第33話 藍色電車下車

仮想空間から藍色電車に帰ってきた2人は、

いつものように座席で待っているギンに声をかける。


「ただいまー!」

「戻りましたー。」


パコン!!


「痛っ、何すんのさ!」


再会して2秒で、筒状に丸めた報告書で叩かれるモトクマ。


「お前何で、罰ゲームでリクエストしてんだよ。」


「ごめんね~。ギンが用意した罰ゲームが緩かったから、物足りなくなっちゃったの~。ねー?兄ちゃん。」


「いや、スカイダイビングは緩くないです。」


男性は高速で頭を横に振った。


パコン!!


丸められた報告書が、今度は男性に直撃する。


「え、何で?」


まさかギンに叩かれると思っていなかった男性は、驚いて固まってしまった。


「とりあえず、降りるぞ。2人とも準備しろ。」


そう言うとギンは、丸めた報告書を男性に返した。


ガタン…ゴトン……。


藍色電車が駅に停車した。

乗客は皆、荷物をまとめて出口へと向かってゆく。

出口前の両替機と精算機がある所には、これまでと同様にネズミの車掌がいた。

緑の帽子と緑の服を着ている。

しかしこの車掌は、今まで会ったネズミのようにネクタイをしていなかった。

クールビズだろうか。

緑の服に、藍色のラインが入ったデザインである。


「お疲れ様でした。報告書を両替機へお入れ下さい。」


男性は、ゆるぎ石の報告書を両替機に入れた。


ウィーン。

ジャラジャラジャラ……。


両替機の硬貨排出口から、この世界のお金が出る。


「1、2、3、4…。15文だ。よかった。」


思っていたよりも多い金額だったため、男性はホッと安堵の表情を浮かべる。

運賃は1人6文なので、モトクマの分を合わせると12文必要になる。


「モトクマ、財布出して。3文貯金だ。」


男性に言われたモトクマは、白い体からがま口財布を取り出した。

七宝柄の財布に硬貨を3枚入れた男性は、残りを精算機へと入れる。


ジャラジャラジャラ。


「ご乗車ありがとうございました。藍色は第六チャクラの色です。直感やひらめきに困ったら、またいつでもご乗車ください。」


個別に精算するギンを待った後、一行は車掌に挨拶をして電車を降りた。


「おっと!」


「兄ちゃん気をつけて!」


電車を降りる際に二足歩行していた男性だったが、転びそうになったため四足歩行に切り替えた。


「ははっwさすがに俺も疲れてきたみたいだな。なんかぼーっとするよ。」


「兄ちゃん空では常にガチガチだったからねw」


モトクマがクスクスと笑った。


「よし、2人ともこっち来い。休憩がてら作戦会議するぞ!」


ギンは2人を無人駅のすぐ側にある、草原に誘った。


ゴロン!


なんだかポカポカしてとても気持ちがいい。

疲れが溜まっていた男性は、目を閉じるとそのまま眠りの世界へと入ってしまった。




………………。




ここはどこだろう。

やけに大きい木々や葉が生えた山だ。

「お母さーん!どこー?」

誰だろう。

可愛らしい子供の声が聞こえる。

そうか、木々が大きいのでは無く自分が小さいのだ。

パーーン!!

静かな山に、銃声が響く。

驚いた鳥達が、一斉に木から飛び立った。

「お母さん!?」

声の主は、音のする方へ向かって林の中を駆けた。

しかし、その足はすぐに止まった。

進行方向に、大きな人影を発見したのだ。

その人影はどんどんこちらに近づいてくる。

声の主は一切動かない。

と言うより、動けないのだろう。

人影は両手を出して声の主へ迫ってきた。





…………………。





「…い。…にい。……熊兄、起きろよ!」


「ハッ!!ね、寝てないよ。」


ギンの呼び掛けで、男性は夢から覚めた。


「ほら、目がこんなに開いてます。ね!モトクマ?」


男性はモトクマの方を見た。


(「スヤァ……。」)


寝てる。


ギンは軽く舌打ちをし、近くに生えている猫じゃらしを引き抜いた。

そしてそれをモトクマの鼻辺りに当てて、こしょこしょとくすぐった。


「おい、起きろ。」


「ハクショーン!」


鼻水を垂らしながらモトクマが起きた。


「何さもう。せっかく気持ちよく寝てたのに。」


「これから作戦会議するって言ってんだろうが!」


「作戦会議って、何の?」


「お前らの今後についてだよ、バカ。」


「???」

「???」


男性とモトクマの首が、同時に傾いた。


「僕らの今後は、人間界行きの電車に兄ちゃんを乗せて、お家に帰らせる予定だよ?」


モトクマの解答に、男性も“そうそう”と頷く。


「だからその前に、やらなきゃいけない事があるだろうが!お前らどうするつもりだよその体。モトクマ、お前、成仏したら離れられるって熊兄に説明したらしいけど、できないだろ。」


