第7話 ロディ、ダントンに絡まれる
『魔法が使えない』
この言葉を聞いてスカウトたちは驚いた。
「何!?魔法が使えないだと!?なんだそれは?」
「聞いたことが無い。誰でも使えるはずの魔法が使えない奴なんて俺は知らないぞ。」
最悪だった。ロディが最も知られたくなかった事、それを暴露されてしまった。
「!!だ・・・誰だ!」
ロディは怒りのまなざしで声の方を振り向く。
そこには少年がいた。
先ほどの魔法を教えてもらった部屋で、一番最初に魔法を受け取って発現させたていた、あの体格の良い少年だ。彼は大人たちの反応に満足したようにニヤニヤと笑っていた。
大人たちの驚きと戸惑いの声の中、笑ったままの少年はさらに追い打ちをかけるように続けて言った。
「そいつだけ『着火』の魔法を覚えられなかったんだ。俺たちみんな見てたので嘘じゃないさ。」
「だ、黙れよお前!」
「やだね。」
少年たちの言い争う言葉を聞き、スカウトの一人が問う。
「君、本当に魔法が使えないのか。」
スカウトたちがざわめく。
せっかくいい風が吹いていたのに、一転して負のイメージがロディを取り巻いた。ロディは慌てて、スカウトたちの不安を消すために大きな声で必死になって説明した。
「確かに魔法は使えないって言われました。でも魔法は必ずしも必要じゃないって神父さんも言ってた。大抵の人は簡単な魔法しかつかえない。仕事に生活魔法を使わなくてもやっていけるって!」
「確かにうちの仕事では魔法は使わないが、しかしギフトは使うなぁ。君のギフトは何ができるんだ?」
「そ・・それは、・・・わかりません。」
スカウトたちの指摘に声が小さくなるロディ。質問に答えられないため、状況はだんだんと悪くなっていく。
(マズい。このままじゃ誰も僕を雇ってくれない。どうしよう)
圧倒的に悪い雰囲気の中、ロディは焦っていた。しかし、焦っても何も言葉が浮かばない。
そんな中、さっきの少年がさらにロディを追い込む言葉を告げる。
「それに、そいつは『孤児』だしな。」
「!孤児・・・」
大人たちはその言葉にまたも押し黙った。
「そう、そいつは親のいない孤児院の奴だ。そういうやつがどんな仕事ができるか、楽しみだな。」
少年の言い方は、まるで孤児は仕事ができないか悪さをする、そのように聞こえた。その言葉は、間違いなくロディを貶めるための悪意のある言葉だった。ロディを職に就くことをできなくする意図を持った言葉。
世間一般には「孤児」に対してはやはり偏見がある。親の無い子供は浮浪者としてよく盗みを働いたり、成長して社会の暗部の者として活動したり、そういった者が多いのは事実だ。
もっとも、この街の孤児院は比較的きちんと運営されている。領主がお金を出し、教会が運営に関与し、マリアンが子供達を導いていた。屋内は清掃が行き届いて清潔でありでしつけもある程度できている。運営資金が乏しく、貧しい衣食住ではあるのだが、悪事を働く孤児はいなかった。
けれども固定観念というものはなかなか変えることができない。人々は孤児を自分より一段下に見てしまう。孤児だという少年の言葉により、周りの人々はロディに大なり小なり悪感情を抱いてしまった。
ロディは激しい怒りの瞳で少年を睨む。
「なんでそんなことを言うんだ。関係ないだろ!」
「ん?俺は本当のことを言ったまでだぜ。何か間違ったことを言ったか?」
「お前、僕と今日初めて会ったばかりだろ。なんで僕の邪魔をするんだ。なんで僕を嫌うんだ。」
「理由なんざねえよ。ま、強いてあげれば、お前のそのぶっ飛ばしてやりたいくらいのスカしたツラかな。」
その乱暴な言葉を聞いて、そういえば、とロディは思い出す。同年代でとても粗暴で素行が悪い少年がいると聞いたことを。
(わがままで、女の子や年下にも暴力を振るうすげえいやなやつでみんな迷惑してるって。絶対こいつの事だろう。名前は・・・何だったかな)
ロディが名前が思い出せなかった少年はニヤニヤ笑いながらゆっくり近づいてくる。その両隣には取り巻きと思しき同年代の少年二人を従えて。
その少年はロディの目前まで来て立ち止まった。ロディはずっと彼を睨んでいた。彼はロディより頭一つ分大きく、自然とロディが見上げる形になる。
「俺の言ったことは間違いじゃないだろ。もし間違ってるって言うなら、お前の自慢のギフトで『修正』してみろよ。」
そういうと、彼は笑いながら左手でロディの胸を「軽く」押した。
それは誰が見ても軽く押したように見えた。だが、ロディは猛烈な勢いで後ろに吹っ飛ばされ、5メートルほど転がって止まった。
