第25話 イベント列車出現
気合いが十二分に入っている男性は、あっという間に村へ着いた。
「主人公のお坊さんはどこだろう。もう民家に泊めてもらっているのかな。」
2人は村を歩き、お坊さんを探した。
「あ、兄ちゃんいたよ!」
モトクマの声と同時に、男性もお坊さんを見つけた。
お坊さんは一軒の家へ近づいてゆき、扉を叩いている。
トントントン。
「夜分にすみません。私、僧侶をしている者です。現在旅をしておりまして、よろしければ一晩こちらに泊めていただきたいのですが…。どなたかいらっしゃいませんか?」
シーン……。
返事が無い。
「誰も出てこないね兄ちゃん。」
「もう眠ったんじゃないか?」
「え、うそ!確かに日は落ちているけど、まだ人間が寝るのには早くない?」
モトクマは耳から少し顔を出して、星の位置を確認した。
「モトクマ、そんなに顔出すなよ!この昔話にいる間は、俺らワイプで抜かれてるんだぞ?青電車の窓ガラスに俺ら映っているんだぞ?オコゼさん達に見られたらどうするんだよ。」
「ちょっとぐらい大丈夫だよー。たぶん。ギンが上手いことごまかしてくれるだろうし…。」
「ほんとに…?」
のんきに話すモトクマと男性の会話。
その様子を青電車の中から見ていたギンが、チッと舌打ちした。
(「あぁの!大福ヤロウ!」)
ギンは心の中で怒りながら、オコゼ達の方をこっそりと見た。
3匹のうち1匹が、あちこちの窓を見ながら通路を進んでこっちにくる。
ギンは深呼吸をして怒りを収めると、オコゼがすぐそこまで来るのを待った。
そして、自分達のボックスシートまであと1メートルに来たタイミングで、ギンは通路を横切り、反対側の窓を見ながら楽しそうな声を出した。
「わぁー、やっぱすげぇなコイジイの仕事ぶりは!仮想空間の人間の表情がいきいきしてんな!」
オコゼはギンの言葉に気を取られて、コイジイが入った窓ガラスに顔を向けた。
つまり、モトクマ達のガラスには、背を向けた状態となる。
ギンは、楽しそうなテンションを続けたまま座席の背もたれの部分によじ登り、2個先のボックスシートを見た。
「新人くん達にもベテランの姿を見せてやりたいよ…。おや?あの新人くん大丈夫かな?」
ギンは片手をおでこに当てて、遠くを見る格好をした。
オコゼはそれに釣られて、2個先のボックスシートを見ながらゆっくりと進む。
モトクマ達の席を通り過ぎるまで、あと少しだ。
「わぁっ!」
ギンは電車の揺れに合わせてわざとバランスを崩し、背もたれの上から通路に落ちた。
そして落ちる時、宙に浮いているオコゼの背中にぶつかるように気をつけた。
よって、オコゼは押されてモトクマ達の席を見ずに通り過ぎる事となったのである。
「あぁ!オコゼさんすみません!お怪我は無かったですか?」
「いや、大丈夫だよ。君の方こそ大丈夫かね?」
「あ、はい!大丈夫です。ありがとうございました。失礼します。」
そう言うとギンは、軽く会釈をした。
注目を浴びているため、もし今すぐにギンが座席へ戻ると、モトクマがバレてしまうかもしれない。
ギンはその流れで通路を進み、2個先のボックスシートをチラ見しながら、車両に設置されているトイレの個室に入っていった。
オコゼはギンが最後にチラ見した新人が気になり、そのまま空中を進んでいく。
こうしてギンの努力により、オコゼはモトクマを見ずに通り過ぎていくのであった。
「きつねのおにいちゃんすごーい。」
一部始終を見ていた子ダヌキが、どんぐりを食べながら小声で呟いた。
その子ダヌキの背後には、のんきな顔で頭を出すモトクマが、バッチリワイプに映っていた。
「そろそろ隠れろよモトクマ!」
あまりにも顔を出しまくるモトクマに少しイラついた男性が、自分の耳にぎゅーっと押し込めた。
「分かったよ兄ちゃん。ごめんって!」
モトクマが潰されながら、もごもご謝った。
「てかこの話、いつになったら進展あるの?あのお坊さん、全然民家に泊めてもらえてないんだけど。どの家も、扉すら開けてくれないんだけど?」
ギンが電車で頑張っている間、男性とモトクマはお坊さんを尾行し続けていた。
「拒否され続けて、村はずれの家まで来ちゃったねー。」
トントントン。
「夜分遅くにすみませーん。私、旅の僧侶でして、よろしければ一晩こちらに泊めていただきたいのですが…。」
シーン。
「やっぱダメかー。」
ガラガラ。
「空いた!」
「空いた!」
男性とモトクマの声がそろった。
自分達が泊まる訳でもないのに、なんだか嬉しい。
「あれまー、本当にお坊さんだ。どうぞ中に入ってください。」
住民はお坊さんを家の中に入れると、すぐに扉をピシャリと閉めた。
