第30話 めでたし、めでたし、ゆるぎ石

「ギンさんただいまです。」


電車内で待っていたギンに声をかけながら、男性は比内地鶏のグループがいるボックス席を確認した。

まだコイジイは、仮想空間から帰ってきてないようである。


「言っとくけど、報告書を書き終わるまでが仕事だからな?熊兄。」


「わかってるよ。」


男性は早速ペンを手に取った。

呼吸を整え、報告書の用紙に集中する。

仮想空間の泥が綺麗に落ちて白色に戻ったモトクマの、「色黒ギン!」と言う訳の分からない喧嘩の声がどんどん遠のいていく。





『報告者氏名 モトクマ

夢の内容 ゆるぎ石(昔話)


この昔話は、“その年のお米が豊作になるかどうかを占える”という石の物語である。

まだ気象予測が難しい時代の日本では、飢饉が度々起こり、多数の犠牲者を出した記録がある。

豊作祈願の行事や祭りは日本各地にあり、当時から日本人にとっての重要な願いの一つだった事が伺える。


近くの街では直径3メートル超えの大太鼓で雨乞いをする祭りがあり、こちらは日照りによる干ばつ対策の行事だ。

それに対してゆるぎ石は、長期間の雨などによる冷害対策の行事である。』


ここまで書いた男性の耳に、周囲の音が少し聞こえてきた。

モトクマの、早く!早く!という声。

比内地鶏達の、コイジイさんが戻ってくる!と言う声……。

早く書き上げなければ。

目線を報告書から一切離さない男性は、さらにペンを走らせた。


『豊作の占いの話しと聞くと、一見ファンタジー要素のある、非科学的な話しに聞こえるが、実はそうでは無い。

石が動くほどの雨の降り方かどうかで日照不足や、植物が育つ気温にまで関連して考える事ができる。

恐らく、主人公にひらめきが降りてきたのは、日頃の経験や観察力の賜物だろう。

不思議な力は人間が説明しづらいだけで、理由はきちんとある気がする。

ただ、その力にあやかれるかどうかは、日頃の訓練や準備にかかっているように思う。

それが、いざと言うときに大切な一点に集中し、真実を見極められる力になるのだろう。


気象予測が徐々に精度を上げていく昨今。


この昔話は今後、

不思議な力だけに頼るだけでは無く、

科学ばかりを信用するわけでも無く、

両方を楽しめる新たな見方ができる昔話へと変わってゆく事ができるかもしれない。』


ここまで書いた男性はペンを置き、顔を上げてコイジイの方を見た。


どうやらコイジイは、窓から出てきたばかりのようだ。

男性は報告書を書きながら聞き耳を立てていたが、コイジイは戻ってからずっと、比内地鶏達と話をしていた。

まだ報告書は記入していないはずである。


「よし!俺、これ、勝ったでしょ!?」


男性は自信満々に振り返り、モトクマとギンを見た。


「だぁー!!ギンに負けたー……。」


「残念だったなーw」


思ってた反応と違う。

戸惑う男性は、2人に勝敗を確認した。


「ねーねー。俺勝ったよね?コイジイさんはまだ報告書書いてないよね?」


そう言ってコイジイの手元を見た男性は、空いた口が塞がらなくなった。

いつの間にかコイジイが持っている報告書には、恐らく梵字(ぼんじ)であろう文字が書いてある。


「コイジイはな、仮想空間に紙とペンを持って行って、行動しながら書くんだよw」


ギンがニヤニヤしながら解説してきた。


「あ!でもコイジイって、たまに電車で続き書く事もあるじゃん!まだ途中かもしれないよ?」


負けたショックで溶けていたモトクマが、息を吹き返した。


「そ、そうだよ。“報告書を書き終わるまでが仕事”でしょ?」


男性もモトクマの援護にまわる。

ギンは腰に手を当てて、仕方ないなと鼻でため息をついた。


「分かったよ。証拠持ってくるから待ってろ。」


そう言うとギンは、コイジイ達の座席へ向かった。

そして少し話した後、その場にいた子ダヌキを引き連れて戻って来た。

手にはクルクル丸めた筒状の紙を持っている。

恐らくコイジイの報告書だ。


「ほらよ、よーく見ろ大福。」


ギンが報告書を広げてこちらに見せた。


「大福って誰のことかな!……。あー。」


一瞬怒ってぷっくり膨れたモトクマだったが、コイジイの報告書を見てすぐにしぼんだ。

報告書には文字がギッシリ書いてあったのだ。

しかも裏まで。


「これが書き途中に見えるか?」


「ん~でもぉ~。」


モトクマが反撃しようとするが、何も武器が無い。

そわそわしているモトクマに、ギンはさらに追い討ちをかける。


「おい、ポン太。コイジイが出てきた時点で報告書は完成してたんだよな?」


「うん、そうだよー。あとね、コイジイさんすごいんだよ。おしごとしているところをみせて、とりのおねえさんたちのおなやみかいけつしたの。ぼくにはむずかしくてわからなかったけども。にんげんのゆめだけじゃなくて、おねえさんたちもたすけてた!」


「証言してくれてありがとな、ポン太。最後に頼みがあるんだが、いいか?この報告書をコイジイに返してくれないか?」


そう言うとギンは、コイジイの報告書を渡した。


「いいよー!」


天使のような笑顔で引き受けた子ダヌキは、そのままコイジイの席まで走って行った。


「完敗だぁ~!!」


再び溶けるモトクマに向かって、ギンはコップを持つジェスチャーをした。


「乾杯~♪」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る