第5話 ロディ、魔法のプレゼントをもらう?

 全員の鑑定が終わり、鑑定の儀は滞りなく終了した。

 ただ、鑑定の儀の日にあるイベントはこれで終わりではない。


 子供たちは部屋の中でそのまま待っていた。彼らががやがやと自分たちのギフトについてあれこれと希望に満ちた雑談をしていた。

 そこへ一人の女性が部屋に入ってきた。


「皆さんこんにちは。私の名前はエルザと言います。ギフトの取得おめでとう。みんなこれで一人前ね。」


 入ってきた女性が自己紹介する。外見からおそらく30代くらいであろう。教会の礼服を着ていないところを見ると、おそらく教会以外の関係者だろう。

 彼女はさらに言葉を続ける。


「そして、皆さんお待ちかね。「魔法」を覚える時間です。」


 『魔法』


 その言葉を聞いて、子供たちは一斉に騒ぎ始めた。


「やった、魔法だ。魔法が覚えられるぞ。」

「ずっと使ってみたかったの。楽しみー」


 子供達は口々に歓喜の声を上げる。


 鑑定の儀のあと、子供たちににはあるプレゼントがあるのだ。

それは『魔法のプレゼント』。

 鑑定の儀でギフトを得た子供たちに、簡単で誰でも使える生活魔法を一つプレゼントしてくれるのだ。


 この世界には至るところに「魔力」と呼ばれる未解明の力が存在する。魔力は大気中や水、生物中はもちろん、人間の体内にも存在している。

 そして魔法は、その魔力を使用することで発現される力のことだ。


 魔法でできることは多岐にわたる。火を起こしたり、水を出したり、風を起こしたりは序の口で、他にも土を穿ち、強い力を得て、風のように早く走る、そんなことも魔法であれば可能である。

 普通の生活ではそれほど強力な魔法は使われることはないが、「着火」や「水球」などの簡易な魔法は必要魔力が小さいため、魔力が少ない一般人でも、それこそ子供でも覚えて使うことが出来る。


「今日みんなに渡す魔法は『着火』の魔法です。みんなこっちを見てください。」


 エルザの言葉に子供たちは興味津々で注目する。エルザは子供たちを見ながら、右手を顔の高さにあげた。その右手には小さな紙をつまんでいた。それは子供の手のひらに収まるぐらいの小ささの四角い紙片で、太い円の中に何本かの曲線や直線などが書き込まれた、絵のような図形が書かれていた。

 右手に注目が集まっているのを確認したエルザは、彼らに向かって言った。


「これが着火の『魔法陣』よ」


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『魔法陣』


 それは古代文明の英知だ。

魔法陣は、魔法を発動させるための基礎となる物である。


 この世界は約3千年前に古代文明が栄えていた。その文明は繁栄を極め、地上のありとあらゆるところに街を作り、文化、建築、農業などが発達していた。

 そしてその文明は、魔法が礎となって発達した文明だった。その魔法とは、曰く、重いものでも軽々と持ち上げられた、曰く、遠い場所にも短時間で行ける乗り物があった、曰く、人が空を飛ぶことも可能、など、どんな不可能なことも魔法を使えば簡単にできたと伝えられている。


 しかしその古代文明は発達しすぎたゆえか、内紛や戦争などによって急激に衰退し、ついには滅びてしまった伝えられている。


 現在の文明は、古代文明の知識や技術はほとんど伝わらずに断絶している。ただ今なお各地に残る遺跡や、わずかに原型を保っている書物などが、その文明が実在したことを明確に主張している。

 その滅びた古代文明の英知の中で現代に伝えられている数少ない技術、それが魔法であり、魔法陣だ。


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「魔法陣を受け取ったら、そのまま持っていれば自然に体から魔力が流れていくから、少し待っていればいいのよ。じゃあ君、前に来て。」

「よし、俺からだぜ。」


 エリザの言葉に、先頭にいた少年が前に進み出る。リーダー格の少年だろうか、他の子よりも体格が良くがっしりしている。ロディが見ても上質と分かるくらいの服を着ていることから、貴族かお金持ちの家の子ではないかと思う。

 

 少年はエルザから紙片を受け取って、その紙を目の上に掲げた。そこにいる子供全員が注目する。しばらくすると魔法陣と紙片がわずかな光を放つ。


「「あ、光った」」


 子供達が驚きと感嘆の声をあげ、初めて見る魔法陣の発現する姿をキラキラした目で見つめている。

 魔法陣は紙から抜け出したように空中にふわりと浮き上がり、そして少年の体に吸い込まれるようにすぅっと消えた。魔法陣が書かれていた紙は光をまといながら少しずつ細かく分かれていき、そしてさらに小さくなり、やがて消えていった。


