第31話 ご褒美or罰ゲーム

「イェーイ!2人とも、罰ゲーム決定~!おめでとうございまーす!」


ギンが今日いち、楽しそうな声で言った。


「ありがとうございまーす(?)」


「もー、何よもー!」


座席でゴロゴロジタバタしているモトクマを笑顔で見ながら、ギンは何個か小石を取り出した。

よく見るとそれぞれに絵が描いてある。


「これ、夢のかけらですか?」


「駅から持ってきてたの?」


ギンは笑いながら頷き、一つの石を選んで見せた。


「もし2人が勝ったら、この“料理の絵”が描かれた石の仮想空間に入ってもらおうと思ったんだ。俺が見るに、きっとこの石は“料理がうまくなりたい”とか、そういう願いの石な気がするんだよな。モトクマ念願の人間の食べ物が楽しめたかもしれないのに。残念w」


意地悪く笑うギンを見て、モトクマが起き上がった。


「知らないのー?ギン。」


「急にどうした?」


何やらいきなり強気な姿勢になったモトクマに、男性は少し驚いた。


「仮想空間ではね、五感が鈍くなるんだよ。視覚はちゃんとしてるけど、それ以外の味覚や触覚とかは、現実と比べればほとんど無いと同じなんだ。だから仮想空間では、大きな事故が起きても大丈夫なんだよー。ギンは素人さんだから分からないと思うけど。」


モトクマは、ギンの顔に近づいてドヤ顔を決めた。


「え、でも待ってモトクマ。」


男性が、青電車に乗った時の事を思い出しながら尋ねた。


「傘かぶり石の話で夕食の香りに反応しまくってたよな?尋常じゃない量のヨダレでてたけども。嗅覚は感じるって事?」


「えーっと、嗅覚も味覚もあまり感じないはず……。あれ?」


モトクマのドヤ顔が、スッと消えた。


「えっと、つまりそれは…。あれだよ…あれ。えっ?ねー、ギン。どう言う事?」


モトクマがギンに助けを求めた。


「お前、俺にマウント取ろうとしてたんじゃねーのかよ。」


ギンは仕方ないなという顔をして、自分の仮説を話し始めた。


「きっとそれは、人間の食べ物を食べたことのある熊兄と一緒だったからだと思うんだ。」


「え、俺ですか?」


男性は自分を指さした。


「そう。昔話っていうのは沢山の人間が関わっている願いの塊みたいなもんだ。だから、人間の熊兄が願ったりイメージしたりすれば、仮想空間に反映されるんだよ。熊兄は、傘かぶり石の時に何か料理を具体的に想像したんじゃないのか?」


