第39話 夢か記憶か

「おかあさーん!おかあさーん!」


どこからだろう。

子供の声が聞こえる。

迷子だろうか。


「おかあさーん!どこー?」


やけに近くから声が聞こえると思ったら、声を出しているのは“この体”だった。

というか、この声にはとても聞き覚えがある。

モトクマだ。

視界に入るこの体の手足が黒い毛に覆われている。

これはモトクマが熊として生きている設定の夢なのだろうか?

それとも、熊として生きていた時の記憶だろうか…?


「@#/&_\$&#?(ありゃ、子連れだったのかあの熊。どうすんべ?)」


モトクマは、自分よりはるかに大きい人間達に囲まれた。

山の中ではあるが、民家がすぐそこに見える。

さらに奥に見える大きな屋根は、学校だろうか…?


「@#/&_\$&#?(かわいそうだけども、この子も処分だべか?)」


「@#/&_\$&#?(え、待てって。熊牧場で引き取ってくれないか聞いてみねーか?)」


「@#/&_\$&#?(大丈夫か?あそこも無限に引き取れるわけじゃねぇだろ?)」


「@#/&_\$&#?(んだんだ。あと、仮に人間が許可出しても、他の熊と仲良く出来なかったら処分の対象になるんだろ?)」


「@#/&_\$&#?(んだばって、それは試してみないとわかんねーだろ?)」


「@#/&_\$&#?(そりゃあ…。そうだな。)」



「え、人間さん何話してるの?」


モトクマが震えながら言った。

自分は理解できたが、熊であるモトクマは人間の言葉が分からなかったのだろう。


「え、何?何?何すんの?おかあさーん!」


人間は大きな布をモトクマに被せて視界を無くし、モトクマを捕まえた。


男性は“熊牧場”という言葉を聞いて、とても懐かしく思った。

自分が最後に行ったのは小学生の頃だっただろうか。

熊ばかりを飼育している動物園で、猿山みたいなスペースに熊がいたのを覚えている。

確か係のお兄さんが、「親が有害駆除されて残された子熊を飼育したのがここの始まりです」と言っていた。

餌を与える事ができて、ベテラン熊は上手く投げられた餌をキャッチするので面白かった覚えがある。

キャッチが苦手な中堅の熊達は、ゴロンと仰向けに寝そべり、もふもふの体全体で餌を受け止めようとする姿が印象的だった。

少し大きめの子熊達は、あまりキャッチしてくれなかった覚えがある。


「きみだれー?」

「もしかしてそとからきたのー?」


モトクマの周りに子供が集まってきた。


「ねーねー!いっしょにあそぼーよ!」


「…う、うん。…いいよ。」


信じられない。

モトクマが人見知りをしている。

まるで別人のようだ。

のちに、この子が人間オタクの人懐っこい自由人になるとは思えない。

やはりこれは、記憶ではなくてただの夢なのだろうか。


ぎこちなく友達と追いかけっこをするモトクマが、ふと足を止めた。

石の壁の上から、人間が見ている。


「あれ?ぼくをここにつれてきたにんげんだ。」


その人間はこちらを見て微笑んでいる。


「(あの人間は今、何を考えているんだろう。)」


別の日。

曇り空の下で一緒に遊ぶ友達の姿が大きくなっている。

モトクマ目線のため体全体を見ることは出来ないが、恐らくモトクマも成長しているはずだ。


「(またあの人がいる。あの人は何で僕をここへ連れてきたんだろう。)」


また別の日。

今度は人間が、こちらへ向かって餌を投げている。


「(なんで人間はごはんをくれるんだろう。違う生き物なのに…。優しくしてくれる。)」


人間はさらに、何度も何度もモトクマに会いに来た。


「何で?何で?何で?………。変なの!」


段々人間への興味が強くなってきたモトクマの口調が、割と今のモトクマらしくなってきた。


そして別の日。


モトクマは暗い寝床スペースで息を荒くしていた。

飼育員さんらしき人達が、心配そうにこちらを見ている。

そして少したってから、モトクマはふわりと体から抜け出して空中に出た。


「よく頑張ったなお前。これでやっと親に会えるな。」


魂だけになったモトクマは、突然人間の言葉を理解できるようになった。


「飼育員さん。今までありがとうございました。」


そう言うとモトクマは、寝床から外に出て来園客の方へ飛んでいった。

いつも来る人間が、熊達の方を見てキョロキョロしている。


「人間って、訳わかんなくて面白いですねwもし生まれ変われたら、今度は人間になりますね!?」


目線の合わない人間にそう言うと、モトクマはスーッと空に登っていった。





……………………。


「!?…モトクマ!!!」


目が覚めた男性は、飛び起きると電車のドアへ駆け寄った。

くまどり電車はガタンゴトンと軽快に音をならして、不思議な森を抜けて行く。

先程の駅は全く見えない。

窓ガラスに映る、人間へ戻った自分の顔が見えるだけだ。


「案ずるな。あやつは無事じゃ。」


男性は声のする方を見た。

電車の座席に座っていた女性が一人、こちらを向いて通路に立った。


女性とは初対面だったが、男性は一瞬で理解した。

この人の出す空気に、体が緊張している。

間違いない。

この人は……。


「あなたは神様ですか?」


「そうじゃ。」


男性は息を呑んだ。

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