第34話 紫電車乗車

「そんでね、本題の僕と兄ちゃんの切り離しの事だけども…。」



「ああ!そうだよ、それ。どうすんだよ。」


そうだった。

どうも自分は、話がそれてしまいがちである。


「神様の力が宿る物を使えば、この頑固な繋がりも切れると思うんだよねー。」


モトクマは、自分から繋がる幽霊の尾を手に取って、ゆさゆさと揺らした。


「神様の力が宿る物って?」


「まさか神器とか盗み出してこようって言うんじゃねーだろうな?」


「もー、ギンったら。僕がそんな無茶するやつにみえる??」


ギンは何も言い返さなかったが、表情が明らかに、“お前いつも無茶苦茶言うじゃねーか”という顔をしている。

モトクマはそれを気にも留めずに話を続けた。


「わざわざ盗まなくても、神様の力が宿るものは僕らの周りにもあるでしょ?ヒントは、兄ちゃんも乗った事がある乗り物だよ!」


「それもう、ほとんど答えじゃんか。」


3人は、無人駅のホームを見た。

次の電車を待つ動物達が、それぞれに会話をしている。

まだ電車が来る気配は無い。


「たしかユメノ鉄道の電車って、神様の力で動いているんだっけか?」


「そう!いつも入っている仮想空間での再現とかも、車内に溜めている神様の力のおかげなの。んでね、ユメノ鉄道で、車内に一番力を溜めている車両は、人間界行きの電車なんだ。一番長旅になるし、結界を突破して別の世界に行くからね。」


「確かに。あのくまどり電車は、今までの電車とは違う感じがしたな。」


「そっか、熊兄は一度見た事があるんだっけか?」


「はい。俺とモトクマが出会ったきっかけです。」


「そうそう。その、僕達の思い出の電車に、僕ひかれようと思うんだ!」


「……。はぁ?」


「なぜそうなる?」


ギンと男性は驚いて聞き返したが、今までよりは落ち着いていた。

恐らく、モトクマの無茶に耐性がついてきたのだろう。


「お前、正面からぶつかれば魂が木っ端みじんになるぞ?ほんとに死ぬぞ?」


ギンの“死ぬ”という単語に、男性は少しドキッとした。

この世界に来てからは、スカイダイビングをしたり、船のソリで道を爆走したりと危ない事をしてきたが、それは全部仮想空間での出来事だった。

気になる。

死後の世界に、さらなる死はあるのだろうか…。


「大丈夫だよ!すんごい引き伸ばして尻尾だけ切るから!」


「本当に大丈夫なの?この世界ではどうか知らないけど、人間界の電車は線路に石があるだけで本当に危ないんだから!なんの罪もない乗客に大怪我させるなんて、俺嫌だよ!?」


男性は声を少し荒げてモトクマに確認した。


「お客さんが乗っていない状態でホームに入ってくる所をねらうから、大丈夫なはずだよ。」


「本当かなぁー?」


怪しんでいる男性の耳に、遠くから近づく電車の音が聞こえた。


ガタンゴトン、ガタンゴトン。


「おい。次の紫電車が来ちまったぞ?とりあえず、詳しい事は乗ってから決めようぜ。」


そう言って立ち上がるギンに続いて、男性とモトクマも無人駅のホームへ戻った。




何はともあれ、人間界行き電車が出る駅までの乗り継ぎも、この紫電車で最後である。

つまり、モトクマとギンとの電車の旅もこれで最後なのだ。

ここまで来るのに、長かったような短かったような……。

沢山の出会いがある、素敵な旅だった。

モトクマとギンだけでは無く、コイジイさんや狸の親子、ネズミの車掌さんなど皆さん、とても良くしてくれた。

ありがたい。

どれだけ感謝しているかを詳しく話して、お別れを言えないのが残念である。

“いや~、これで人間に戻れそうですよ~。ありがとうございます♪”なんて言ったら、知らないフリをしてくださった今までの努力がパーになってしまう。

皆さんまで共犯にする事はできない。


言葉にしてはいけない感謝を伝えるには、いったいどうしたらいいのだろうか。

……。

関係ない話題の時に、さりげなく“ありがとう”というワードを入れていけば良いのか?

それとも、あれか?

“この熊、めっちゃ自分に好意的に接してくるな”と思わせられれば、それはもう“ありがとう”と言っている事と同じなのではないか?

…もちろん、“デレデレした感じの好意的”ではなく、“丁寧な気品のある好意的”にしなければならない。

笑顔で。

丁寧に。

嬉しそうな声で。

いつもの感謝を込めて。


…そうか。

30歳を過ぎているのに、初めて理解した気がする。

“挨拶は大切”とされる理由が。

より良い挨拶は、もはや感謝の言葉に近いのかもしれない。

表情や声色によってはたった一言の中に、“会えて嬉しい”や“いつもありがとう”など感謝の気持ちをコンパクトに詰め込められそうな気がする。


男性は、大きく深呼吸をして気合いを入れた後に両手でほっぺたを引っ張り、にーっと笑顔を作った。

そして頬から手を離し、笑顔をキープする。


「よし!」


そのまま男性は紫電車の入り口まで歩き、何やら固まって話している動物達へ声をかけた。


「皆さんお疲れ様です!( ^∀^)」


「!?」


いきなり後ろから声をかけたからだろうか。

数匹で固まって話していた動物達が、驚いて振り返った。


「……。」


みんなからの反応が無い。

やはり、いきなり挨拶がフレンドリーになった事で、キャラの変化に戸惑っているのだろうか。

それともただ単に、後ろから声を掛けたのがまずかったのか。


「あぁ…お疲れ様(*^_^*)」


コイジイがいつものように優しく答えてくれた。

しかし、いつもより変な間があったのが気になる。


「皆さんで何の話をしていたのですか?乗り遅れてしまいますよ?」


「おお、そうだな。皆んな!中に入るとしよう。」


コイジイに促された動物達は、乗車口に近い者から中に入って行った。


「くまのおにいちゃんたち!いこう!」


「うん、そうだね!」


男性とモトクマにすっかり懐いた子ダヌキが、男性の手を引いて車内へ入った。

子ダヌキのかわいさにデレデレな男性を見ながら、ギンが後に続いて紫電車へ乗ろうとする。


(「ん…?」)


ギンはふと、視線を感じて振り向いた。

ホームにはまだ何匹か動物がいたが、その中のアナグマが1匹、こちらをじっと見ている。


(「なんだ?」)


ギンは、何か用があるのかとたずねようとしたが、アナグマはすぐに目を逸らし、ギンを追い越して乗車してしまった。


「なんなんだよ。」


ギンは少し怒ったように不思議がりつつ、紫電車に乗車した。





「アナグマさん、このまま黙っててくれるかしら?」

「どうかなー?ルール違反しているのはモトクマさん達だし、通報されても仕方ないっちゃ、仕方ないんだけども。」

「コイジイさんになだめられても、納得していない様子だったわ。」

「そうだったね。もしかしたら、次の駅にいるオコゼ達に通報するかもしれないね。」

「もしそうなっても、誰もアナグマさんを責めることは出来ないわよね?」

「そうだなー、あまり大事にならなければいいのだけれど…。」


紫電車は最後に、ひそひそ話をする比内地鶏達を乗せて走り出したのだった。

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