第15話 ロディ、発見する

「お兄ちゃん、大丈夫?」

「ロディ、ケガは?」


 後を追ってきた2人は、フォレストボアの死体の傍らに立つロディのそばに駆け寄ってきた。


「ああ、大丈夫。フォレストボアは、岩場では戦いやすい魔物なんだ。突進を逆手にとれるからね。」


 渓谷の小川に降りてしまったのがフォレストボアの失敗だ。狭い場所では突進の勢いはそがれるし、今回のように壁に衝突するこのになるのだ。ロディはそれを知っていて、ちょうどいい場所に誘導したのだ。


「さすがDランクね。私の出る幕が無かったわ。インク草から引き離した判断も素晴らしかったわ。」


 ナコリナも感心したように褒めた。


「ところでこのボアの死体はどうしましょう?」


 ボアを間近で見降ろしていたエマが尋ねる。ナコリナは少し考えて決断した。


「全部持って帰るには大きいから帰りに魔物に襲われたときに身動きができないと危険ね。魔石と討伐証明の牙だけ持って帰りましょ。それと自分たちが食べるだけの少量の肉も切り取りましょうか。」


 ボアの処分方法が決まり、ロディたちは牙を切り取った後、心臓付近にある魔石を取り出し、素早く血抜きをする。


 魔石は魔物の体内に存在していて、ギルドで買い取ってくれる。魔石は魔道具の動力源として重宝されており、ゴブリンなどの弱い魔物の小さいかけらのような魔石でも余さず利用されている。


 

 血抜きが終わるまでの間、ロディは少し手持無沙汰になり暇をつぶすように何の気なしにあたりを見回した。


「ん、なんだ?」


 ロディの視界の端に、気になるものが映った。その場所に視線を戻してよく見ると、そこには洞窟らしきものがあった。


「ロディ、どうしたの?」

「ああ、あそこに洞窟のようなものがあるのが見えたんで。」

「洞窟?」


 ナコリナがロディの指し示す方向を見て確認する。


「・・・ほんとだ。洞窟かな。」

「なに?どうしたの?」

「ロディが洞窟を見つけたの。」

「あ、ホントだ。周りから見えにくい位置にあるわね。私からは見えなかったわ。」


 エマは「狩人」のため視力も良く周囲を探るのが得意なのだが、洞窟は見つけられなかったらしく少し悔しそうだ。

 その洞窟は、崖の側面に周りから隠れるような位置にあり、ちょうどロディのいた位置からじゃないと見えないようだ。


「ちょっと入り口まで近づいてみましょう。魔物のいるような跡もないから多分大丈夫だと思うわ」


 3人は洞窟にゆっくり近づいていく。

 近くなってくると洞窟の様子がわかるようになる。それは洞窟というより”横穴”に近かった。入口は縦横3mちょっとの大きさがあり、そして入口から3mほどの所にすでに奥の岩の地肌が見えて行き止まりになっている。


「洞窟じゃなかったわね。ちょっとした横穴だわ。」


少し残念そうにナコリナが言った。他の3人もちょっと拍子抜けしていた。


「今度雨が降ったときにここに逃げ込めばいいんじゃない?」

「魔物の住みかという感じでもないので、休憩場所として使えそう。」

「周りから見えないから、それもいいわね。」


女性2人は横穴の使い道について話し始めた。


 ロディは話に加わらず、横穴をしげしげと観察していた。

 少し目が慣れたせいか奥の方の暗がりもだんだんはっきり見えてくる。

とその時、ロディが穴の奥である物を見つけた。


「え!?」


 ロディは驚いて声をあげた。ロディの見つけた物、それはこんな岩場の横穴にあるはずの無いものだった。


「・・・お兄ちゃん、どうしたの?」


ロディ声に不審に思ったエマが尋ねると、ロディは驚いた表情のまま二人をふり返り、そして穴の奥を指さしてつぶやいた。


「あそこに、魔法陣がある。」


「「「魔法陣!?」」」


 2人は驚いて一斉にロディを見て、そしてすぐにロディの指し示す先を探した。


 ロディの言う通り、穴の奥の壁に描かれた魔法陣があった。


「あ、ほんとだ!魔法陣だわ。」

「どうしてここんなところに・・?」


 こんな森の中に、しかも隠れた横穴の中に魔法陣があるなんて、どう考えても違和感しかない。


 3人は惹かれるように魔法陣に近づいて行った。


 その魔法陣は20cm四方の石板に描かれていて、石板は壁に埋め込まれている。位置的にはちょうどロディの顔のあたりだ。


「固定式の”石板魔法陣”だわ」


ナコリナがつぶやく。


◇◇◇◇◇◇


 石板魔法陣とは何か。

 一般的の魔法陣は紙に描くもので、それは使用後に消えて術者体内に記憶される。

 しかしそうではない魔法陣もある。それが紙以外の物に描かれる、固定式の”石板魔法陣”とよばれるものだ。 石版とは言うが必ずしも石版でなければならないわけではなく、金属板を使用するものもあり、簡易には木の板もあったりするのだが、一般には固定式の魔法陣を総称して”石板魔法陣”と呼んでいる。