「うわ、すげえ!」

「こんな風になるんだ。初めて見た!」

「私も早くやりたい!」


 魔法陣の幻想的な光景に子供たちの歓声が大きく騒がしくなり、最初の少年は得意そうに胸を張って笑顔を浮かべていた。


「はい、これで魔法陣は君の中に入ったわ。着火の魔法が使えるようになったはずよ。じゃあ魔法を使ってみましょう。次に皆さんにもやってもらうから、しっかり見ててね。じゃあ君、人差し指を上に向けて。」


 エルザの言葉で子供たちの喧騒は急速に止む。

 魔法を覚えた少年は言われた通りに指を上に向けて、次の指示を待つ。


「指を上に向けたまま、体の中にある「魔力」を指先に集めるようにイメージします。イメージが重要ですよ。そして集まったイメージができたら、さらに指の先に火が付くイメージで「着火」と唱えてみて。声に出さなくてもいいけれど、最初は声にした方がやりやすいでしょう。」


 エルザにそう教えられた少年は、目を閉じて少しの間じっとしていた。そしてふぅっと息を吐いて目を開き、「着火!」と唱えた。

 すると少年の指先からオレンジ色の小さな火がポッと浮かび出てきた。着火の魔法が成功したのだ。


「「「おおーーー」」」


 子供達から再度歓声が挙がった。大人が使う着火魔法は見慣れてはいたが、同い年の子供が初めて魔法を使ったことに感動したのだ。


 魔法を使うには、その魔法固有の魔法陣を覚えなければならない。そしてその魔法陣を覚える方法が、今のような魔法陣が書かれた紙を使用するやり方だ。

 魔法陣はそれ固有の魔法の図形であり、描かれた魔法陣を体内に取り込むことにより、その魔法を使用することが可能となる。

 今回の着火の魔法陣が描かれた紙に魔力を流すことにより、その魔法陣が体内に取り込まれてその魔法を覚え、そして魔法を使うことが出来るようになった、ということだ。


子供達の興奮冷めやらぬ中で、エルザはにこやかに言った。


「おめでとう、成功ね。これで君の体には『着火』の魔法が記憶されたから、今後ずっと『着火』魔法を使うことが出来るわよ。さ、次はみんなでやってみましょうか。」


 全ての子供に魔法陣が配られる。そしてエルザは再度魔法の使うコツを子供たちに説明し、子供たちはその言葉通り魔力を込める。

 子供たちが持つ、魔法陣は彼らの笑顔や驚き、歓声と共に次々と光と化していった。

そして子供達のたくさんの指先から小さな火が次々に灯りはじめる。


「出来た!」

「俺にも魔法が使えた」

「本当に火が付いた。スゲェ・・。」


 子供達は喜びの声をあげてわいわいがやがやと騒ぎ出す。簡単なものとはいえ、魔法を初めて使うことはやはり感慨もひとしおなのだろう。

 その姿を眺めながら、エルザは満足そうに笑みを浮かべながら頷いていた。


 しかし、その子供たちの喜びの輪の中に加われない子供が一人だけいた。


「・・・あの、エルザさん。」


一つの声がエルザの耳に届く。見ると、ひとりの少年が悲しそうな顔で恐る恐る手を上げている。エルザはその少年に近づいて言った。


「どうしたのかしら、君。何か質問?」

「あ、あの、僕の・・・魔法陣・・・」


 エルザは今にも泣きそうな少年を見た。ぶるぶると小刻みに震える体、そしてその少年の手には魔法陣がしっかりと握られている。光も発せず、消えもせずに。


「僕の魔法陣、いつまで待っても光らないし、消えない。どうして・・・?」


 その少年はロディだった。

ロディの魔法陣の紙は消えていなかった。どんなに強く念じても、どんなに長く念じても、それは変わらなかった。

 魔法陣が消えないこと、それはつまり着火の魔法をロディが覚えられない、使えないということ。


「おかしいわね。不良品かしら・・・。」


 驚いたエルザは、別の紙を持ってきてロディに渡した。しかし新しい紙も全く反応せず、ロディの手の中にそのままあるだけだった。エルザはまた別の紙を渡したが、魔法陣は消えない。それが3回繰り返された。


「そんな、魔法陣が消えないなんて今まで一度も・・・。」


 エルザの困惑の言葉は、最後にはつぶやきのように小さくなっていた。

これはロディにとっては重大な事だ。魔法陣が消えないこと、それはつまり着火の魔法をロディが覚えられず、使えないということ。

 そしてロディはさらに不安になることに気付いてしまった。もしかしたら他の魔法陣でも同じようなって、自分は『魔法が全く覚えられない』のではないか、という恐ろしい可能性に。


「あの、エルザさん。もしかして僕、他の魔法も覚えられない、なんてことはないよね。」


 恐る恐る聞いたロディは、エルザの「そんなことはない」という否定を期待していた。しかしロディの期待に反し、エルザは全く答えられなかった。

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