったが、それに対しエマは、


「最近は私の稼ぎがあるから、全然OKだよ。」


とまったく怒らず笑い飛ばし、それを見てロディはほっと胸をなでおろすのだった。

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