 この石版魔法陣は魔力を流すと作動するが、作動しても魔法陣は消えないため何度も使えるという特徴がある。しかし紙の魔法陣とは違い、石板魔法陣を作動させても人の体内には記憶されないため、魔法を覚えるためには使えない。

 このような特徴があるため、石板魔法陣は不特定多数の人が魔法を利用する、主に魔道具に使用されるのが常である。

 魔道具とは、例えばロディが受けた鑑定の儀のときに手を触れた黒い箱のようなもの。これが”鑑定”の魔法陣が描かれた魔道具なのである。他にも街の門での入出門の管理にも魔道具が使われる。それらの魔道具に、石板魔法陣が使われているのだ。

 しかし、魔道具は高価だ。

 まず石板に魔法陣を正確に掘るのに非常に労力と時間がかかる。そして掘った部分に埋め込んで魔法陣にする材料も、高価でなかなか手に入らない。

 そのため、複雑で高度な魔道具は特注品となり、ほとんど市場には出回らず、主に金持ちや貴族の間でしか需要が無い。

 一般ではせいぜい「着火」や「水」、「ライト」などの冒険者や旅人が必要とする比較的安価な魔道具が出回っているくらいだ。

 そのため、世間一般で”魔法陣”と言えば紙の魔法陣を指すのが普通だ。


◇◇◇◇◇◇


「この魔法陣、知ってる魔法陣には無い図柄だわ。」


 魔法陣に顔を近づけて調べていたナコリナが、顔を離して呟いた。

 ナコリナは去年から魔法陣の勉強をしていて、始めたばかりのロディよりはるかに魔法陣の知識がある。


「私は一般的な魔法陣は全部調べてる。だけどこんな魔法陣は無かったと思うわ。つまり、『魔法陣全集』にしか載っていない魔法陣ということね。」

「じゃあもしかして、ここが古代文明の遺跡で、これが未知の魔法陣、ってこと?」


エマが好奇心に満ちた目でナコリナに聞いてきた。

しかしナコリナはあっさりと否定する。


「それは考えすぎよ。この石板はそこまでの強度はない。1万年前経っていればたぶん崩れてなくなっているはずよ。まあせいぜい100年か200年でしょう。だから多分、魔法陣全集には載ってる魔法陣なんだと思う」

「なーんだ、詰まんない。」


 エマは興味がそがれてしまったようで一気にテンションが落ち込んだ。

 けれど、ロディもナコリナも陣士を目指している者たちだ。いまだ興味津々で魔法陣を眺めている。


「ナコリナ、これに魔力を流したらどうなるかな。」


ロディは興味深そうに言った。しかし


「無理だわ。だってここの一部が欠けてるもの。」

「うーん、やっぱり。」


 この石板の魔法陣は完全な1枚ではなく、右下の一部が三角形に欠けていてその部分の魔法陣の模様は不明だ。これでは魔法陣は作動しない。


 不思議なことに、欠けたところの端は完全に直線状で、むしろ”切り取られている”と言った方がいいような感じだ。そして、下の地面を見ても欠けた部分らしきものは、破片の一部すら見つからなかった。

 それから考えるに、自然に落ちたわけじゃなく、わざと切り取ってどこかに持ち去られたのだろう。何故なのかはさすがに判らないが。


「これ、どうしようか。」


 エマが他の2人に問う。

その意味は『ギルドとか領主とかにこの情報を届けるか』という意味だった。

 ナコリナもどうするか悩んでいた。歴史的価値は無いと思われるが、そのままでいいかどうか判断が付かない。

 しばらくしてロディが発言した。


「このまましばらく秘密にしよう」

「・・どうして?」

「古代文明の遺産とかだったら届け出る方がいいけど、そうじゃなさそうだし、あわてて届け出なくてもいいかなって。

それにもし仮に届け出たら、念のために調査団が来ることになるんじゃないかな。そうしたら・・」


2人はがその状況を想像してみる。

そしてエマが気づいた。


「あ、インク草の群生地が知られちゃうわ。」

「その通り。」


ナコリナは、少し考えていたが、やがて考えがまとまった。


「ロディの言う通り、しばらくは隠したほうがよさそう。」


 ということで、この魔法陣は3人の秘密にすることに決まった。


「ならさ、二人のどちらかが魔法陣製作士になった時にこの魔法陣を「魔法陣全集」で確認に来ることにしないか。」


ロディの意見にナコリナも同意した。


「その通りにしましょう。魔法陣製作士になって確かめましょ。」


と言って笑った。


「何年後になるかな?」

「それまではインク草には困らないわ。」

「それってずっと落ちること前提じゃない?」

「いいじゃない、あって困るわけじゃないでしょ。」


ということで、3人の間でこの横穴の事を秘密にすることが決まった。

 その後、横穴調査に結構時間がかかったこともあり、3人はあわててフォレストボアの肉を切り取ってカバンに詰めると、急いで街へと急ぐのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る