第25話 ロディ、新ギルド長を迎える

 ユースフが去って1週間後、メルクーの街に新しいギルド長がやってきた。

 新しいギルド長の名はデルモス・ライシュという。ライシュ男爵家の現当主の叔父とのこと。


 この男は、”ユースフの後任のギルド長”という職員の期待を、まるで逆なでするように裏切ることになる。


 ギルド前に馬車が止まって、男が下りてきた。男はギルドの周りを眺めて、

「フンッ」と、気に入らないような様子でギルドに入った。

 そして男がギルドに入るなり開口一番


「このギルドは、ギルド長の出迎えもないのか!」


 といきなり叫んで往来の注目を集めた。

 この男が新しいギルド長、デルモス・ライシュであった。

 50歳くらいの白髪交じりの小柄な男性で、いかにも貴族といった場違いな服を着ている。特徴として、左の頬に大きなほくろがあるのが見える。


 職員はその声に驚いて外へ出て彼を迎えた。その中にはロディの姿もあった。


「すみません、今日来られるとは知らなかったもので。」


 リーセが前に出て謝る。出迎えろと言っても、いつ来るのか何の連絡もなかったのだ。出迎え出来なくて当然だ。

 だが彼にはそんなことは全く通用せず、さも当然とでもいうように貴族理論を振りかざし、吐き捨てるように言った。


「ワシが来る日くらい自分たちで調べておくのが当たり前だ。まったく、このギルドはなっとらんな。」


 その一言はその場にいた職員の彼に対する評価を最悪にした。

 このギルドの職員は、大なり小なりこのギルドを滞りなく運営しているという誇りがある。それを、ギルド長とは言え初めて来た知らない奴が無遠慮に蹴飛ばした。気分が良かろうはずがない。

 騒ぎを聞きつけて副ギルド長が慌てて出てくる。

 副ギルド長は平謝りに誤っているが、新ギルド長は文句をがなり立てながらギルドの奥に進み、一室に入っていった。

 彼が部屋に入っても、何かわめくような声が響いてくる。


 しばしの沈黙があたりを包んだ。


「なんだありゃ。」

「ギルド長だって言ってたよな。」

「あんなのが新しいギルド長か。最悪だな」

「バカ、声が大きい。あれでも実家は貴族様だ。聞かれたら大変なことになるぞ。」

「ちぇっ。なんだかシラケちまったな。」


 ちょうど居合わせた冒険者は、その光景を見て口々に不満と不安を口にする。


 リーセもロディも、ため息をつきながら受付に戻って仕事を再開した。彼女たちも口には出さなかったが言いたいことは冒険者と同じだった。


「なんだか、・・・新ギルド長は声の大きい人ですね。」


 ロディはギルド長の印象を口にした。それ以外の印象を言っては悪口にしかならなそうだったので、仕方なく選んだ言葉だった。それでも美点であるとは言い難いのだが。


「それだけならいいんでしょうけどね。」


リーセは含みのある言葉を言った。


(これは悪い予感しかしないわね。)


 彼女は預言者ではないが、おそらくこの予言は外れないだろうと思っていた。

 新しいギルド長は、到着するなり挨拶もなく威張り散らして文句を言った。おそらく冒険者や職員のことなどまったく気にしていないのだろう。

 一方、ユースフの場合は着任した際、自己紹介と「冒険者も職員も一体となったより良いギルドを作りたい。」と抱負を語っていた。そしてその抱負を実現しようと力を尽くしてきた。

 初対面の時点ですべてが違う。彼女は前のギルド長との落差に、ため息しか出なかった。


◇◇◇◇


(デルモス視点)

 ついにワシにも運が向いてきた。


 ライシュ男爵家は、次男のワシが家督を継ぐことなく兄がその地位を手に入れた。ワシのほうが優れておるのに、ワシに家督を継がせようとはしなかった。全く父も見る目がない。

 母親でさえも『兄弟の順を違えてはなりません。』と言ってワシを当主にしようという行動をしなかった。まったく情けない。ワシの周りは目が見えていない連中ばかりだ。


 当主となっていた兄が早くに死んだ時には「これでワシが当主になれる。」とほくそ笑んだが、結局兄の子が家督を継いだ。親族はおろか、家臣たちも誰もワシを担ぎ上げようとしなかった。

 フン、家臣は所詮貴族ではない者たち、ワシの優秀さがわからなかったのだ。


 兄やその子がどれだけ出来が悪いかわかるか?なにせ主流派である貴族派の属さず民衆派に与していることだけでも、おのずとわかるはずだ。

 ある時親切心で、貴族派に鞍替えすることを強く勧めたこともある。だが兄の子は「叔父上、現当主は私です。そして私が民衆派に属することに決めているのです。ご心配からの忠告でしょうが、我が家の方針に口を出さないでいただきたい。」とまったく聞く耳持たん。これではこの家がいずれ没落することが目に見えているわ。やはりヤツの子は出来が悪い。


