第29話 秋田の昔話“ゆるぎ石”

「んじゃ、ルール説明するぞー。」


藍色電車のボックスシートに座ると、ギンが男性とモトクマに向かって言った。


「早く仕事を終わらせられたら、モトクマと熊兄の勝ち。仕事が遅ければ、俺の勝ち。…んで、肝心の早さの基準が…。あれだ。」


ギンは、通路反対側の席から2個隣のボックスシートを指さした。

なんだか一際賑わっている。


「あれは…。オコゼさん達に怒られた、ニワトリのグループですね。」


「自撮りをしていた比内地鶏だねー。」


「ちげーよ。そっちじゃなくて、そいつらが取り囲んでいる方を見ろよ。」


「とりかこ…。コイジイさんですか?」


「さすがコイジイ、モッテモテ!」


「そう!今回はユメノ鉄道大ベテランで、皆んなの頼れる爺さん“コイジイ”の、恋愛解析よりも早く仕事を終わらせる事が条件な。」


ギンがニヤーっと笑った。


「はうぅ~っんー…やってやんよ!」


モトクマは一回頭を抱えたが、自分の不安を振り払うかのように意気込んだ。


「ん?恋愛解析?」


首をかしげる男性の疑問を察して、モトクマが答えた。


「コイジイは毎回、恋愛関係の夢のかけらを解析している、恋愛相談のスペシャリストなんだよ。皆んなからの信頼も厚いから、ああやって若者の相談に乗ったりもするんだ。」


「へー。」


「コイジイさんは、みんなにやさしいすごいひとなんだよ!」


「「!?」」


突然の子ダヌキ登場に、男性は驚いて手が少し浮いた。

子ダヌキはニコニコ笑うとそのまま走って行き、コイジイと比内地鶏達の輪の中に入ってしまった。


「あの子、すんごい人懐っこいなぁー。」


コミュニケーション能力の高さに感心する一同だったが、立ち上がったコイジイを見てハッとした。


「やばい、コイジイが仮想空間に入る。お前ら準備しろ。」


ギンに言われてモトクマは、窓際に夢のかけらをセットした。


「いいか?コイジイと仮想空間に入るタイミングを合わせろよ?あと、報告書を書き終わるまでが仕事だからな。」


「了解です。」


罰ゲームをかけたモトクマ達の遊びに巻き込まれているとは露知らず、コイジイはいつも通り仮想空間へと入っていった。


「今だ!」


ギンの掛け声と同時に、男性は藍色電車の窓へとダイブした。


「いざ!秋田の昔話、ゆるぎ石の世界へー!」


「おー!」








ストン!


男性は、ポカポカ陽気の春の田園へと降り立った。


「モトクm…」


「んとねー。この昔話はね、その年のお米が豊作になるかどうか、石で占うお話だよー!」


「んー、早いな。まだ何も聞いてないけども。ありがとう。」


「兄ちゃんの考えてる事、だんだん分かってきたかも♪」


んふふと笑うモトクマの奥に人影が見えた。

農作業をしている住民だ。

しかしモトクマは、その住民に背を向けたまま、別の方を指さした。


「あ、田植えしてる人がいる!主人公かな?」


男性はモトクマが指す方向を見た。

確かに田植え中の人がいる。

……。

いや、田植え中の人達がいる。

しかもあちらこちらに。


「え、どの人が主人公?」


現代は機械で田植えをするが、昔は全て手作業だった。

そのため田植えの時期になると人手が必要になるため、子供も加えた家族全員が参加して田植えを行う事も多かった。


「1人ずつ声かけて、占い興味ある人探すか?」


「それじゃあ時間がかかりすぎちゃうよ!ギンに勝たなきゃいけないんだから!」


モトクマは男性の鼻を捕まえて、グイッと田んぼ全体の方に顔を向けさせた。

そして男性のおでこに移動し、両手でまぶたを引っ張り上げる。


「超広角レンズモード、オン!」


「だあぁー!!ドライアイ!!」


ドボン!


男性はモトクマを振り払った後(田んぼに投げ飛ばした後)、目を押さえてうずくまった。


「何すんねん!」


突然の事に驚いた男性の口から、何のゆかりも無い関西弁が出る。


「視野を広くして、よく観察して欲しかったんだよ~。」


田んぼから、泥まみれになった黒いモトクマが現れた。


「モトクマ、何遊んでんだよ。」


「え、投げ飛ばしたのは兄ちゃんなんだけど…。」


コツン!


