第36話 めでたし、めでたし、かさ石

暗い山の中を、精一杯走り続ける熊。


かさ石まであと少しだ。

先程からずっと走りっぱなしのため、体力の限界が近い。

空を見ると、星達の動きも段々と遅くなってきた。


「今度はどうだろうね?」


モトクマが、疲れきって歩きに切り替えている熊に喋り掛けた。

熊は、息が切れて答える気力は無い。

心の中で「間に合えばいいな」と思うだけだった。

しかし、結果は……。


「……。間に合わなかったね。」


遠くで宙に浮きながら母親を見下ろす子供を見つけ、モトクマが残念そうに言った。


「どうする?またリセットする?」


「いや、いい。」


仮想空間の早送り対策が思いつかないため、結局何度リセットしても結果は同じだろう。

熊は、宙に浮く子供へゆっくりと近づいて話しかけた。


「あの……。こんばんは。」


どうしよう。

声をかけてはみたものの、何を話していいか分からない。

そもそも、こんな小さい子に言葉が通じるのだろうか。

なかなか掛ける言葉が見つからない熊を見て、モトクマが代わりに口を開いた。


「せっかく人間に産まれたのに、残念だったね。」


熊は一瞬、ドキッとした。

モトクマは許してくれているが、モトクマの人間転生という夢を妨害している身としては、申し訳ない気持ちになる。

そして、30代になれた自分は本当に幸運なのだと思った。

誰でも人間になれるわけでは無いし、誰でも大人になれるわけでも無い。


「いえ。…まぁ、そうですね。私の人生は短かったですが、幸せじゃなかった訳ではありませんし…。」


高めの声でやけに大人びた口調の子供が、倒れている母親を見下ろした。

石になった我が子を大切そうに抱き抱えているその姿は、死してもなお我が子に愛情を注ぎ続けている。


「生きる事って、難しいですよね。私達幽霊は、神様と一緒に空から見ています。応援しています。熊さんも頑張ってください!」


仮想空間内では死んでいない設定の熊が、昔話のバーチャルキャラクターに励まされた。

実際にこの子供自体には、魂すら無い。

しかし、モデルとなった子供は昔存在しただろう。

そして、昔話と言うものには語り継いできた沢山の人の想いが詰め込まれている。

小柄な見た目とは裏腹に、この子の発する言葉は重みが違う気がした。


「あ、ありがとうございます…。」


熊は子供に向かって、ぺこりと頭を下げた。


「大変だと思いますけど、頑張ってくださいね。もし何かに迷ったら、あなたの中の本当の心に耳を傾けて下さい。あなたの中の、子供心に耳を傾けてみて下さい。」



こうして熊とモトクマは、最後まで大人な対応だった子供に見送られ、昔話のかさ石を終了した。





「ギンただいまー。」

「お待たせしました…。」


仮想空間から紫電車に戻ってきた2人は、車内で様子を見ていたギンに声をかけた。


「おう、お疲れ!」


ギンは短くねぎらいの言葉をかけると、報告書の用紙を熊に差し出した。


「ありがとうございます。」


熊はそれを受け取り、いつものように記入し始めた。


『報告者氏名 モトクマ

夢の内容 かさ石(昔話)


出稼ぎに行ったきり帰ってこない夫を探して、母と子が山に入り倒れてしまう話である。

皮膚病だったと思われる子供は、石になってしまう内容だ。

この昔話は親子の供養と、地元の子供達の健康を祈って語り継がれてきた物語であろう。』


ここまで書くと、熊は手をぴたりと止めた。

いや、止まってしまったのだ。

いつもはこの後に、用紙いっぱいに自分なりの解釈を書いて提出する。

しかし今回は、何度がんばってもシナリオを変える事が出来なかった。

傘かぶり石の時の様に、救ってあげられなかった。


「あんなにいい子だったのに…。」


熊はぽつりと呟いた。

死んでしまった自分の事より、生きている設定の俺の事を気遣っていた。

体は子供だったが、魂の年齢は俺よりもきっと上だろう。

そんな年上の子供が、最後に俺へアドバイスをくれていた。


「貴方の中の、本当の心に耳を傾けてください。貴方の中の、子供心に耳を傾けて下さい。」


…どういうことだろうか。

わがままな意味の子供な心という事では無いよな。

本当の心…。

てか、“本心”と“子供心”って一緒なのか?

