第35話 秋田の昔話“かさ石”

「おにいちゃんたちは、どこのイスにすわる?」


「んー。どうしよ。( ´∀`)」

「ここにしようかなー?(о´∀`о)」


子ダヌキに手を引かれて車内を歩く男性とモトクマは、目尻を下げながら答えた。


「わかった!じゃあ、ぼくはあっちのイスにいるから!おしごとがんばってねー!」


そう言うと、子ダヌキは手を振りながら母狸がいる座席の方へと歩いて行った。


「ありがとうねー!」


「いい子だなぁ~。」


あんな可愛い子に“お仕事頑張って”なんて言われれば、やる気が出ない訳がない。

男性はさっそく、昔話のあらすじをモトクマに確認した。


「モトクマ。最後の七不思議石は、どういう話なの?」


「んとねー。題名は“かさ石”って言うの。」


「かさ石?青電車の時みたいな、傘かぶり石っぽい話?」


「そっちの傘じゃないよ。かさぶたの“かさ”だよ。病気の子供を連れた母親が、出稼ぎに出て帰らない夫を探しに山に入って、倒れて石になる話だよ。」


「は?」


両手を合わせて合掌するモトクマを、男性はただ見つめた。


「まーた石になるのかよ。傘かぶり石みたいだな?」


遅れてやってきたギンが、椅子に座りながら会話に混ざる。


「それで…。倒れるのは母親の方?子供は助かる?」


男性が静かに聞いた。


「お母さんは倒れて死んじゃうし、子供は冷たくなって石になっちゃうの。兄ちゃんが嫌いな“バッドエンド”ってやつだねー。」


モトクマは淡々と説明しながら、窓際に夢のかけらの石をセットする。


ガタン…ゴトン。


紫色の電車が、次の駅に向けてゆっくりと動き出した。


「マジで子供も犠牲になる話なの?」


そう聞きながら男性は、少し離れた席にいる狸親子を見た。

手に持っている報告書の紙が、クシャッと歪む。


「モトクマ!助けに行くよ!」


シワの付いた報告書を座席に置くと同時に椅子へ乗り、男性は電車の窓目掛けて素早くダイブした。


「ほぇ?でも兄ちゃん、この話はーー」


仮想空間に引っ張られたモトクマの声が、途中で切れた。


「…熊兄は子供好きなんだなぁー。」


ギンはそう言いながら、窓に映る全力疾走の男性を見つめた。







今回の仮想空間は夜だ。

もう少しで朝になるのか、空が若干明るくなりつつある。

しかし、街灯も何も無い木々が生い茂る山は、人間にとっては暗闇だ。

熊の目を持っていなかったら、足元が見えずに転んでしまうかもしれない。

男性は以前よりも格段に良くなった嗅覚を使って、旅の親子の所までやって来た。


「あ!兄ちゃん。あれ、そうじゃない?」


モトクマが指し示す方を見ると、そこには女性が1人いた。

ゆりかごほどの大きさの石を、大切そうに抱える様にして眠っている。

全力疾走していた男性は、呼吸を整えてゆっくりと近づいてみた。


(「もしかしたら、まだ生きているかもしれない」)


