第27話 青電車下車
「おー!帰ってきた。」
「お疲れ様ですー!」
パチパチパチパチ。
男性は仮想空間から電車に戻ると、沢山の動物達に拍手で迎えられた。
「え?…何?ドッキリ?」
状況に混乱している男性は、車両に飾られた吊るし雛(びな)を発見した。
よく見れば、座席もなんか違う。
「イベント列車だ!ぼぐも見だい~!(小声)」
耳の中で悔しそうにしているモトクマの声が聞こえた。
(「そうだ!モトクマ!」)
男性はとっさに耳を押さえて隠した。
よく分からないが、自分を出迎えてくれた動物達の後ろにオコゼの姿が見える。
「ど、どうもありがとうございます。」
ただ耳を押さえているだけでは不審に思われそうだと思った男性は、出迎えに照れてる風にして耳を押さえた。
「ごめんよー。ちょっと通してくれー。」
動物達をかき分けて、ギンが前に出てきた。
「すまんなーみんな。こいつはまだ仕事が残ってるんだ。俺らは先に失礼するよ!…ごめん、そこ。通してくれー。」
ギンは男性の背中を押しながら、片手で動物をかき分けて進んだ。
「頑張れよー!」
誰かからの応援に、ギンが代わりに答える。
「おう、どうもー!皆んなは到着までイベント列車を楽しんでくれー!」
男性達はイベント列車を出て、青電車の元いた座席へ戻ってきた。
「よし、熊兄(くまにい)。聞きたい事は色々あると思うが、まずは報告書だ。詳しい事は、後で話すよ。」
「わ、分かった。そうだね。」
男性は早速、傘かぶり石の報告書を書き始めた。
『報告者氏名 モトクマ
夢の内容 傘かぶり石(昔話)
この話のあらすじは元々、旅の僧侶が民家に泊めてもらったお礼に、村に危害を加える山オジを退治して石になるという話しである。
この話には、命をかけて悪に挑む者への敬愛の念と、成仏を願う思いが込められているだろう。
命をかけるヒーローはとてもカッコ良く、誰しも憧れる。
しかし実際、現実的に考えるとこういう展開はなるべく避けたい。
やるかやられるかの選択肢しか無いのだろうか。
別の選択肢が欲しい。
新しい、第3の選択肢が欲しい。
固定概念を捨てたい。
「こうしなければ」という固定概念を捨てたい。
自分にかけている制限を取り除きたい。
自由に自分を表現したい。
自分を表現する幅が広がると、他者との化学反応が生まれる可能性も、少しは高まる。
“夜はしっかり施錠”が当たり前の村で、家に招く住民。
立派で言葉遣いが丁寧な、お堅いイメージのお坊さんが、チャラくてフレンドリー。
乱暴で気性の荒い山オジが、繊細で丁寧な仕事をできる。
皆んなの“こう振る舞わなければ”を辞める事で、バッドエンドの物語も、真に“めでたしめでたし”と言える結末へ変える事ができる。
これまでの傘かぶり石の物語は、弔いの意味が強かった。
しかしこれからは、自己表現の大切さについて考えられる昔話へと変化するだろう。
人間界で、バッドエンドとグッドエンドの二つをセットで広められれば、それは可能となるはずだ。』
男性はここまで書いてペンを置いた。
背中を丸めて書き終わったタイミングで、横からギンが覗き込んでくる。
「ふーん。熊兄って真面目に見えて、実は変わってるよな。」
「よく言われるよw」
「熊兄の脳みそどうなってるんだ?」
「よし、僕が調べてみるよ!」
モトクマが、さらに耳の奥に入ろうともがいている。
「バカ!俺の鼓膜破る気か!?」
「お、すごーい!ふわふわの苔(こけ)が生えてるー。」
「それは苔じゃなくて生毛だ!今俺、熊だから、体毛が濃いんだよ。」
「熊兄の脳みそに苔が生えてるって、それ、頭使ってないって事じゃん。」
「え?俺今、バカにされてんの?」
モトクマが耳の中で、冗談だよとクスクス笑っている。
背中を丸め、顔を近づけてコソコソ話していた男性とギンだったが、イベント列車から青電車へ移動してくる動物達の気配を感じて姿勢を正した。
どうやら皆んな、下車の準備をするためにこちらの車両へ戻ってきたようだ。
男性はここで、青電車の速度が落ちていってる事に気がついた。
