第14話 ロディ、採取する。ついでに討伐する

  採取当日、朝早く街の東門に集まった3人は、街の東門を通ってさらに東に向かった。

 歩いておよそ1時間でメルク―の東に広がる森の外縁についた彼らは、さらに東に向かって森を入っていく。

 ナコリナの話では、目的の場所は森の端からおよそ2時間くらいの距離だそうで、昼前には目的地に着くだろうとのこと。

 3人は、「狩人」のエマを先頭に、真ん中に「魔法師」のナコリナ、最後尾にDランクのロディという隊形で進む。

 本当は近接攻撃タイプのロディが前の方がいいのだが、それでは後ろからの対応に難があるため、後ろからの攻撃にも対処可能なロディを最後尾に、索敵が出来るエマを前にしていた。


 森には一本の道が東に向かって伸びている。この道は冒険者たちが良く通るメイン道路で、路面は踏み固められていて、2人並んで通れるくらいの幅があって通りやすい。しかし、この道は他の街へ通じているわけではなく、行きつく先は森の奥だ。

 この道から、たまに枝分かれしたような獣道も左右に見られる。獣道を通り過ぎるごとに道は細くなっていくように、森の奥に行くほど狭まり、最終的には道は消えてしまう。


 3人はメイン道路を途中で北に逸れ、獣道へと足を踏み入れる。


「私、あまり道の北側には行ったことないわ。」


 エマは主に道より南側で薬草などの植物などを採取する仕事をメインにしている。ギルドでも植物分布などから、採取の場合は南側を推奨している。北側は岩場が多いせいか、有用植物の生育に適しているとはいえないようだ。


「インク草は森の北側にあるんだね。」

「そう。だから見つからずに残っていたのかもね。」

「よく見つけられたね。」

「その時は採集ではなくて魔物狩りで来てたから。でもラッキーだったわ。」


 そんな会話をしながら歩き続ける3人。

 幸い、道中はあまり強い魔物には遭遇しなかった。3匹ほどホーンラビットがいたようだが、エマが弓ですぐさま仕留めていた。

 エマのギフト「狩人」は、索敵や弓のスキルを持ち、パーティーでは斥候として役立つ。


 今回は採取がメインのため、荷物にならないよう狩った獲物はその場で放置している。


「見えたわ。その先がインク草を見つけた場所よ。」


 ナコリナが目印となる景色に気づいて声をかける。その声に元気づけられて少し進むと、ようやく目的地にたどり着いた。


 そこは、谷あいの小さな小川が流れる場所だった。川の周辺は周辺は渓谷のように山が迫っているが、ところどころ河原の開けた部分がある。


「あ、インクレチアがこんなに」


 エマが声をあげて指さす。

 指の方向を見ると、少し広い河原があり、そこにインクレチア、つまりインク草が黒々とした花を咲かせて群生していた。

 おおよそ100株ぐらいだろうか、小川のふちに一定の間隔をあけて生えている。


「こんなにたくさんあるとは。」

「前に見つけた時より増えている感じがするわ。」


 インク草の黒くて艶のある花、川のせせらぎ、周囲の渓谷。

森の中とは思えない、なんとも幻想的と言えるくらいの見たことが無い光景が広がっている。


「素敵な場所・・・。」


 エマが感嘆の声をあげたのも無理からぬ話だ。


「こんなところがあったんだ。よく見つけたな。」

「地形的にあまり人が近寄らない場所だと思う。このあたりは渓谷みたいになってて、ここの少し下流には滝があるみたい。そして上流のほうはやや通りやすいルートがあるので、わざわざここに来ないんじゃないかな。」


「この水すごくきれい。そのまま飲めるわ。」


 エマが川の近くまで行き、手で水をすくってのどを潤す。

 川の水は確かに透明度が高く澄んでいる。山が迫っているがうまく日が当たる場所にあり、インク草が生息するには最適な場所のようだ。


「この場所、インク草の楽園だな。他の人に知られて荒らされないようにしないとな。」

「その通り。じゃ、採集・・・・の前に、休憩がてら少し早いお昼にしましょう。」


 ナコリナが提案し、ロディとエマは当然賛成した。

 今回の臨時パーティはナコリナがリーダーだ。ナコリナが指示するとすぐにお昼の準備を始める。とはいっても料理をするわけではなく、川辺に座って持ってきたサンドイッチを食べるだけだ。サンドイッチは非常に手軽なので、冒険者が日帰り、もしくは1泊くらいの際にはよく持っていく食事だ。


 食べながら、この場所についての話題が尽きない。

 