 ワシはそんな家のことを憂い、ひそかに貴族派と親交を持っていた。もし家が没落した場合はワシが家を再興する、そういう約束も取り付けていた。やはりわしは優秀だ。


 ところが大変なことが起こった。民衆派が貴族派から権力を奪い、主流派となったのだ。貴族派の主だったものは王都より追放されたらしい。

 寝耳に水だ。まったくこんなことが起こるとは世の中不可思議なものだ。だが、我が家はその主流派の民衆派だ。今までワシは不運続きだったが、今回はラッキーだ。ワシの運も変わったのではないか。


 そうだ、今はかなりの貴族が王都から追放されたから人材不足のはずだ。今ならワシが手をあげれば、すぐに何らかのポストを手に入れることが出来るだろう。ワシの優秀さを知るものならば二つ返事なのではないか。フハハ、いいそ。すぐに知り合いに連絡を取ろう。

 貴族派が追放されたといっても全員ではない。主だった者たちがいなくなっただけで、末端までは及んでない、というよりできないだろう。ワシの持つ伝手で役職をゲットして政治の中枢に潜り込んでやる。ようやくワシの能力が発揮できる時が来たか。


 なんだと、用意できた役職は地方都市の冒険者ギルド長だと!王都じゃないじゃないか。こやつ、こんなに使えない奴だったのか。ワシが王都で出世してもヤツは引き立ててやらんからな。


 が、ものは考えようだ。冒険者ギルド長といえばその街の顔役で、少なくとも冒険者ギルドの主なのだから、ワシが自由に手腕をふるえるではないか。家では全く自分の自由にはできなかったからな。少しワクワクしてきたぞ。

 しかも、聞けばその街は最近景気は上向きで、ギルドも金銭的に余裕があるそうだ。ならばワシがギルド長の間に辣腕を振るい、さらに金をガッポリためて、その金を王都の貴族たちにばらまいて地位を買って王都に返り咲きをしようではないか。


 なに?その街の前のギルド長の話だと。いらんいらん。こんな地方の冒険者ギルドの長なんて大した貴族じゃない。聞かんでもよいわ。

 ククク、ついにワシにも運が向いてきた。


◇◇◇◇


 デルモスがギルド長になって以降、ギルド内の雰囲気が暗くなった。


 彼は業務時間中はギルド長室から全く外に出てこない。出てくるのは出勤、帰宅するときと、トイレに行く時ぐらい。食事も職員に運ばせて部屋で食べていた。しかも「女性職員が運んで来い」と注文を付けていた。


 出てはこないが居るのは分かる。なにせギルド長室から怒鳴り声が頻繁に聞こえてくるからだ。たまにギルドが静かなのは、ギルド長が出張で居ないとき。

 職員のみんなは、呼び出されて行ったら怒鳴られ、意見を言っても怒鳴られ、しまいには首にするぞと言われる。そんなのでギルド長に親近感が湧くわけがないのだ。


 冒険者ギルドは、パワハラ上司の”ブラック企業”に変わってしまった。"




「よくもまあ、それだけ怒鳴れるもんだぜ。ギルド内の雰囲気が悪いってもんじゃねえ。よほどこれまでのうっぷんが貯まってたんじゃねえのか。」


 剣術訓練の時間に、アーノルドがロディに向かってぼやく。


「それは分かりませんが、あんなの毎日聞きたくないですよね。」

「まったくだ。俺の貴族様のイメージが最高から最低に急落したよ。」


アーノルドの言葉はロディも全く同意見だった。


「しかし、何のことであんなに怒ってるんだ?」

「呼び出された人に聞いた話では、『無駄な出費を削れ』とか『こんなことには金を出せん』とか『いうことを聞かんと給料を削る』とか言われるらしいです。」

「はあ?全部金の話じゃねえか。守銭奴かよ」


 デルモスは何かにつけてギルドの出費を削りたがっていた。副ギルド長らが『それは必要な事です』とか『その費用が無いと街の治安が悪くなります』とか意見を言っても、『わしに逆らうのか!わしが決めたらその通りにやれ。』と言って全く聞く耳を持たないらしい。


「削った金は何に使ってるんだ。」

「『ギルド長の機密費だ。お前らの知ったことではない。』と言って詳細は教えないらしいです。」

「そりゃまた怪しいもんだ。そこまで怪しい行動をしてたら、案外すぐにまたギルド長が替わるんじゃないか。」


 ロディは笑った。口には出さないがそうなればよいと思う。ユースフほどではなくても、ギルドや職員や冒険者の事を考えてくれる人がギルド長であるべきだ。残念ながら、デルモスにはそれが全く欠落している。ギルド長が替われば、少なくともデルモスよりましになるだろう。


「ま、ロディもせいぜい気を付けろよ。お前は目を付けられやすいからな。」


 アーノルドは剣を収めて練習場を後にした。


 残念ながら彼の”予言”はすぐに現実になってしまう。

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