ガタン…ゴトン…。
ガラガラ。
電車は次のホームに止まり、運転席の後ろ側のドアが開いた。
「外からもイベント列車撮ろうぜ!」
「いいなそれ!すぐ撤収して、また青電車一両だけになるんだろ?今がチャンスだ!」
誰かがそう言って電車を降りて行く。
それを聞いて他の乗客達も、いつもより足早に電車を降りて行った。
狸の親子やコイジイ、オコゼ達が出口に向かって行く中、男性達は最後に降りるために少しの間座席に座っていた。
あまりオコゼに背後を取られたくなかったのである。
ホームでの写真撮影大会が盛り上がっている中、最後の乗客である男性は、報告書を両替機へ入れた。
「お疲れ様でした。ただいま読み込みに時間がかかっておりますので、しばらくお待ちください。」
ネズミの車掌が男性にそう告げる。
なんだか今回の車掌はイケメンだ。
今までの車掌はネクタイだったが、このネズミはスカーフをしている。
しかもピアスまで。
ジャラジャラ、ジャラジャラ…。
「お待たせ致しました。今回の報酬です。お受け取りください。」
機械の排出口を見て固まる男性に、ネズミの車掌が声をかけた。
「あ、はい…。」
一瞬、機械の故障かと思った男性だったが、車掌の冷静さを見ると、そう言う事でもないらしい。
男性は恐る恐る、枚数を確認した。
「1、2、3、4……。28枚ある。」
再び固まる男性の肩を、ギンがバシッと叩いた。
「やるじゃん!」
そう言ってギンは、自分の運賃である6文を支払って外に出た。
「そうだ!車掌さん。」
男性はネズミの車掌に顔を近づけ、外にいる人達には聞こえないように小声で話した。
「あの。もしかしたら仲間の方からお話を聞いているかもしれませんが、今自分、2人で乗っているんです。それで…。赤電車とオレンジ電車の分もまとめて支払う事ってできますか?」
かなり身勝手なお願いをしているという自覚は、男性にもあった。
本来であれば、赤電車とオレンジ電車の車掌さんの所まで行き、直接謝ってお支払いするべきなのだろうが、それを全部青電車の車掌に丸投げしたいと言うのだ。
「分かりました。こちらでお預かりいたします。それでは今回のお支払いは合計で、24文となります。(小声)」
良い人だ。
良い人すぎる。
男性は何度もありがとうございますと言いながら、精算機に24文を支払った。
「青色は第五チャクラの色です。“自己表現”に困ったら、またいつでもご乗車ください。」
ネズミの車掌はそう言って、青電車から降りる男性を優しく見送ってくれた。
「兄ちゃん優しい人で良かったね!(小声)」
モトクマが耳の中で嬉しそうに言った。
「ねーねー兄ちゃん。僕もイベント列車見たーい!(小声)」
「えっと…それは…。」
男性はオコゼ達の位置を確認した後、ギンにこっそり相談した。
「はぁー?…まぁ、じゃあ。オコゼの死角になる所からなら。遠くから一瞬だけだぞ?」
「わーい!(小声)」
3人は、人だかりから少し離れた場所に移動した。
「おほほー!!」
モトクマのテンションが上がった。
「あのね、兄ちゃん。イベント列車っていうのはね、人間界にある実際の電車をモチーフにしててね。電車の窓ガラスの容量が足りなくなると現れるの。あ、言わなかったっけ?ユメノ鉄道の窓ガラスには容量があってね…。」
モトクマはどんどん早口になっていき、男性に“この世界でのイベント列車について”を教えた。
耳の中からするモトクマの説明を聞きながら、元々電車が好きだった男性は、うんうんと頷く。
ギンにはその声が聞こえてはいないが、モトクマがヒートアップしているのだろうと簡単に予想がついた。
これは話が長くなるだろう。
地面にあぐらをかいて頬杖をついたギンは、写真撮影をしている動物達をぼーっと見つめた。
「いえーい!」
パシャー。パシャー。
ギンはふと、電車を取り囲む動物達の中でもひときわ騒いでいるグループが目についた。
常に花びらと紅葉(もみじ)をまとっているイベント列車が写真映えするのは分かるが、それにしても電車にベタベタしすぎだ。