このタイミングでギンからのメモ用紙が投げ込まれた。

モトクマは驚いた顔のまま、メモ用紙を広げてみる。


「ざまあw」


……。


「もー!!」


モトクマは次々と泥団子を空中に投げまくった。

しかし、仮想空間のエネルギーで出来た泥団子は、電車の窓を越える事は無い。

ギンは藍色電車の中で、ワイプを見ながら高みの見物をしていた。


「どうした?届かねーぞ?てかお前、そのサイズで黒いとタスマニアデビルだなw」


ギンはサラサラと書いたメモ用紙を丸め、ワイプの中に投げ入れた。


コツン!


モトクマは拾った用紙を見て、憤慨する。


「だれがタスマニアデビルだよ!こんな天使みたいなかわいい熊、滅多にいないでしょうが!」


泥を投げるモトクマは、さらに続けた。


「ふん!ギンのバーカ、バーカ!色黒!色黒ギツネ!」


「………?モトクマ、もしかして腹黒の間違いじゃないかそれ。色黒はお前だ。」


男性がモトクマに声をかけたが聞いてはいなかった。


「おーい、モトクマー。」


聞いていない。


「これがいわゆる、泥仕合ってやつか。」


男性は、ギンの時間稼ぎ妨害にまんまとはまっているモトクマを無視して、仮想空間の中を観察する事にした。





「思い出せ~俺。」


確かこの昔話の題名は、“ゆるぎ石”だ。

とりあえず、石が側にある田んぼが怪しい。


「…何個かあるな。」


そして、肝心の“ゆるぎ”…。

多分、揺れる石という意味だろう。

つまり、石を揺らそうとしている人を見つければいいわけだ。


「んー。手で押している人はいないか…。ん?」


男性は、田んぼ脇の岩に座ったり立ったりしている人を見つけた。


「怪しい。」


男性はモトクマを引きずって、その人物の元へと急いだ。


「あの、すみません。何をされているんですか?先程から立ったり座ったりしていらっしゃいますけど。」


「んぁ?あー、これか?田植えの占いをしているんだよ。」


ビンゴ!


男性とモトクマは目を見合わせて、この人だ!と頷いた。

ハイタッチを求めるモトクマ。

一瞬男性も応じようとしたが、泥だらけのモトクマを見てすぐに手を引っ込めた。


「へー、すごいですね。どうやって占うんですか?」


ハイタッチを無視して、男性は主人公に質問をした。


「この石の揺れ具合を見て占うんだよ。この石はお米の育たない年に座ると、グラッて動くんだ。」


「へぇ、不思議ですね。俺、結構占い好きなんですよー。」


「そうか、おらはそこまで好きでも無いけどな。」


「あ…。そうすか。」


気が合いますねアピールをしようと思った男性の作戦は失敗した。


「それに、何にも不思議じゃないよ。石に水溜りができているのを見て、おら、ピーンと来たんだ。」


主人公は、石のへこんでいる部分を指さした。


「雨が多い年だと、土が緩んでこの石が動くんだ。雨の期間が長ければ太陽もあまり出ないし、暖かくなりづらくて成長しないんだ。いわゆる、冷害ってやつだな。そんな年は、寒さ対策をして田植えをするんだ。」


「なるほど、揺れる石と水溜りをきっかけにして、そこまで推理されるとは…。素晴らしい見極めと判断力ですね。」


男性は普通に感心した。

占いが絡んでいる昔話だと聞いていたため、ファンタジー展開になるかと思いきや、意外と現実的だった。


「んだべか?なんか照れるなー。全体を見つつ、大切な事に意識を集中させるのがコツだべなー。」


「なるほど、勉強になります。」


ゆるぎ石のタイトル回収が完了した。

主人公との接触にも成功し、石の正体も分かった今、物語はここで終わりだろう。


「よし、モトクマ。帰るぞ…。どこ行った?」


キョロキョロする男性の耳に、遠くから叫ぶモトクマの声が聞こえた。


「兄ちゃーん!みてみてー!」


男性は、声が聞こえて来る田んぼのど真ん中を見た。


「すごくなーい?僕空飛んでいるみたいじゃなーい?」


「お前は常に空飛んでるじゃんか…。」


いきなり何を言い出すかと思った男性だったが、モトクマの下に広がる水面を見て納得した。

水面には青い空と雲が反射して映っている。

なるほど。

確かにこれだと、天高く空を飛んでいるように見える。


「僕、前から空中散歩してみたかったんだー。生きてる時、そばの山に空港が出来てさ。衝撃だったよねー、乗ってみたいんだよねー。」


「じゃあ次は人間に生まれ変わればいいよ。」


男性はそう言いながら、仮想空間のゲートである藍色電車の窓へ向かって走った。


「…。うん、そうだね!」


モトクマの返事に、少し間があったように聞こえたのは気のせいだろう。


「とりあえず、電車に戻って報告書を書かないと!」


2人は秋田の昔話“ゆるぎ石”の世界から出た。

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