第26話 めでたし、めでたし、傘かぶり石

「きつねのおにいちゃん。イベント列車ってなあに?」


青電車に乗る大人達の盛り上がりを見て、子ダヌキがギンに質問した。


「お?ぼうずは見た事ないのか。」


子ダヌキとすっかり仲良くなったギンが、一緒にドングリをつまみながら答える。


「この電車では、人間達の夢や願いを解析しているのは知ってるか?報告書を書いて、天国の神様に見て貰うんだ。神様は報告書を参考にして、地上の人間達に“幸せへのヒント”をお告げとして出すんだよ。」


「しってる!コイジイさんのおしごと!」


「そんでな、夢や願いを解析中に、本来の願いとは別で、一段階上の幸福が味わえるストーリーのルートが発見される事があるんだ。」


「もっといいおはなしになるってこと?」


「そうだ。元々一つだった夢が広がるんだ。だから電車の窓の空間も、もっとスペースが必要になるんだよ。」


「まどを、びよ~んってのばしたらいいの?」


「いや、窓は引っ張っても伸びないからな。普通は隣りの座席や、向かいの座席の窓ガラスを使うんだ。夢の広がり方によっては、2~3窓必要になる。」


「でもいまは、ほかのまど、おしごとちゅうだよ?」


「そうなんだ。電車一両あたりは14窓で、他の客の乗車率によっては足りなくなる事があるんだよ。その場合は、2両目を出現させて、窓を増やすんだ。」


「それをイベント列車っていうんだね!」


「正解だ、ぼうず。お前頭いいな。」


褒められた子ダヌキは、嬉しそうに尻尾を振っている。


「良かったわね、ポン太。お兄さんに褒めてもらえて。」


母狸が優しい声で言った。



「おい、見ろ。イベント列車が来るぞー!」


誰かの声が、青電車内に響いた。

一般客がその姿を見ようと、いっせいに通路へ出る。

子ダヌキも嬉しそうに飛び出るが、大人の動物達よりも背が小さいため、よく見えない。

ぴょんぴょん飛び跳ねる子ダヌキ。

ギンはその子ダヌキを捕まえて、ひょいと肩車をした。


「ほら。ぼうず、見えるかー?」


「うん、みえる!そらからでんしゃがはしってきたー!」


落ち着いた赤色をしているその電車は、桜の花びらともみじの葉をまといながら青電車と連結した。

乗客の中には、夢中でシャッターを切る者もいる。


ガシャン!


連結した2つの車両の繋ぎ目が美しい光に包まれ、一瞬のうちに二両目へと続く通路が完成した。


「車掌さーん!隣の車両に入ってみてもいいですかー?」


誰かがネズミの車掌に向かって確認する。


車掌は近くにいた、山の神様直属のオコゼの顔を見た。

オコゼは何も言わずに、コクリと頷く。

それを見たネズミの車掌は、マイク放送をした。


「許可が出ましたので、ご希望の方は今回だけ特別に乗車可能でございます。」


「よっしゃー!」


車掌の言葉で歓喜に沸く乗客達は、ぞろぞろと列を作ってイベント列車に乗り込んだ。


「おかあさん、ぼくたちもいこう!きつねのおにいちゃん、まえにすすんで!」


「こら、ポン太!まずその前に、お兄さんから降りなさい!」


イベント列車を指差しながらギンの上で暴れる子ダヌキに向かって、母狸が怒った。


「ああ、いいですよお母さんwこのまま行きましょう。出発進行~!」


子ダヌキを肩車したまま進むギンに向かって、母親はすみませんと謝りながら後をついて行った。



「はーい、到着しました!」


イベント列車の入り口まで来たギンは、肩から子ダヌキを降ろしてやった。


「わーい!」


降ろされた瞬間、ダッシュで中に入って行く子ダヌキ。


「こら!走らないの!」


声をかける母狸だったが、テンションの上がった子ダヌキには聞こえていなかった。


「ねえ、おかあさん!このでんしゃのいすへんだよ!これなに?」


「これは確か“掘りごたつ”っていう物だったかしらね。人間達が使う物だったと思うわ。」


「すごい!ぜんぶのいすが、ほりごたつだー!」


はしゃいで踊る子ダヌキは、天井から吊るされた飾りに目が止まった。


「おかあさん!あれはなに?」


「えーっとあれは…。何かしらね?きれいなお手玉みたいだけど…?」


「あれは、つるし雛(びな)ですよ。」


ギンが普通のトーンで狸の親子に説明した。


「ちりめんの生地を使ったりして、花や鞠(まり)などの飾りを作って吊るすんです。このユメノ鉄道は元々人間界にある電車を参考に作られているので、見た目や内装も真似て作られているんですよ。」


「そうだったんですか。ずいぶんお詳しいんですね?」


「いえ。人間に詳しい友人がいるので、たまたま聞いていたんですよ。」


「あら、そうだったんですね。」


「はい。いったい彼は、今どこで何をしているのやら…。」


ギンは眉間にしわを寄せ、イベント列車内でひときは目立ち、注目を浴びている窓を見ながら言った。





「ハックション!」


「…っ!?びっくりしたー。やめろよモトクマ!鼓膜破れるでしょーが!」


「ごべん兄ぢゃん…。だれががぼぐのうわさしでるみだい。」


ズズズー!


