第24話 ロディ、別れを悲しむ
運命の女神の気まぐれは本当に突然人々の営みをかき乱す。
それまで何をするにもうまくいかなかった人が、突然チャンスをつかんでどんどん成り上がっていく。かと思えばそれまで順調に進んでいた人が、まるで不運しか用意されていなかったかのように失敗続きになる。
もし女神の気まぐれで悪運にまとわりつかれたとしたら、人はどうすればいいのだろうか。
ロディが魔法陣製作士の免許を取得してからすぐ、17歳になった春の日のこと。
王都で政変が起こったらしいとの噂が聞こえてきた。
それまで政治の中枢を担っていた主流派の貴族が軒並み更迭され、対立派閥が権力を握ったとのことだ。なんでも皇太子がこの政変の首謀者で、政治の実権を握ってこれまでの政治を刷新するような改革を行うらしい。
「聞くところによると、皇太子ってのは”民衆派”らしい。んで、これから政治を改革して民衆の暮らしを豊かにしていくそうだ。」
ロディとアーノルドは政変について話題にしている。ロディは政治や貴族についてほとんど知識がないのでアーノルドに質問している感じだ。
「へー、皇太子ってすごい人ですね。どんな人だろう。」
「歳は20歳そこそこらしい。噂では『デキる人』らしいから、今よりもマシにはなるんじゃないか。」
「そうなんですか。暮らしが豊かになればうれしいですね。」
「ま、本当にそうなるかどうかわからんがな。」
会話のほとんどが”だろう”とか”らしい”とかばかりだが、メルクーのような地方都市では王族とか政変とかの話が身近ではなく、電文情報で、しかもタイムラグがあるのだから仕方が無い。
ロディに限らずメルクーの人たちの大半も、政変を”遠くの出来事で自分たちには関係ない”と考えていた。その日までは。
「え、ギルド長が異動、ですか!?」
その日、ロディは受付のリーセから驚くべき情報を聞いた。
「そうなのよ。王都のギルドに異動らしいわ。そして、王都のギルドマスターになるらしいわ。」
「王都のギルド長。・・・ということは全ギルドの長ってことになるんですか。」
「そうよ。」
「すごい出世じゃないですか。本当にすごいです!」
ロディが恩を感じているユースフが、王都のギルド長になる。これは間違いなく栄転だ。
「ギルド長がこの街で行ってきたことを考えれば、この結果も当然かもしれないわね。」
リーセは納得したような顔で言う。
ユースフがこの街のギルド長に就いたのは今から6年前。それ以来、この街のギルドは活気があふれるようになった。
それまでは『可もなく、不可もなく』といった普通の街の冒険者ギルドだったが、就任直後に様々な改革に取り組んだ。
まずギルド内の資料を徹底的に調査し、職員らの不正を暴いて処分した。あまりにひどい不正には”死”をもって対処するという徹底ぶりだった。、これは法に照らし合わせた妥当な処分だったのだが、職員の綱紀粛正に十分効果があった。
次に盗賊の撲滅と、領域内の巡回監視を行った。職員ともつながりがあった盗賊団が領内で跋扈していたのだが、先の職員の不正取り締まりでつながりを断ち切り、相手が態勢を整えなおす間を与えずすぐさま討伐隊を派遣し、盗賊団を次々に壊滅させていった。
そして1年もたたぬうちに、メルクーの冒険者ギルド管轄内では盗賊はほとんどいなくなった。
次にとった方針は、「職員の給料改定」と、「適正価格での素材買取」だった。
それまで冒険者ギルドの給料はあまり高くなかった。ギルド職員の給料を引き上げた理由は、「不正をしなくても生活できるようにするため」だ。
好んで不正をする人間は少ない。職員にも不正に手を染めたものはいたが、そういう人はすでに処罰されている。残った職員が不正に手を染めぬよう、その必要が無いようにしたのだった。
また冒険者に対しては、各素材の基本的な買取金額を明示することにした。これまで素材買取の金額ははっきりとしたものは無く、口頭で告げられることが通例であったため、そこが不正の温床となっていた。
素材の買取価格を明確にすることで職員の不正ができなくなり、また冒険者は安心して素材を採取し売買ができ、安定した生活にもつながっていった。
冒険者の生活が安定すると、生活苦から犯罪や盗賊になる者たちが減り、街の治安もよくなった。先の盗賊の撲滅もあり街道の治安もよくなったため、商人たちの往来が活発になり、物の流通が盛んになり、ますます街が発展することになった。
ロディがギルド職員になったのは、大きな改革がほぼ終わり、安定した状態になってからだった。そのためロディは改革の詳細を直接は知らないのだが、、職員のほとんどがその当事者であり、彼らが滔々とギルド長のすばらしさを語っていたため、ロディも自然とその話に詳しくなっていた。
「でもそれだけじゃ首都のギルド長にはなれないわ。ロディは、ギルド長が貴族だってことは知ってる?」
「はい、聞いています。でも、貴族っぽくないですよね。」
「そうね。」
リーセは笑って同意した。
ユースフはロディに初めて会った時に、「ユースフ・ミクローシュ」と名乗っていた。姓があるということは貴族だということ。そしてミクローシュ家は、王国の東部に領地をもつ侯爵家だ。
現ミクローシュ侯爵はユースフの兄である。侯爵当主の弟なので、貴族としての地位はなかなかに高い。