「あれ。俺ら締め出された?」
男性はすぐに扉の前まで行き、開こうと試みるが開かない。
「全然、開かない…。全然覗けない。」
「きっと引き戸に、つっかえ棒をしているんだよ!」
男性は扉を開けようとするのを諦めた。
どこからか中の様子を伺える場所は無いものだろうか。
せめて声だけでもいい。
会話の内容が聞きたい。
男性は家を周りながら、時折壁に耳をつけたりして、会話が一番よく聞こえるポイントを探した。
「さあさあ、外は寒かったでしょう。もし夕食がまだであれば、我々と一緒にどうですか?」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて、お願い致します。」
何を食べているかは見えないが、食器の音や咀嚼音などが聞こえてきた。
固く閉ざされた扉や窓の隙間から、なんだか美味しそうな匂いがしてくる。
「この匂いは、きりたんぽか?…それか、だまこもちのどっちかだな。」
「きりたんぽ…。だまこもち…。」
いきなり雨が降ってきた。
と、思ったら違った。
「わぁ!?おい、モトクマ。ヨダレたらすなよ!」
耳の中にヨダレを垂らされてはかなわないと、男性は頭を下げて少し下向きになった。
「良いよねー料理って。食べた事は無いけど、エアーお食事会なら何回もひとりでしたことあるよ!」
えへへとヨダレを拭きながら、目尻が緩んだモトクマが言った。
「エアーお食事会?」
初めて聞く言葉だ。
「憧れなんだー♪基本的に、料理が楽しめるのは人間だけでしょ!?僕ら野生動物には難しいもん。すごい事だよね!?ねぇねぇ!やっぱり、ご飯の時って毎回幸せな気持ちになる?仲の良い人と一緒に食べると美味しくなるってホント?デザートとスイーツってどう違うの?お菓子とおやつって同じ?教えて兄ちゃん!」
初めはヨダレを垂らしてほわほわしていたモトクマだったが、徐々にオタクスイッチが入り、早口になってきた。
「お、おう。そうだな、後で教えるよ。……あ!ほら、お坊さん達が何か話してるぞ。」
“デザートとスイーツの違い”と聞かれて戸惑ってしまった男性は、話題を急激に方向修正した。
「人間って、毎日が特別なのいいなぁ~♪」
モトクマが、楽しそうに耳の中で左右に揺れる。
それと一緒に、男性の耳も片方だけ不自然に動く。
(「ダメだ!モトクマのオタクモードに巻き込まれてはいけない!しっかり任務を遂行するんだ、俺!」)
男性は心の中で自分に喝を入れ、お坊さん達の会話に集中した。
「ごちそうさまでした。本当に助かりました。ここまで来る間に何件か尋ねたのですが、どのお家も反応が無かったのです。皆様おやすみになられているのでしょうね。」
男性はお坊さんの声を聞いていて、少し引っかかった。
なんだか無理に笑って話しているように聞こえる。
何だろう、怒っているのだろうか。
「あぁ、お坊さんすみません。確かに寝ているお家もあったと思いますが、わざと居留守をした家もあったと思います。でも、それには理由があるのです。」
やっぱりなと男性は思った。
ずっとお坊さんを尾行していたが、明らかにお坊さんに気づきながら居留守を決め込んだと感じるお家も何軒かあったのだ。
「ほう。理由とは何ですか?」
お坊さんの声のトーンが少し下がり、真剣な感じがする。
男性が先程感じた違和感は、やはり気のせいだったのだろう。
いつも冷静沈着なイメージのお坊さんが、怒るはずがない。
「実は、そろそろ山オジが盗みをしに村へやってくる時期なのです。厳しい山奥で暮らしているので、食べ物に困ったら村まで降りてきては略奪暴行を繰り返しているのです。そのため、冬が近づくと村の者は警戒心が強くなるのです。」
「そうだったのですか…。…分かりました。ではその問題、私が解決致しましょう。」
ドタドタドタ。
人の移動する音が聞こえる。
「あ、やばい。」
「兄ちゃん!お坊さん外に出てくるんじゃない?」
男性は慌てて物陰に隠れた。
ガラガラガラ。
家の扉が空いた。
「お坊さん!?いったいどちらに行かれるんです?」
住民が驚いて聞いた。
「ちょっと見回りに行ってきます。」
「今からですか?山オジに出くわしたらどうするんですか?」
「山オジに会ったら、悪さをしないように言って聞かせましょう。大丈夫です。すぐに戻って来ますので。」
そう言うとお坊さんは家を出て行ってしまった。
「よし、ここからが本番だな。」
そう言うと男性は、お坊さんの後を急いで追いかけた。
「あのー、すみません。こんな夜に、いったいどちらへ行かれるのですか?」