モトクマが鼻水をすすりながら言った。


「ヨダレの次は鼻水かよ。もう…。」


男性はお坊さんとの距離を20メートルほど離れながら後をついて歩いていた。


「ねえ、兄ちゃん。なんでお坊さんは僕達に離れて歩くように言ったの?」


「山オジを刺激したくないんだろ?まずは一対一で話したいんじゃないのか?まぁ、山オジにどこまで話が通じるかわかんないけど。」


男性は大石や、はり木石の時の話を思い出した。


「もし山オジが襲って来たらどうするの?」


「その時は仕方ない。俺が出て行って、熊として山オジを追い払うよ。段々四足歩行にも慣れてきたし、今なら熊のものまねも上手く出来る気がするんだ。」


そう言うと男性は、何もない所に向かって、威嚇の練習をした。


「ウー。アオゥ!」


………。


「まぁ、ツキノワグマって、声はあんまり迫力ないからねー。」


「これ、あれだな。人間の言葉で“てめぇ、何見てんだコラァ!”って言った方が相手には効きそうだな。」


そんなシミュレーションをしている二人に向かって、お坊さんは“しーっ!”と指を立てて合図した。

口に手を当てて黙る男性。

お坊さんが何やら前方を指差している。

見ると、少し離れた所に縄やら袋やらを持った大男が立っているのが見えた。


「山オジだよ兄ちゃん!(小声)」


男性はモトクマに分かってるよと囁き、林に隠れて様子を見た。

お坊さんはどんどん山オジに近づいて行く。

大丈夫なのだろうか。

躊躇なく近づいてくるお坊さんに、山オジの方も警戒し、身構えている。

今にも襲いかかるかも知れない。

現場は一気に緊張感に包まれた。

いざとなったらすぐ出て威嚇できるように、男性は鋭い爪を出して準備する。


お坊さんが山オジの前に着くまで、

あと7メートル。


…6メートル。


5メートル。


4。


3。


2。


……。


お坊さんの第一声は……。





「ちわーっす!山オジ、元気してる?噂通りいい体してんねー!立派な髭も生やして。よっ!色男!」


男性は口をあんぐり開けて、目を見開いた。

モトクマの顔は見えなかったが、きっと自分と同じ顔をしているだろう。


「何あれ兄ちゃん。チャラ男?パリピ?」


「よくわからんが、多分、どっちでも無いんじゃないか?」


お坊さんは静かな寒空の下、強靭なメンタルでフレンドリーキャラになり続ける。


最初こそ滑っている感この上なかったが、しばらくすると、不思議と見る方も慣れてくるのであった。

それは会話が通じにくい山オジも同じな様で、お坊さんの陽気さが伝わり、最終的には差し入れのおにぎりで親友かのように仲良くなってしまった。


「いや、確かに“こう振る舞わなければ”っていう考えをやめろとは言ったけども!」


「まさかの展開だね兄ちゃん…。」


しばらく観察していた男性とモトクマだったが、予想外な事に“まさかの展開”がさらに続いた。


お坊さんらしさを捨てて振る舞う友達に対して、普段は乱暴な山オジも“らしくない部分”を見せてくれたのである。

山オジは持っていた道具を取り出し、石を掘って、お坊さんの石像を作ったのだった。


「うーわ!すげぇ!天才じゃん!俺が持ってる傘の感じとか超似てる。やべぇ!」


その言葉を聞いて、男性とモトクマはハッとした。

お坊さんが生きている状態で、お坊さんの石像ができている。

この段階で傘かぶり石は、お坊さんの遺体ではなくなったのだ。


「君、繊細な技術持ってんの?いいねぇ~!どう?俺と一緒に来て、お地蔵様作ってみない?うちの寺で、その自己表現力を発揮しちゃおうぜ!」


そうしてお坊さんと山オジは、肩を組んで道を進んでいったのだった。


「僕達、置いてかれちゃったね。」


「そうだな。」


冬間近の風がやけに寒い。

もしかしたら、忘れられたショックが心にしみているのだろうか。


お坊さんは生き延び、山オジは職を得て、村人は今後怯える事も無くなった。


「帰るか、モトクマ。」


「ラジャー、兄ちゃん。」


男性は隠れていた林から道へ出た。


「青電車の窓ガラスから、だいぶ離れちゃったなー。こりゃ、帰るのに時間がかかるなー。」


そう言ってため息をつく男性の頭に、何かがぶつかった。


コツン!


「…?どんぐりだ。」


男性は上を見た。

どんぐりの木など、どこにも無い。


「兄ちゃんあそこ!!」


男性はモトクマが指す方を見た。

いつの間にかすぐ側に、仮想空間の出口である電車の窓があったのだ。


「なんでこんな所に…?まぁ、いいや。ラッキー!」


男性は、いきなり耳の中で興奮し始めるモトクマを無視して、傘かぶり石の世界から電車へと帰って行った。

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