第16話 ロディ、ギフトが発現する
インク草の採集から帰って来てからは忙しい日々が続いた。
ギルドの仕事から帰ってからは、暇を見つけては陣士試験の勉強を行い、また休日はナコリナとインク作りを試したりしていた。
ロディはとても充実した日々を実感していた。
そんな中、ロディにある大きな変化が訪れることになる。
その日はいつものように冒険者ギルドの仕事をしていた。
夜になり、冒険者ギルドの業務はあらかた終了して、ギルド職員も帰り始めたころ。
「ロディ君、遅くに悪いんだけど、ちょっと手伝ってくれない?」
受付嬢のリーセさんから仕事の書類手伝いをお願いされた。
「この書類全てを内容ごとに分類して、一覧表を作成して、明日の朝までにギルマスに提出しなければならないのよ。」
「・・・これは大変そうですね。」
ロディは連れていかれた一室にある机の上に山盛りになった書類を見て苦笑した。
「ごめんねロディ君。今度お昼をおごってあげるわね。」
リーセさんはロディにウインクする。美人にお願いのウインクなんてされたらドキドキしてしまう。
ロディの脳内で、エマが腕を組みながら「やっぱり・・・。」とあきれ納得したような姿が浮かんで消えたが、たぶん気のせいだと思うことにした。
「じゃ、ロディ君は書類を分類して内容ごとに振り分けてね。私はそれをリストアップするから。」
「了解です。」
ロディたちはさっそく書類の山に取り組んだ。
しばらく書類の整理を続け、ようやく半分ほど終わったころ。
書類を読んで振り分けていたロディは、ふとある書類で目が止まった。
(ん、これは何だ?)
その書類に1か所、赤くなった部分がある。その赤い色はぼんやりとしていて、霧のようにもやもや動いている。ただの赤い汚れではないようだ。
「なんだろう、これ・・。」
「どうしたの?ロディ君。」
ロディのつぶやきを聞きとめたリーセがロディに訪ねた。
「この書類、なんだか変な所があるんです。」
怪訝そうに近づくリーセに、ロディが書類を指し示す。
「ここ、この部分です。なんだかぼやっと赤くなって動いているんです。」
「え、赤く?・・・どこも赤くないわよ。」
「え?ここですよ。」
「・・・見えないわ。」
ロディが赤くなった部分を指し示すが、リーセは首をかしげるばかり。どうやらリーセには見えないようだ。
「・・・・・確かに見えるのに。」
ロディはなぜリーセが見えないのか不思議でならなかった。それはリーセも同じで、ロディがウソやいたずらをするような子じゃないのを知っているため、顎に指をあてて考えている。
「ちょっと待って。ロディ君その書類を貸してくれない。」
「え、はい。どうぞ。」
リーセはロディが渡した書類をじっと見つめる。そしてあることに気づいた。
「間違ってるわ。」
「え?」
「この書類、今ロディが指した部分の言葉が間違ってるの。書き直さなくちゃいけないわね。」
リーセの指示した文字は、ロディが最初に赤く見えた何かがあったところだった。
リーセが書類に横線を入れ文字を書き入れて訂正する。
「ロディ君、間違いを見つけてくれてありがとう。助かったわ。」
「間違いが見つかって良かったです。」
ロディは照れながらリーセが手に持つ書類を見る。さっき見えた赤いもやもやした線は、もう見えなくなっていた。
(何だったんだろう?)
ロディは疑問に思いながら、書類の振り分けを再開した。
そして、さらに10分ほど仕事を続けていた時、再びそれは現れた。
「リーセさん、また赤いものが見えます。」
呼ばれたリーセはロディの教えられた場所をじっと見る。
「赤いっていう部分はやっぱり見えないわ。けど」
「けど・・?」
「けど、また間違ってる。まさか・・・」
ハッと何かに気づいたように書類から目を上げ、そしてロディに振り向いて目を輝かせる。
「間違ってるわよ!ひょっとして、すごいことになるかも。」
「え?間違っているのがすごいんですか?」
「違うわよ。ロディ君が教えてくれた所、2か所とも間違った言葉が使われてたのよ。」
「はい、間違いがわかって良かったです。」
ロディはよくわからずきょとんとしていた。
「そうじゃないのよ!もう。」
リーセは大興奮しているが、ロディにはなぜ興奮しているのかわからないでいた。そのあいだにもリーセはぶつぶつと一人つぶやいていた。
「2回じゃちょっと弱いわね。もう1回・・・ロディ君、分類作業を続けて。また赤いものが見えたらすぐに教えて。」
「は、はい。」
リーセの勢いに押されてロディはまた書類を仕分けし始めた。
そしてそれはすぐに現れた。
「リーセさん、また赤いのが・・・」
「見せて!」
書類を吹き飛ばすくらい猛烈な速度で近寄ってきたリーセが書類をひったくるように奪う。
「どこどこ?」
「・・・ここです。」
ロディはリーセの勢いにちょっと引いていたが、赤く見える部分を指し示す。
それを見たリーセは、少し眺めた後「・・やっぱり」とつぶやいた。
そして次の瞬間、ロディを見て叫ぶように声をあげた。
「間違ってる!間違ってるわよ。ロディ君、間違いないわ!」
「え?え?どういう意味ですか?」
間違ってるのが間違いないって、何?
