第8話 ロディ、ユースフに出会う

 その声を聞いたロディはハッと顔を上げ、涙にぬれたままの瞳を声に向けた。

群衆が割れ、ロディと声の主との間に自然と道ができていた。


 すでに夕暮れ時、西に傾き空を朱色に染めかけている太陽は声の主の後背にあり、ロディからは逆行となって最初は輪郭しか見えなかった。

 群衆の一人が驚いたように男性の名を口にした。


「・・・ユースフさん・・・」


 それが合図となったのか、ユースフと呼ばれた男性はロディに向かって歩みを進める。

 逆光ではっきりと見えないユースフが、何か高貴な存在のようにロディには思えた。

 ロディの目前まで来たユースフは、少し腰をかがめて真っすぐロディを見つめ、そして少し微笑むとおもむろに口を開いた。


「少年。私の名はユースフという。君の名は?」

「・・・ロディ・・・です。」


 そう答えたロディの目は、ようやく逆光のまぶしさから慣れてユースフの顔や姿が分かるようになる。

 ユースフはおよそ30代後半くらい、やややせ型で、逆光から見た身長は平均よりやや高いくらい。服装はロディにもわかるくらい高級なもの。以前一度見たことのある貴族の服装にちょっと似てるかな、と思った。赤毛の髪は後ろに流れるように整えられている。口元には整った口ひげがあり、それも髪と同じ色だった。その口元にやさしそうに笑みを浮かべていたが、目には何かを見定めるような強い眼光が宿っていた。


 ユースフが問いかける。


「ロディ、君に聞きたい。君は『仕事をして金を稼ぎたい』と言ったが、その強い意志には何か目的があるように思える。何のために金を稼ぎたいのだね?」


 その問いは、なにかの選択を迫るような雰囲気があった。

この答えで自分の未来が決まる。そう直感したロディは必死に考える。


(彼の”望む答え”はなんだ。正解は何だ。それがわかれば未来が開ける・・・)


そう考えた彼だが、すぐに心の中で首を横に振る。


(いや、そんなことをしたらいけない。それは”自分の答え”じゃない。もし自分が話す理由の中に少しでもごまかしや、心と異なることがあったら、何かが逃げてていきそうだ。)


 ユースフの暖かいながらも強い眼光を見て、ロディにはそう思った。

 ロディは一度ユースフから視線を外すようにうつむいて、一つ深呼吸をした。そして、再度ユースフをしっかりと見据えて答えた。


「・・・僕には、エマという妹がいる。同じ孤児院で生活している。僕は12歳になって孤児院を出なきゃならないけど、妹は孤児院に残る。孤児院はお金が少なくて生活が苦しい。孤児院の生活は幸せじゃない。みんなとてもお腹を空かせてつらいんだ。」


 ロディは一度言葉を区切ると、はっきりとした口調で続けた。


「妹はあと2年同じ生活しなきゃならない。けど僕は妹にそんな生活をさせたくないんだ。妹にもっと幸せと思える生活をさせてあげたい。妹にはもっとたくさん食べさせてあげたい。ボロボロじゃない服を買ってあげたい。そしていつも笑っていてほしい。だから・・・だから・・」


 ロディの言葉は最後はかぼそくなって消え、目にはロディの感情と同じように涙があふれそうになっていた。

 しかし涙はこぼさないよう懸命にユースフを見つめる。


「だから、僕は仕事をして稼ぎたい。そして、できるだけ早く妹を引き取って僕と一緒に生活できるようにしたいんだ。」


 ロディは最後は絞り出すように自分の希望を言った。その瞳をみたユースフは、それまでの強い眼光をフッと緩めた。


「妹の為、というわけか。」


 その声はロディにしか聞こえないくらいの小さなつぶやきだった。その時わずかに垣間見せたユースフの顔は、ロディには物悲しそうな表情に見えた。

 ユースフはすぐに何事もなかったように表情を改め、ロディの目を見て言った。


「よくわかった。ロディ、私の仕事場に君を雇おう。」

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