寄りかかって自撮りをし始めてから一向に離れようとしない。
いったい何十枚撮る気なのか。
「そろそろ発車します。危ないので離れてください。」
車掌のアナウンスが電車から聞こえた。
それはもう、滑舌がはっきりしたイケボで、電車から一番離れているギン達の所まで聞こえる。
自撮りグループに聞こえないはずは無い。
しかし…。
パシャー、パシャー。
彼らはまだ動かない。
「まずいなこれ。」
頬杖をやめたギンが、ボソッと言った。
オコゼ達の怒りゲージが、どんどんあがってきている。
ホームのピリつく空気に、最初に彼らへ注意しようとしたのは、一番歳の若い子ダヌキだった。
「あのー、すみません。ほうそうしてます…。」
大人よりも先に、よく勇気を出して言ったものだと、ギンは感心した。
しかし、やはり怖かったのだろう。
声が小さすぎる。
近くの大人達でさえ聞き取る事は出来なかった。
その場で子ダヌキの言葉を理解できたのは、読唇術ができるギンだけであった。
「あの……。!?」
再度注意をしようとした子ダヌキだったが、一瞬で間に入ってきた黒い影に身がすくみ、動けなくなってしまった。
本当に一瞬の出来事だった。
山の神様直属なだけあって、オコゼ達が発する気はとても強い。
近くにいた者は皆固まり、怒りを向けられた自撮りグループは当然動けるはずも無かった。
オコゼ達3匹は目にも止まらぬ速さで空(くう)を裂き、自撮りしていたスマホをバッキバキに噛み砕く。
1匹が噛んですでに割れている大きな破片も、容赦なく他の2匹が拾って噛み砕いた。
するとすぐに3匹はスマホを吐き捨て、一か所に集まる。
彼ら3匹は合体し、自動車ほどの大きさのオコゼへと変身した。
そのまま口を開け、恐竜映画の様な鳴き声を出しながら自撮りグループへと迫る。
「ギャーー!!」
「きゃーー!!」
自撮りグループはやっとの思いで身をかがめ、その場に座り込んだ。
ドシャン!!
通常の見た目のオコゼよりも若干化け物バージョンになっているオコゼが、イベント列車に頭突きで突っ込んだ。
車両はべっこりへこんでいる。
動きが止まった気配を感じた自撮りグループは、つむっていた目をゆっくり開ける。
「……!?」
オコゼの口があんぐり開けられ、自分達は飲み込まれる寸前の状態だった。
グルルルと威嚇音を出すオコゼに怯え、自撮りグループは身動きが取れない。
「これ、若いの。迷惑をかけたら何て言うんじゃ?」
コイジイが出てきて声をかけた。
「ゴ、ゴメンナサイ…。」
自撮りグループはかすれた声を、弱々しく振り絞って言った。
オコゼはそれを聞き、変身を解いて3匹に戻った。
「分かればよろしい。以後気をつける様に。」
そう言うとオコゼは、ホームにいる動物達の方を向いた。
「皆、お騒がせして申し訳ない。我々はこれからイベント列車を車両基地まで運ぶため、これで失礼する。」
するとイベント列車のドアがガラガラと空き、新人の柴犬2匹が乗り込んだ。
「出発の準備をしろ。」
リーダーっぽいオコゼの合図に、2匹のオコゼは素早く乗車し、運転席に入って行く。
それを見届けると、オコゼのリーダーは子ダヌキの元へと近づいて行った。
「怖い思いをさせてすまなかったな。これはお詫びだ。」
そう言うとオコゼは、ユメノ鉄道のステッカーシールを何枚か子ダヌキに渡した。
「ありがとうございます。」
怯えながらもお礼を言う子ダヌキ。
そして、オコゼのリーダーはもう一度動物達に一礼すると、イベント列車へと乗り込んだ。
ファーン!
青電車は汽笛を鳴らして、ホームを出て行く。
それと同時にイベント列車は、花びらと紅葉を巻き上げながら、空へと消えていった。
「はー、びっくりしたー!」
無人駅のホーム全体の緊張感が、ここで一気に解けた。
「狸のぼうずやるなー!」
しばらくの間子ダヌキは、ホームにいた大人達に褒められて顔を真っ赤にする事となった。
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