「・・・ちょっと待って。落ち着くから。」
興奮状態から我に返ったリーセは、深呼吸を3回ほど繰り返した。どうやら落ち着いたようだ。
「いい、ロディ君。あなたはこの部分に赤い何かが見えるのよね。」
「はい、見えます。」
「それは私には見えないわ。」
「・・・見えないんですか。」
「そうよ、見えないわ。たぶん他の誰も見えないと思う。そして、この部分は、また『間違ってる』わ。」
「・・・」
「ロディ君が見える”赤い”部分は、文字や言葉が間違っている部分なの。そしてそれはロディ君だけに見えるの。それはつまり・・」
「つまり?」
「ロディ君には、文章の間違いの部分がわかるってことなのよ。ロディ君にだけ見える”赤い何か”が間違いを教えてくれるのよ。」
「え、間違いを教えてくれる?僕だけ?」
「ロディ君のギフトは「修正」だったわよね。」
「はい、「修正」です。・・・え?」
「ロディ君の『修正』ギフトが発現したんだと思うわ。ロディ君にだけ見える”赤いしるし”が、間違いを教えてくれているのよ。ここを『修正』しなさいって。それが、ロディ君のギフトの効果でしょう。」
ロディはようやく一連のリーセの言葉が少しずつ理解されてきた。リーセが言っていること、それは・・・
「ギフトが、発現、・・・僕のギフトが、「修正」が、発現・・。」
ロディは最初は頭が回らなかった。修正のギフトはこれまで何ら効果を発揮しなかったため、忘れていたわけではないが、普段は全く意識していなかった。
しかし、ようやくロディが理解したとき、ロディの喜びが爆発した。
「やったー!ギフトが発現した。僕のギフトが!ついに!」
ロディはこれ以上ない満面の笑顔で、これまでの苦労と鬱屈を発散させるかのように両手を天に広げ、全身で喜びを表した。
「おめでとう、ロディ君!・・・良かったわ。」
「うわ!」
リーセは喜ぶロディに抱き着いて、そのままぐるぐる回り出した。
ロディの顔がリーセの胸にうずまったまま回転している。
(うわ、柔らかい。なんて柔らかさだ。・・でも苦しい。息ができない。でも嬉しい。いや、ギフトがうれしいんだ。胸じゃない。でも苦しい。いや、柔らかい。柔らか嬉しい、いや苦しい・・・。)
リーセの回転ハグから解放されたとき、ロディは唇が青くなり息も絶え絶えになっていた。
『天にも昇る心地』とはこういうことかもしれない、とロディは二つの意味で思った。
「よかったわ。ロディ君がいつも仕事に頑張っていたのは分かってる。でも魔法が使えなくて、ギフトもまだわからなくて、つらい思いをしていたと思う。そんなロディ君がギフトを使えるようになった。こんなにうれしいことは無いわ。」
「ありがとうございます、リーセさん。」
リーセは少し涙ぐんでいた。ロディも、最初にギフトを使えることが分かったとき涙が出そうになっていたのだが、リーセのハグによって様々な気持ちと共にいっぺんに吹っ飛んでしまった。
しかし今のロディは嬉し涙はなくとも喜びだけでいっぱいだ。
「ロディ君がギフトを使えるようになったこと、みんなに伝えなきゃね。だけどその前に」
リーセは笑顔のまま、後ろを振り返って机の上をを確認し、ロディに告げた。
「この書類を片付けて帰りましょう。報告は明日ね。」
「・・はい。」
ロディもまだまだ片付いていないたくさんの書類を見て、力なく同意した。
彼らがギルドを出て帰宅できたのは、夜も更けてからであった。
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