少しの期待を持って恐る恐る近づく男性。

すると女性の腕の中で、何かが動いている事に気がついた。

女性の子供だろうか。

よかった。

子供はまだ生きている。

そう思った男性だったが、すぐに可能性は無くなってしまったのだと分かって足を止めた。

起き上がった子供が、そのまま宙に浮き始めたのだ。

よく見ると、少し透けている様にも見える。


「間に合わなかったね。」


モトクマが残念そうに言った。

悔しい。

昔話でも悔しい。

たとえ目の前の子供が、最初から生きていなくても。

最初から魂すら無い、仮想空間の映像だとしても悔しい。


「仮想空間……。」


そう呟くと、男性は回れ右をして元来た道を全速力で戻って行った。


「どわぁーー!兄ちゃん、いきなりどうしたの!?」


男性と繋がっているモトクマは、山の中を引っ張り回されながら、ぶつかりそうな木々を避けつつ聞いた。


「この話をリセットするんだよ!俺らが窓から電車に戻れば、リセットされるんだろ?また物語は初めからスタートするんだろ?」


「…確かに、前にそう言ったけども…。」


全速力で走ったので、仮想空間の出入り口である窓には、あっという間に着いた。

そして男性は、電車内に戻るとすぐさま、きびすを返して仮想空間へ戻った。


「熊兄。気持ちはわかるが、たぶんやり直してm」


紫電車に戻った時に、ギンが何か言おうとしていたが、男性は耳を貸さずにかさ石へと引き返した。


さっきの場所は覚えたから、今度は匂いで場所を探らなくても大丈夫だ。

もっと早く到着できるに違いない。

男性は風を切って、あっという間にかさ石へたどり着いた。

しかし……。

状況は何も変わらなかった。


「スタートが…。遅すぎる…。」


男性が息を切らしながら言った。

モトクマとこの空間に入る頃にはすでに、親子は倒れている。

ならば助けるためには、物語冒頭の山に入るシーンからやり直さなければならない。

なぜ今回は冒頭シーンが無いのか?

男性は少し苛立ちながら、再び紫電車へと向かった。


3度目のスタートのために電車へ戻った男性は、「物語冒頭のシーンへお願いします!」と夢のかけらに手を合わせてから仮想空間に入ってみた。

その際、紫電車にいるギンとモトクマの目があった。

2人は何も言わず、ギンはただ腕組みをしているだけだった。


男性の願いが反映されたのか、次は物語冒頭シーンへの転送が叶った。


「ここどこだろうね?転送位置が変わってよくわかんないや。」


モトクマと男性が辺りを見回す。

空の色が赤い。

夕方だ。

カラスも人間も家に帰る時間である。


「すみませーん!」


男性は村人に声を掛けた。


「あの。旅の親子を見ませんでしたか?小さな子供を連れた女性なんですが。」


「あぁ!あの、顔中がただれている赤ちゃんと女性ね?会ったよ。今晩は泊まっていきなって言ったんだけどね?一刻も早く旦那に会いたいからって聞かなくてさ。あっちに歩いて行ったよ。」


「ありがとうございます!」


男性はお礼を言うと、急いで走った。

今度は間に合うかも知れない。

少しの希望が見えて来た気がする。


しかし男性は、山の植物の影が異様に速く伸びている事に気がついた。


「なんか、太陽沈むのはやくね?」


男性は足を止めて、空を見上げた。


「これ、早送りになってるね?兄ちゃん。」


星々の早い動きを見たモトクマが、口に手を当てて言った。


「何でだよ!!」


男性は再び走り出した。

仮想空間の早送りを見るのは、これが初めてでは無い。

“はり木石”の昔話の時に、経験している。

物語ではよく「そして翌朝。」といった具合に、一つの文章だけで時間があっという間に過ぎてしまう。

今回の仮想空間の変化も、物語の場面転換のために行われているのだ。


「止まれよ!俺がやり直している意味が無くなるでしょうが!!」


男性は空に向かって抗議するが、反応は無い。

少しだけでもいいから、速度が落ちないものだろうか。


「ねえ、モトクマ。昔話は新旧地元民や読者の人の願いが反映されているんでしょ?」


「そうだよ。」


「じゃあ何で、時間が止まって欲しいっていう俺の願いは反映されないんだよ。他の昔話では、なんだかんだ上手くいっていたのに。」


「……。」


モトクマは何も答えなかった。


「それはな、熊兄。ユメノ鉄道は“人間の夢”を解析する電車だからだよ。」


紫電車の車内から見ていたギンは、黙ってしまったモトクマの代わりに答えた。

もちろん、電車と仮想空間は音声が遮断されているため、その声が男性に届く事は無い。


ユメノ鉄道は“人間の夢”を解析し、天へ届ける乗り物である。

つまり、男性の願いが反映されづらくなってきたと言うことは、それだけ男性が人間ではなくなってきたと言う意味だ。

モトクマとの融合が、最終段階に入りつつあったのだ。


自分の体がそんな状態だとはつゆ知らず、男性はただひたすらに子供の元へと走った。

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