ちょっと違う気がするけども…。


頭の中がこんがらがってきた熊は、唸りながら頭を抱えた。


「熊兄が報告書に手こずるなんて珍しいな。その内容だけだったら、ただの説明じゃん。」


「でもでも大丈夫だよ兄ちゃん!たとえ今回が内容不十分で報酬ゼロだとしても、貯金があるから。運賃は払えるよ!?」


モトクマは体から、七宝柄のがまぐち財布を取り出して熊に見せた。


「お前それ、いくら入ってるんだ?」


ギンに聞かれたモトクマは、財布を開けて中を確認した。


「んーとね。…12文。」


「ギリギリじゃねーか。」


その後しばらく考え続けたが、次の駅に着くまでに昔話の新しい解釈は出て来なかった。



ガタン……ゴトン……。


紫電車は徐々に速度を下げ、モトクマと熊が目指していた駅にとうとう着いた。

車内からだと全体がよく見えないが、ちゃんとした建物がある駅だ。

ホームにいる動物の数も、今までよりは若干多い気がする。


「お前ら準備しろー。降りるぞー。」


外の様子を見ていた熊とモトクマに向かって、ギンが声を掛けた。


「あ、はい。モトクマ、財布と石持った?」


「財布は持ったけど、石は消えたよ。」


「うん。ん?消えた」


席から立ち上がろうと、一度モトクマから目を離した熊が二度見した。


「ああ、大丈夫だよ兄ちゃんw役目が終わった夢のかけらは消えるんだよ。そしたらまた、新しい夢が生まれるの。きっと今頃、前の夢より素晴らしい夢のかけらが無人駅に転がっているよ。」


「へー、そういうシステムなんだ。」


「そう、だから持ち物は財布だけ。んで、財布は兄ちゃんが持ってて!僕はちょっと、オコゼさん達に見つからない様に隠れているからー。」


そう言うとモトクマは、小さくなって熊の耳の中へ隠れた。


「ご乗車ありがとうございまーす。一般のお客様は駅の改札口までお進みくださーい。報告書をお持ちの方は、電車内の両替機に提出した後に、改札口までお進みくださーい。」


マイクを使って案内をするネズミの指示に従い、乗客達はぞろぞろと駅の改札を目指す。


「お疲れ様でした。報告書はこちらへどうぞ。」


順番が回ってきた熊に向かって、紫電車のネズミ車掌はほがらかに言った。


「あ、はい。」


ウィーン。


熊は報告書を両替機へ入れた。

そして集計の結果、やはり内容不十分と判断されたため今回の報酬は支払われない事となった。


「申し訳ありません。今回の報酬はゼロでございます。このまま改札口までお進みいただき、そちらで運賃の精算をお願いします。」


「あ、はい。ありがとうございました。」


モトクマから受け取った財布を手に、熊は車掌へお辞儀をした。


「ご乗車ありがとうございました。紫色は第七チャクラの色です。魂や自然・宇宙との霊的繋がりに困ったら、またいつでもご乗車ください。」


「??…霊的繋がり??」


(「今回の車掌さんは、他の車掌さん達よりも難しい事を言うなー。かさ石の子供が言った事も、いまいちピンとこないし……。」)


熊は頭の中で考えながら、何気なく前方にいる動物3人組をぼんやりと見た。

これから上京でもするのだろうか。

大きな荷物を持った1匹を、2匹が見送りに来ている感じだ。


「そしたら、下界に降りてもしっかりやれよ!?俺らの事忘れるだろうけど、俺らはお前の事ずっと見てるからな!」


「何言ってんだよw頭では忘れても、お前らの事は心が覚えてるから、きっと。相談に乗ってもらった下界での目標も、絶対魂が覚えてるから!お前らちゃんと見とけよ?」


「おう!」

「もちろんだよ!」


そう話しながら3匹は、グータッチをして別れを惜しんでいた。



「そうか、そういう事か。」


熊は、かさ石の子供の言葉を思い出した。


“もし何かに迷ったら、あなたの中の、子供心に耳を傾けてみて下さい。”


恐らく純粋な“子供心”の中には、産まれる前からの本当の望みが反映されているのではないか。

つまり頭では忘れている、産まれる前に決めた地球上での使命っぽいもの。

その使命を心の目印にして、人生を進んで行けばいい。

迷ったら子供心の声を聞くといい……。


そういう意味で、あの子は言ったのではないだろうか。


「まじであの子何歳よ…。」


熊は後ろを振り返り、困惑した表情を紫電車へ向けた。

電車からはまだ、乗客を案内するネズミ車掌の声が聞こえてくる……。



「ご乗車ありがとうございました。紫色は第七チャクラの色です。魂や自然・宇宙との霊的繋がりに困ったら、またいつでもご乗車ください。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る