「ん?おや、熊さんこんばんは。ちょっと見回りをしているところなんですよ。」
「そうなんですね。でも、どうしてこんな夜に見回りしているのですか?」
「実は今晩、民家に泊めてもらう予定だったのです。ですが住民の方を見ると、目の下にクマが出来ていたのに気づきました。私とおんなじですw」
そう言うとお坊さんは自分の目の下を指さした。
確かにお坊さんの目にはクマがある。
「かわいそうに。不安で夜も眠れないのでしょう。そこで安心して頂くために、これから不安の原因を解決しに行く所なのです。」
「え~、でもぉ、お坊さんが出て行ったっきり帰って来なくなったら、もっと不安になっちゃうよー?」
モトクマが姿を見せずに声を出したので、お坊さんは驚いて身構えた。
「ややっ!?今の声聞こえましたか!?どこかに霊がいるようです!」
お坊さんは数珠を取り出した。
「ああ、すみません。大丈夫です。俺に取り憑いてるやつなんで。」
「何と!あなた取り憑かれているのですか?そしたら、私が祓ってあげましょう!」
「ああ!大丈夫なんで、ホント!守護霊みたいなもんなんで。」
お坊さんと男性のやりとりが面白くなってきたモトクマは、クスクス笑った後に守護霊っぽい声色で喋り続けた。
「我はこの者の守護霊である~。そなたはこれより先に行くと石になってしまうであろ~う。山オジの所へは行かずに、今すぐ引き返すがよい~。」
「おぉ、これはすごい!山オジの所へ行くとは言っていなかったのに見破られるとは!本物の守護霊様でしたか!」
モトクマが耳でクスクス笑っている。
「おい、モトクマ。ふざけるなよ!」
「守護霊様。私が“石になる”とはどう言う事なのですか?」
「ほら見ろ、信じちゃってるでしょうが。」
「(ど、どう言う事?えっと…)そなたが石になるのは運命なのだ~。だが、運命は変えられるのだ~。旅の僧侶よ~。今すぐ民家に戻るのだ~。」
(「ナイス、モトクマ!」)
とりあえず、お坊さんの身の安全を確保しなければならない。
「そうですよお坊さん。あとは俺が見回りしますから。お坊さんはお家でゆっくりしてて下さい。お坊さんだって寝てないんでしょ?」
「いえ、私は大丈夫です。それより私は村人達が心配です。直接会ってはいないですが、恐怖を感じます。旅人の私に対して、家の扉だけではなく、心も閉ざしてるように見えます。やはり私は行かなければ。」
「もう、なぜですか!」
男性は少し怒ったように言った。
「お坊さん、怖くないんですか?石になるって言っているんですよ?お坊さんらしく、正義の振る舞いをしなきゃいけないって思いすぎてませんか?辛いとか怖いとか腹が立つとか、少しぐらい言ってもいいと思います。村人に気を使って、自分の気持ちを抑えていませんか?」
男性の強い圧に、お坊さんとモトクマは黙ってしまった。
さすがにここまで強く言えば、お坊さんも引き返してくれるだろう。
これでとりあえず、お坊さんの安全確保はクリアだ。
そう思っていた男性とモトクマだったが…。
「ご心配していただき、ありがとうございます。なるほど。“お坊さんらしく振る舞わなければいけない”、“こういう自分であらなければいけない”という考えは、自分を制限してしまいますね。自分で可能性をせばめるのは良くないですね。さっきまで山オジに、どう説教しようかとばかり考えていましたが…。いい事を思いつきました!」
そう言うとお坊さんは、山の方へどんどん歩いて行った。
「兄ちゃんどうすんの!?全然説得出来てないじゃん!」
「わかってるよ、うるさいなー!今考えている所だから!」
若干パニックになりながら、2人はお坊さんの後を追った。
男性とモトクマが仮想空間で混乱しているその頃、青電車内はそれ以上の混乱が起きていた。
ポロロローン、ポロロローン。
電車内のチャイムがなり終わると、ネズミ車掌はマイク放送でアナウンスをした。
「えー。ただいま当車両の仮想空間の一つで新しいイベントが発生致しました。それに伴い当車両の仮想空間データ容量の空きが残りわずかとなりましたので、臨時でイベント列車を出現させます。よってここからは、二両編成で運行させていただきます。」
放送が終わると、車内の一般客が一気にざわつき始めた。
「すげー!イベント列車久しぶりじゃね?」
「俺、写メ撮ろー。」
「私初めて見るわ!」
乗客の視線が一気に車両後方へと注がれる。
「まさか、新しいイベントを発生させた仮想空間って、お前らか?」
座席で足を組むギンが、窓ガラスに映る男性達を見つめた。
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