「でもこんな景色のいいところで食事できるなんて、なんだか贅沢ですね。すごく得した気分。」

「本当にそう。」


 エマとナコリナはこの場所が気に入ったようで、ロディもとても居心地がいいと思っていた。

 ただしやはりここは森の中。いつ魔物が現れるかわからない。

 ロディは歓談しながらも気は抜かずあたりに気を配っていた。


 昼食が終わり、3人は花を採取し始めた。


「インクレチアの花びらは4枚あるので、1枚だけ残すようにして3枚花びらを取るようにしてください。全部取ってはダメです。」


エマが3人に採取の仕方を指導する。以前別の場所でインク草を採取したことがあるという。


「それはどうして?」

「インクレチアはこの黒い花びらが虫を呼び寄せるのです。花びらを全部取ってしまうと虫が寄ってこなくなるから、受粉ができなくなって次の花が育たないのです。」

「「なるほど」」


 インク草は黒い花びらに虫を引き寄せる何かがあるらしい。取りつくしてしまっては次の季節の採取ができなくなる。

 3人は3枚の花びらだけ採取して行った。


 ほどなくすべてのインク草の採取が完了した。

「結構採れたわ。これだけあれば十分な量のインクが作れそう。」



 ナコリナは大量の花びらを見て満足そうに言った。


「終わったの?じゃあさ、私もう少しこの場所に居たいんだけど、いいかな。」


 エマは名残惜しそうだったが、ナコリナは首を振った。


「私もそうしたいとこだけど、そろそろ帰る準備をしましょう。この付近は魔物の生息区域の境目にあたるの。この奥は街の近くより魔物の危険度が1ランク高くなるわ。暗くなる前に森を抜ける方が安全よ。」


 街の近くではホーンラビットやゴブリン、コボルトなど、簡単に倒せる一般にいうEランクの魔物鹿出てこない。

 しかし森の奥に行くにつれて魔物のランクが高くなる。1ランク上のDランクの魔物として代表的なのは、オークやグレーウルフなどがいる。

 1対1ならDランク冒険者のロディなら容易に倒せるが、魔物が集団で襲ってきた場合は厄介だ。


 ナコリナの判断に従い、3人は周辺を片付けて出発準備を整え、川辺を離れようとした。

 その時、急にエマが川向うを振り向いて言った。


「何かこっちに向かってくるわ!」


 エマの索敵に何かが引っ掛かったようだ。


「!全員戦闘準備して。」


 すぐさまナコリナが指示を出す。ロディも剣を抜いて構える。


「すごい速さで来るわ。もうそこに!」


エマが指さした方向を見ると、少しの間をおいて川沿いの崖の上から魔物が顔をのぞかせた。


「あれは、フォレストボアだわ」


 フォレストボアは、体長1.5mほどのイノシシの魔物だ。体毛は灰色で、2本の牙が下のあごから反り上がるのように出ている。これに突かれたらケガだけじゃすまないだろう。


 現れたフォレストボアはこちらを視認し、そして崖の少し緩やかな部分をずり落ちるように下ってきて、川辺に降り立った。

 完全にこちらをロックオンしている。


(まずいな)


 ロディは考える。フォレストボアはDランク魔物で、普通に戦えば勝てる。しかしスピードを生かしての突進を武器としているため、この場所で戦えば広範囲で暴れることが予想され、せっかくのインク草に被害が出てしまう。


「ここで戦ったらインク草の群生地がめちゃくちゃに荒らされるかもしれない。俺が誘導する。」

「分かったわ、ロディに任せる。私たちははロディが危険になったら援護できるようにするわ。」

「「了解」」


 言うや否や、ロディはフォレストボアに近づき、石を投げる。その石をフォレストボアはよけたが、その注意はロディに向いた。


「こっちに来い!」


 走って近づいていたロディは、フォレストボアが動き出す直前に急に向きを変え、川の上流のほうに向かって走った。つられてボアもロディを追うように走りだす。


「ウボー―――」


 フォレストボアの鳴き声があたりに響く。


「ロディ!」

「大丈夫、心配しないで。」


 ロディはしばらく走ると立ち止まって、ボアの突進を待った。

 そしてボアが近くまで来た瞬間、身を右に移動させて躱し、そして勢いづいたボアがそのまままっすぐ進むのを利用して、すれ違いざまに水平に剣を振った。


「ウボー―――」


 鳴き声をあげるボア。しかしボアはロディの剣によってわずかに傷ついた程度で、動けなくなるほど傷は与えられていない。


「毛が固くて簡単には剣が通らないや」


 ロディはしばらく、逃げ、立ち止まり、剣を振るうを繰り返した。フォレストボアは傷が増えていたが、勢いは一向に衰えずにロディに向かっていく。

 一見、ロディが手間取っているように見えるがそうではなく、インク草に被害が無いように、また自分の有利な位置になるように戦っていた。


「・・・ここがいい。」


 そうつぶやいたロディは、最初の地点からおよそ100m上流に進んだところで崖を背にして立ち止まった。

 フォレストボアはロディに向かって突進をしてきて、すでに目前まで迫っていた。

 それを見たロディは、焦らず、逆ににやりと笑った。


「よーく引き付けて、・・・それ!」


 フォレストボアに衝突する直前、ロディはタイミングを計って横っ飛びによけた。

 突進が止まらないフォレストボア。その眼前には、ロディが背にしていた崖があった。


「ウボー――――――――――――――」

 

 止まることのできなかったフォレストボアは、そのままドーンという音と共に崖に激突。

 あたりに土埃が舞い、フォレストボアが壁の前で静止したまましばらく後、ゆっくりと倒れ込んだ。

 ロディのフォレストボア討伐が完了した。

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