「確かに、きりたんぽ鍋と、だまこ餅を想像したかも……。てかギンさん。俺が人間なの知ってたんですね。」


「まあな。でも熊兄、俺ら以外にその事バラすなよ?面倒な事になるから。」


腕を組んで歯を噛んだままそう言うギンが、モトクマを睨んでいる。

怖い。

これは本気で怒っている。

出会った当初からギンは口が悪い感じだったが、どこか愛情が感じられたため怖いと思ったことは無かった。


「わかり…ました。」


男性は“面倒な事”について詳しく聞きたかったが、今はやめておく事にした。


「それで、ギン。本題の罰ゲームは何なの?」


モトクマが、ぶすっとした感じで聞いた。


「よくぞ聞いてくれました~♪」


ギンの顔からは先程までの怒りが消え、いつも通りの意地悪い笑顔が戻って来た。

なんだかんだ言ってギンはモトクマの事が好きなのだ。

怒った理由はよく分からないが、ピリついた空気のまま電車の旅を続けたくないのはギンも同じなのである。

自分の怒りを抑えて相手を笑顔にしようとおどけてくる辺りが、ギンらしい。

口は悪いが、実は誰よりも優しいのかもしれない。


「では、罰ゲームを発表しまーす♪」


誰よりも優しい…のかもしれない。

多分。


「こちらの夢のかけらをご覧くださーい!」


ギンは石の、絵が描かれている面を2人に見せた。


「あれ?これって飛行機の絵?飛行機に乗れるって事?」


モトクマは目を輝かせた。


「全然罰ゲームじゃないじゃん!僕、飛行機に乗ってみたかったんだよ!兄ちゃん早く行こうよ!」


窓際ではしゃぐモトクマだったが、男性はギンが持つ石の絵柄が少し気になった。


「ギンさん。親指の所ちょっとずらしてもらっていいですか?」


「え?」


「親指の下に隠れている絵が見たいんですけど。」


「何?」


「だから、その石をちゃんと見たいって言ってるんです…け…ど…。

え?何か隠してますか?」


とぼけた顔をしていたギンが、笑った。

先程とは別の意味で怖い。


「ギンー!早く窓にセットしてよー!」


モトクマが少しすねたように催促(さいそく)する。


「はいよー。」


ギンが窓辺に石をセットするやいなや、モトクマは早速窓ガラスへ飛び込んで行った。

モトクマと体が繋がっている男性も、仮想空間へと繋がる窓ガラスへと引っ張られる。

引っ張られながら男性は、飛行機の絵の横に描かれている、扇形の模様を見つけてしまった。


「ちょっと待ったー!」


ガシッ!!


男性は必死に窓枠にしがみついた。


「俺、高い所苦手なんですけど!?」


「大丈夫、大丈夫。仮想空間だから。万が一の事があっても死なないから。てか、俺らみんな生きてないけどねw」


「w。じゃないっすよ!!そう言う問題じゃないです!嫌なものは嫌です!」


「いいじゃないかー、モトクマに付き合ってやれよー。2人とも人間体験できる時間は残り少ないんだから。楽しんだもん勝ちだぜ?」


「え?どう言う事?俺は人間界に戻りますよ?これからも人間続けるつもりですけど。無理って事ですか?それに、“2人とも”って何ですか?モトクマはもう、こうして電車に乗れないって事ですか?」


疑問ばかりが浮かんでくる男性の体を、モトクマとの繋がりが強く引っ張る。


「待てよモトクマ、今大事な話をしているんだから!」


「ガラスの向こうに声は届かないって言ってんじゃん。」


騒がしくする男性とギンに気づいた乗客達が、チラチラと2人の方を見る。

それに気づいたギンは、男性に顔を近づけて小声で言った。


「いいかー?あいつは今日、長年の夢だった人間への転生をするために、プラチナチケットを持って人間界行きの電車に乗ったんだ。所がどういうわけか、あいつは電車を降りて戻って来た。命の火が消えそうな熊兄に取り憑いて、これから産まれようとしていた、生命力の塊のモトクマが戻って来たんだ。そして2人で、もう数時間狭間の世界をうろうろしている。このまま行けば、お前らが目指している駅に着く頃には、熊兄への乗っ取りが完了しちまうんだよ。熊兄の意識が残るのかどうかは知らんけど、いずれ2人は融合する。熊兄は人間に戻れないし、モトクマは夢を捨てて熊生活2周目をする事になるんだ。」


「嘘でしょ……。」


動揺して力が抜けた左手が滑る。


「うわっ!」


残るは右手と顔だけだ。


「嘘だと思うなら、モトクマに聞いてみるといいさ。“どうする気なのー?”って。」


「でも、モトクマは最初、人間を知りたいという未練を断ち切れれば成仏できて、俺から離れられるって言ってたけど?」


「ははっwおもしろ。絶対嘘だね!あいつは地縛霊とかじゃなく、熊兄自体に引っ付いているんだよ。つまり、熊兄に未練があるって事でしょうよ。」


「え?俺に未練が?俺モトクマに何したんすか?」


「まあ、落ち着け。親友の俺が思うに、モトクマの本当の未練は“熊兄を助けたい”って思いだろうよ。熊兄を助けたい気持ちが無くならなければ、あいつは自分から離れる事が出来ない。そして断言できる。あいつは全然そんな事出来ない。」


男性は頭がパンクしそうになった。

情報の整理が追いつかない。


「ほんとあいつ、考えが甘いんだよなー。頭の中に、あんこが入ってるな。間違いない。」


モトクマは餅で出来ている説が確信へと変わったギンは、最後に笑って男性に言った。


「だからさ、俺は残りの時間を2人になるべく楽しんで欲しいんだ。…と言う訳で、モトクマのお守り、よろしく!」


ギンはそう言うと、男性にデコピンをした。


「はうっ!」


小学生以来のデコピンに動揺した男性は、ついにバランスを崩して仮想空間へと消えていった。

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