ギンがモトクマを指差して言った。


「それは……。」


男性は少し不安げな表情でモトクマを見た。


「ギン正解!それもう、無理だねw」


「えー……。」


笑いながら言うモトクマに、男性は驚きすぎて“え”の口の形のまま戻らなくなった。

この世界に来てからは頼りの綱だったモトクマの口から“無理”という単語が出てきたのもショックだったが、それよりも……。


「“無理”ってそんなにあっさり発表するのね。俺に配慮して、もう少し申し訳なさそうにするとか無いの?演技でもいいから…。」


「配慮?無いねw」


「ですよねー。」


苦笑いする男性の肩を、ギンが慰めるように優しく叩いた。


「心配しないで兄ちゃん!配慮しないのは、もっといい方法が他にもあるからだよ!」


「本当に?」

「本当か?」


2人が、モトクマを怪しそうな目で見る。


「無理矢理引っ張っても全然取れない繋がりなんだよ?」


男性は、モトクマと自分を繋いでいる部分の根元を引っ張った。


「一度結んだご縁ってのは、なかなか切れないからな。群れを作る人間の種族だと、特に縁切りは難しいだろうよ。神様の力があれば別だろうけども。」


「ギン、いい事言いました!それなんです!」


「は?どれなんです?」


「“神様の力”だよ!それがあると恐らくこの繋がりはスパッと切れるんだ!」


「んじゃ、神様天国から引っ張ってこいよ。きっとお前が熊兄引き連れて天国行くと、熊兄は死亡確定だけどな。仮に俺が連れて来れたとしても、熊兄に取り憑いてるお前は犯罪者扱いされて捕まるぞ?」


「え、ちょっと待って!」


男性の眠気が一気に吹き飛んだ。


「人に取り憑くのって、犯罪なの!?」


驚いた男性は、冗談だよねとモトクマとギンの顔を交互に見て笑いかけた。

しかし2人は目を逸らし、全然男性を見ようとしない。

様子がおかしい。


「え…?モトクマなんで?」


男性はモトクマと視線を合わせて話そうとするが、逃げまくるので全然目を合わせる事が出来ない。


「えーっとね、それはね…。」


2人はしばらく、視線の鬼ごっこを続けた。

なかなか口を開けないモトクマを見かねて、ギンは仕方なく男性に説明する事にした。


「熊兄がいた世界で取り憑くのはいいんだよ。まあ、気分がいいもんじゃないけどな。」


「じゃあ、この世界でもいいんじゃないの?犯罪者扱いする事なくない?いったい罪名は何なんすか?」


「……。罪名は、殺人罪だ。」


「え。」


一瞬その場の空気が止まった。

いったいどう言う事だろうか。


「え、殺人って、誰が誰を?」


「モトクマが熊兄をだよ。お前らがどういう出会い方をしたのかは知らんが、状況を見れば大体予想は付く。」


「え、待って。モトクマは俺を助けてくれたんですよ?人の生身で車にひかれそうな所を、俺に取り憑く事で強い体に変えてくれたんです。モトクマが機転を利かさなかったら、今頃俺は事故死してました。」


「そうだったのか…。」


ギンはため息をついた後、話を続けた。


「やっぱり殺人罪だな。事故死する予定だった熊兄を、結果的に神隠しさせてこっちの世界に連れてきた。普通は一般幽霊には出来ない事なんだ。たまたま死に際の熊兄だったから、こっちの世界と繋がって列車を見る事が出来た。そして、たまたま転生許可を貰っているモトクマがそこを通りかかって、体を変化させる事ができた。でもモトクマは途中下車したから、正式に人間界には降り立てない。んで、生命力が低下している熊兄がこの世界に引っ張られる形になった。天国のお堅い役所にどう説明しても、殺人扱いになるだろうなこれ。」


男性は、何と言っていいか分からなかった。


“ほっといてくれればモトクマは幸せだったのに。”


そんな思いがどうしても湧き上がる。

しかし、この言葉は絶対に言ってはいけない。

そんな事、この場にいる全員が分かっている。

もしかしたらベテランのコイジイや、感のいい大人の動物も気づいていたのかも知れない。

リスクを覚悟した上で行動してくれているし、通報もしないで知らないふりをしてくれている。

それもみんな“男性の幸せのために”と思ってしてくれているのだ。

絶対に“ほっといてくれれば”などとは言いたくない。

ここまでしてくれた動物達の好意を、“余計なお世話”ということにはしたくない。

男性は、どんな人にも感謝を伝えられる人間でありたかった。


「ありがとう、2人とも。」


少しモジモジして言う男性に、モトクマとギンは笑顔を返した。

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