しかしロディの知るユースフは、威厳はあるが、気さくでだれとでも分け隔てなく話をするとても親近感のある人だ。孤児であるロディにも普通に接してくれているため、貴族と知っていても忘れて会話してしまうくらいだ。
「侯爵家の一員だから王都のギルド長になれたと思う。伯爵家以下では多分なれないと思うわ。」
元々冒険者ギルドは、いわば半官半民である。建前上は冒険者が集まって設立した独立機関である。国もよほどの重大事が無い限りはギルドに直接関与することは無い。
しかし、国から運営の補助金が出ており、またギルド長は国から指名された者が就いくことになっていることから、国からある程度コントロールされている、そういう組織だ。
ただ、ギルド長になる貴族はその際、建前上貴族の籍を一時的に抜けることになっている。
それは、赴任する街の領主である貴族との対立を避けるための措置である。
もし貴族の身分のままギルド長になった場合、街の領主とギルドとで2重権力という状況になってしまい、トラブルの元となり、最悪対立してしまうことになるだろう。それ以前に、領主は自領に別の貴族を迎えるということを認めないのだが。
そういうわけで、特別措置としてギルド長は「貴族では無い者」として、その街での権力の上下を明確にしている。
そして、ギルド長をやめる際には元の貴族籍に戻ることになる。
「でも、どうして侯爵家ほどの人がこの街のギルド長に派遣されたんでしうか?」
この街はそこそこの中核都市だが、あまり目立つような街ではない。侯爵家ということは、家格では上から2番目の貴族である。その侯爵家に連なる人がギルド長では、街の規模に合わないのではないか。
その質問に、リーセはロディに少し顔を近づけて小声になった。
「あくまで噂だけど、どうやらギルド長は、兄の侯爵当主と折り合いが悪いらしいのよ。」
ミクローシュ侯爵家は、これまで主流派であった『貴族派』の主要な貴族だ。ユースフの兄である当主も貴族派の重鎮で、国で権力中枢の一端を担っていた。
ユースフはその兄とは考えが大きく異なる。兄は貴族中心のこれまでの政治を継続することに疑問を持たなかったが、ユースフは民衆の力を政治にも取り入れて発展していくべきであると考えていた。いわば「保守派」と「革新派」である。
兄弟は思考も性格も違っており、そのため仲が悪く、兄が当主になったときユースフは王都に出て官僚の仕事をするようになった。侯爵家と距離を置いたわけだが、それでも兄および貴族派の力は有形無形に及んでくるようになり、最終的には”国の辞令”で地方都市のギルド長に異動(左遷)になったのだ。
「ギルド長にとっては良いことじゃなかったでしょうけど、私たちにとっては幸運だったわね。」
「本当にそうですね。」
権力闘争でユースフがこの街に来なければ、ロディはどうなっていたかわからない。少なくとも今と同じような暮らしができる仕事に就いていたとは到底思えない。ロディは侯爵家当主にすこし感謝したい気持ちになった。
ギルド長が中央に戻るのは、貴族派が没落し、民衆派が主導権を握ったからだ。当然、それまで貴族派が占めていた主要な地位の席は、民衆派の人物に挿げ替えられる。
「ギルド長は民衆派で、しかも侯爵家。この街でのギルド改革が成功したのも評価されて、抜擢されたのでしょうね。この街の者として私も鼻が高いわ」
リーセもロディも、ギルド長の栄転には素直に喜んでいた。しかし、その中に一抹の寂しさと不安があった。
ギルド長はこの街からいなくなる。別のギルド長がやってくる。これからこのギルドは、自分たちは、どうなるのだろう。
それはまだ誰にももわからない事だった。
それから1ヶ月の間、ギルドは忙しかった。
ギルド長が替わるため、残務整理や引継ぎなどをまとめたりと、職員がやることはたくさんあった。職員たちは日増しに強くなるさみしさを感じながら仕事をこなしていった。
ギルド長の最終日、夕方に職員一同が集まって、ギルド長に感謝を述べた。
「6年間、ありがとうございました。」
代表としてリーセが笑顔で花束を渡した。職員全員で用意した花束だ。
「こちらこそありがとう。君たちの気持ちは受け取ったよ。」
ユースフが皆に笑顔を向けて言った。
それから一人ずつ挨拶をしていく。皆口々に感謝し、中には涙を流しながらユースフとの別れを惜しんだ。
ロディの番になった。ユースフの前に立ったロディは、深々とお辞儀をして言った。
「ギルド長、本当にありがとうございました。今の自分があるのは、ギルド長のおかげです。」
「ロディ、今の君は君自身が頑張ったからそこにいるんだ。私はほんの少し手助けをしただけだよ。」
ユースフはいつもと変わらぬ微笑みを浮かべて言った。
「それに、まだ君には無限の可能性がある。君のこれからの頑張りで、その可能性を一つ一つ見つけたまえ。それが君に与える私の最後の命令だ。」
「・・・はい!」
ロディはユースフの顔を目に焼き付けようと顔を上げた。記憶できた顔は、ロディの涙でゆがんで見えた。
こうして、みんなの感謝と悲しみと共にユースフは去っていった。
そしてこの日以降、ロディの運命は少しずつ暗転していくのだった。
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