第24話 秋田の昔話“傘かぶり石”
小さいモトクマを耳にセットした男性は、ギンと一緒に青電車へ乗った。
今回はなんだか、いつもより乗客が多い。
一両でしか走っていないユメノ鉄道の電車でも、前回までは乗客が数人しかおらず、空いている席はすぐ見つかる。
だが今回は、かなり微妙な人数だ。
座席に着くために、通路には列ができている。
「お前さん、新人さんかい?」
列の前の方からコイジイの声が聞こえた。
「あ、はい!そうです。僕達初出勤なんです。よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
元気でハキハキした声が2人分聞こえてきた。
「あ、新人がいるからオコゼが3人も来てるのか。通りで…(小声)」
モトクマは、合点がいってスッキリしたような声だ。
空いている席を探しながらチラチラ乗客を見ていくと、ボックスシートでオコゼと向き合いながらガチガチに固まっている柴犬を見つけた。
きっとこの子が新人さんなのだろう。
心の中でがんばれとエールを送りながら、男性は車両の先頭まで来た。
…いや。
車両の先頭まで来てしまった。
「空いてるボックスシートが…ない。」
男性はすぐに、ギンの顔を確認した。
目を細めて顔をくしゃっとさせている。
「チキショー。一般客と相席するしかないか。」
「相席…。」
相席となると、本格的にギンとは下手な会話ができない。
不審な会話をしていれば、すぐそこにいる神様直属の魚に報告書されてしまうかも知れない。
どうしようかと考えて立ちつくす2人に向かって、優しそうな女性の声が聞こえてきた。
「あの、よろしければこちらどうぞ。」
男性が声のする方へと振り向くと、そこの座席には狸の親子が座っていた。
「くまのおにーちゃんここあいてるよ!」
見覚えのあるその子ダヌキとは、以前駅で会った事がある。
あの時は、騒いでいる男性とモトクマを見て“あの2人変だよー!”とホーム中に聞こえる大声で言われた。
「ありがとうございます。」
その事を知らないギンは、母狸にお礼を言って席についた。
大丈夫だろうか。
また大声で叫ばれないだろうか。
立ったまま固まっている男性に気づき、ギンは小声で喋った。
「どうした熊兄。もうここしか場所ないぞ?(小声)」
「そ、そうだね。失礼します。」
ギンは立ち上がって男性を窓側へ押し込み、自分は通路側へ座った。
男性の向かいには、あの子ダヌキが座っている。
またあの時のようにジロジロ見られるのだろう。
男性は耳の中ができるだけ見えないように、窓の方を向いた。
電車はまだ動かない。
「…?」
窓の外をしばらく見つめていた男性だったが、途中から窓ガラスに子ダヌキの顔が反射している事に気がついた。
子ダヌキの方はそれには気がついていないようだ。
ジロジロ見ていた前回とは違い、今回はずっとうつむいたままだ。
時折チラッとこっちを見るが、またすぐにうつむいてしまう。
男性は気になり、ついこちらの方から子ダヌキを見てしまった。
子ダヌキは慌てて視線をそらす。
男性は確信した。
前回とは違いこの子は、自分を見ないように努力している。
すると落ち着かない我が子の頭を優しく撫でて、母親がこちらに話しかけてきた。
「今日はいいお天気ですねぇ。熊さんと狐さんのお二人で、どこまで行かれるんですか?」
「ええ、ちょっと。天国前の駅まで仕事で…。」
ギンがいつもとは違う、丁寧な口調で話した。
「まあ、それはそれは。お疲れ様です。お二人とも頑張って下さいね。」
「ありがとうございます。」
男性は、2人の会話の後に子ダヌキがボソッと言った一言を聞いて、心の中で驚いた。
「うん。ふたり…。」
…バレてる。
この親子には絶対にバレてる。
ネズミの車掌の時と一緒だ。
3人旅なのをわかった上で、あえて2人でどこへ行くのかと聞いてきたのだ。
それはつまりこの親子が“私達には2人旅に見えます”と、遠回しに言ってくれているということだ。
この世界はなんていい人達ばかりなんだろうか。
気を使わせてばかりで申し訳ないが、色んな人が見守っていてくれるというのは本当にありがたい。
「あの。ありがとうございます。」
男性は母狸にお礼を言った。
「いえいえ。あっ、ほら電車が動き出しましたよ。頑張って下さいね。」
男性は沢山の人に見守られながら、秋田の昔話“傘かぶり石”の中に入っていった。
スタッ!
「…暗い。今回の昔話は夜の設定か…。」
「うん。そうだよー!」
「わぁ!?」
一人で仮想空間に入ったつもりだったが忘れてた。
耳にはモトクマがいたのだ。
「ごめん、いたんだね。忘れてた。」
「ちょっとちょっと~!忘れないでよぉ~!」
顔は見えないが、おそらく口を尖らせているだろう。
「もう!音漏れ対策のために電車ではなるべく喋らないでいたけど、ここでは声だけで参加するよぉ~!」
「分かったwよろしく頼むよ。」
男性は少し冷える夜空の中、辺りを見回しながら言った。
「向こうに灯りが見える。民家かもしれない。行ってみようモトクマ。」
男性は4本足を使って、小走りで進んだ。
「モトクマ。今回は今までと違って、お坊さんの人命がかかっているんだよな。俺は今回、お坊さんを救ってあげたいんだ。」
「兄ちゃんならそう言うと思ったよw」
モトクマが、フフフと笑う声が聞こえた。
「実はお話の最後はね、“お坊さんが石になってしまいました”じゃなくて、“お坊さんの形をした石が発見され、犠牲になってくれたのだと村人は手を合わせました”的な感じで終わるの!」
「つまり、まだワンチャン、死亡エンドを回避できるかもしれないって事!?」
「そういう事!」
「よっしゃー!モトクマ。気合入れていくぞー!」
「おーー!」
男性は灯りが見える村を目指し、どんどんスピードを上げて走っていったのだった。
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