『グッ・・、なんだ!?何が起こった?』
軽く押されたように見えたのに、実際にはものすごいパワーだった。ロディは倒れたまま驚きの表情で顔を上げた。
見物人たちが驚きざわめく。
「なんだこの力は!?」
「軽く押したように見えたのに吹っ飛んだぞ。すげえ」
その声を待っていたかのように、少年の取り巻き二人が得意そうに口を開く。
「このダントンさんはな、すげえギフトをもらったんだ。何と『大剛力』だ。ただの『剛力』じゃあない。『大』がつくんだぜ。」
ロディはここでようやく少年の名前が「傍若無人のダントン」だったと、その二つ名と共に思いだした。
(そうか、間違いない。奴がそうだったのか。)
傍若無人のダントン。ロディはこれまで直接面識はなかったが、噂だけは聞いていた。
彼はメルクーの街の有力な商家である「パディラ商会」の商会長の3男で、小さいころから粗暴なことで有名だった。傷害事件も数件起こしていて、いずれも親が取り成しているらしく軽い処分になったと聞いている。
そんなダントンにどうやら目を付けられてしまったようだ。
「神父も、『剛力の倍以上強いレアなギフト』と絶賛してたぜ。今の力を見たら神父の言ったことも分かるだろ」
「おまえのギフトなんて、足元にも及ばねえんだよ。」
「そうだそうだ。」
手下二人はここぞとばかりにまくしたてる。ダントンはロディを見下すような笑みをにやりと浮かべた。
「わかったか?俺のギフトは、お前の訳のわからんギフトなんかよりはるかに格が上なんだよ。てめえのクズギフトなんざ誰も仕事に使っちゃくれねえさ。」
(「大剛力」。そんなギフトが僕にも授かっていたら・・・。世の中なんて不公平なんだ。)
とロディは考えずにはいられなかった。が、頭を振って、『そんなことはない』と思い直した。
(いや、僕の『修正』だってレアギフトだ。使い方次第ではすごいギフトになるかもしれない。せっかく自分が授かったレアなギフトだ。きっと大剛力に匹敵するくらいすごいギフトに違いない!)
ロディは立ち上がるとダントンを見据えて言った。
「・・ギフトは今は関係ない。お前とギフト比べをする暇はない。」
「何ぃ?」
自分に屈服しないロディを見てダントンの顔から笑いが消え、代わりに憎々しげな表情を浮かべた。
「僕はお前に関わるつもりはない。職を得て、一所懸命に仕事をして、金を稼ぐ。それだけだ。」
ロディはダントンから視線を外し、周りのスカウトの大人たちへ言葉を向けた。
「誰か、僕を雇ってくれ。僕は確かに魔法が使えない、ギフトの効果も分からない。でもやる気は人一倍あるつもりだ。雇ってくれればどんな仕事でもやる。お願いだ、だれか僕を雇ってくれ!頼む!」
ロディは思いのたけを言葉に込めて、集まったスカウトたちに向かって叫んだ。その言葉はスカウトたちだけでなく、騒ぎを見ていた人々の心を揺さぶるような、気持ちがこもった叫びだった。
だが、しかし、無情にも彼の言葉に対し行動を起こす者はいなかった。沈黙があたりを包む。
「・・・誰も・・・誰もいないのか?僕を雇いたい人は。」
時間がたっても、だれも声をかけない。有力商会の息子であるダントンに目を付けられているためか、魔法無しのためか、孤児であるためか、ロディを雇おうという者は現れない。
「なんで・・なんで・・・」
いつまでたっても声がかからない状況に、ロディの心が夕闇のように絶望に染められていく。
ダントンの高笑いが響く。
「ギャハハハ!ザマねえなあ。お前のような魔法無し、クズギフトの孤児なんか誰も欲しがらねえんだよ!分かったか、このバカ。」
ダントンの蔑みの声に対し、ロディはうつむいたまま何も言い返せなかった。
「・・・なんで誰も何も言ってくれないんだよ!チクショウ!」
ロディの目に涙があふれ、そして1滴、また1滴と石畳を濡らした。
「こいつ泣いてやがるぜ。」
「うわ、だせぇ。ギャハハハ。」
取り巻き二人もロディを馬鹿にして囃したてる。
(僕は、仕事すら得られないのか。バカにされたままなのか。ごめん、ごめんよエマ・・・。)
ロディは自分の無力さにただただ項垂れたままだった。
だがその場にいたのは、ただ『子供の一方的ないじめ』をうろたえながら眺めているだけの者たちだけではなかった。
この場の雰囲気を破るように、凛とした声が広場に響いた。
「少年、話が聞きたい。」
虚を突かれた人々が一斉に声の方に振り向く。
そこには紳士然とした一人の男性がたたずんでいた。
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