第23話 青電車乗車

この世界は不思議だ。

電車を乗り継いで進めば進むほど、空の光が強くなる。

かと言って、夏のようにギラギラした光では無い。

ふんわりした、体と心を包み込むような優しい光だ。

男性は、電車旅の途中でホームに降りる度に暖かい気持ちになっていた。


…なっていたはずなのだが、今回の駅はいつもの心地よさが感じられない。

男性は以前、モトクマから監査の話を聞いた事があった。

ユメノ鉄道の社員さんが、きちんと報告書作成しているか見回る事があるのだと。

その時は電車内に緊張感が伝わり、一般の乗車客までピリピリしてしまうらしい。


これが。

今のこの状態がまさにそれなのか。

今回の無人駅のホームには、山の神様直属の部下であり、ユメノ鉄道の社員さんでもあるオコゼの皆さんが3名いらっしゃっている。

まるでここが水の底でもあるかのように、オコゼさん達は空中を泳いでいた。

男性は目が合わないように、必死で真逆の方向に首を向け、一点をひたすら見続けた。

いつもであればモトクマとおしゃべりするのに夢中で、あっという間に電車が来るはずなのだが、今回は全然電車が現れない。

こんなに時間を長く感じたのは久しぶりだ。


緊張で七不思議石よりもガチガチに固まっている男性を見て、ギンはホームの端まで連れて行って話しかけた。


「大丈夫か?熊の兄ちゃん。心配すんな。俺もモトクマもついてる。(小声)」


ギンは男性の背中にそっと手を当てた。

手の暖かさが背中を通して、男性の心まで伝わっていく。

ギンの手が背中をさする度に、緊張がほぐれていくのを感じた。


「ありがとうございます、ギンさん。次の電車でも頑張れそうです。(小声)」


「おう、そりゃ良かった。電車の中は狭いから、今みたいにコソコソ話しはできないからな。今のうち俺らに言いたい事があったら言っとけ?(小声)」


モトクマも耳の中で、そうだよと言っている。


「えっとじゃー。モトクマに質問なんだけど、次の昔話ってどんな話なの?先に知っておきたいんだ。(小声)」


オコゼの監査の目が光っている中、次回は目立ったサポートは期待できず、ほとんど男性1人で解決しなければならない。

本当はひとりで抱え込む事はよく無いのだろうが、ある程度の責任感は持って行動するべきだろう。

あらかじめ出来ることはやっておきたいのだ。


「分かった。えーっとねえ、昔話の題名は“傘かぶり石”って言うの。旅人のお坊さんが、民家に泊めてもらったお礼に、悪い山オジを退治しに行って石になっちゃうお話だよ。(小声)」


「何それ、バッドエンドじゃん。(小声)」


「ん、なんだ?バッドエンドなのか?(小声)」


モトクマは男性の耳に隠れて喋っているため、男性には聞こえるが、ギンには聞こえていなかった。


「まぁ、俺はいいや。熊兄(くまにい)がわかれば。(小声)」


「くまにい?」

「くまにぃ?」


男性とモトクマの声がそろった。


「熊の兄ちゃん。略して熊兄(くまにい)だ!いいだろ?そう呼んでも。」


ギンは照れて、かるく体当たりをしてきた。

男性は嬉しくなり、満面の笑顔で頷く。


……ガタン……ゴトン。

フアァーン!


男性の緊張もほぐれた所で、丁度よくホームに次の電車がやってきた。

電車はとても可愛らしい、ポップな青色をしている。


「よし、2人とも行こうか!」


「おうよ!」


「いざ!秋田の昔話“傘かぶり石”の世界へー!(小声)」


3人は元気よく、乗車待ちの列へと向かって行った。

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