第22話 緑電車下車

昔話のはり木石が終わり、男性とモトクマは緑電車の座席へ戻ってきた。


「おつかれ~。」


留守番をしていたギンが、足を組みながら2人を出迎えた。


「サポートありがとうギンさん。」


座席に腰を下ろしながら言う男性に対して、ギンは短くおう!と答えた。

今回は、ほぼトラブルもなく物語が進行していったため、電車内で報告書を書ける時間がたっぷりある。

男性は早速ペンを取り出して、報告書作成に取り掛かった。


『報告者氏名 モトクマ

夢の内容 はり木石(昔話)


山で怪我をしている所を助けられた白狐の、恩返しの話。

白狐は、山オジに占拠された薪割りの作業場に現れる。

そこで山オジを操り、沢山薪割りをさせて体力を削った後に薪を石に変える事で、体力も気力も奪って山オジを退散させた。


この昔話では、“情けは人の為ならず”を学ぶ事ができる。』


「わっ♪出た出た!兄ちゃんそれ、ことわざだね!」


モトクマは嬉しそうに喋る。


「何だそれ、どう言う意味だよ。モトクマは知ってんのか?」


ギンはモトクマに聞いた。


「えーっとねぇ。確か…何でもかんでも助けてあげちゃうと、その人の成長に繋がらないって事!山オジの事だよ!」


モトクマは自信満々にギンへ教える。


「違うねぇ、それ。」


すぐに男性の訂正が入った。

ガクッとするモトクマを見て、ギンはプププと笑う。


「“情けは人の為ならず”っていうのはね、人に情けをかけると、巡り巡って結果的には自分にいい事が返ってくるっていう意味だよ。この話で言えば、白狐を助けた主人公の事だね。」


「全然ちげーじゃん!」


ギンに笑われたモトクマのほっぺが、ぷくーっと膨らみ餅のようになった。

あまりの可愛さに男性もクスッと笑うと、ペンを再び握って続きを書き始めた。


『このお話では動物への無条件の愛がダイレクトに恩返しという形で帰ってきた。

しかし、もしこれが恩返しされなくても、この主人公には巡り巡っていい事が起きたに違いない。

話のネタになるため、他人とのコミュニケーションのきっかけになるかも知れない。

他者からの好感度も上がるし、もし上がらなくても自分の自信へと繋がる。

また、話のネタにする機会が無くても、未来に生きる自分の家族のためになる。

山の資源や命はこの地域の人達にとって、自分だけの物では無い。

尊敬している昔の祖先や、これから産まれる愛すべき子孫と共同で使わせてもらう、シェアすべき物である。

マタギも、狙った獲物とは違う動物が獲れれば、山に返す場合もあるようだ。


この山で巡っているのは命だけではなく、時代を越えた愛や、種族を越えた愛である。


季節は巡り、ただ同じ事を繰り返しているだけに見える生き物達は、常に過去最大の愛を受け取っている事になるのかも知れない。


愛の見返りがダイレクトに返って来なくても、何ら問題は無いのである。』


男性はここまで書いて、ペンを置いた。


「んー。なんかいい事言っている風だけど、いまいちだなー。」


「え!?すごい良い報告書だと思うよ兄ちゃん!どこがいまいちなの!?」


感動して泣いているモトクマが、信じられないという表情をしている。


「この内容を、どうやって人間界に広めていくかってのが大事だよな?そこら辺の運用案も、熊の兄ちゃんは報告書に書きたいんだろ?」


ギンが男性の気持ちを代弁してモトクマに説明した。

近くの席にいたコイジイが、ギンの“熊の兄ちゃん”という単語にピクッと反応する。

どうやらギンは、男性の正体が人間だということを、知らない設定でいくようだ。

コイジイはそのまま、自分の報告書を淡々と書き始めた。


「話をバズらせるのってむずいよな。俺は方法が全然思いつかん。」


そう言ってギンは、お手上げのポーズをした。


「正直俺も思いつかないんだ。だからもう、報告書はこれで諦めるよ。今回の報酬は、あまり期待できないなぁ。」


男性は書いた報告書を一度眺め、椅子に伏せておいた。


「大丈夫兄ちゃん!少しだけど貯金があるから!」


モトクマは自分の尻尾に手を突っ込み、一個のがまぐち財布を取り出した。

財布の模様は昔から日本にある柄の、七宝柄だ。

財布の端っこには、“モトクマ”と名前が書いている。


「お前、引っ越し代に使って今は一文なしだってこの間言ってなかったか?」


ギンが片眉を上げてモトクマを見た。


「一文無しなのは僕ね!これは兄ちゃんの貯金だよ。」


モトクマは財布の口をパカっと開けて、中の小銭を出した。

中からは一文銭がジャラジャラと、7枚出てくる。


「んとねー。運賃は1人6文だから、今回はとりあえず、あと5文稼げれば大丈夫だよ。」


「借金分を考えなければね…。」


男性は肩をすくめた。


「そういえばギンさんの分は……。」


「あ、俺?俺はいいよ。自分で払うから。」


「いいんですか?付き合わせちゃってるのに。」


ちょっと申し訳ない気持ちになる男性だったが、かと言って代わりに支払ってあげる余裕は自分には無い。

男性は小さく、すみませんとだけ言った。


ガタン……ゴトン……。


一行は、さっきまで軽快だった電車の音がゆっくりになっているのに気がついた。


「もう駅か…。じゃあ、俺は先に降りてるからな。」


そう言うとギンは、財布や石をしまって降りる準備をしている2人をおいて、一人でさっさと出口に行ってしまった。


「何さ!ちょっと待ってくれてもいいのに!」


プンスカ言ってるモトクマを見て、ほんとにギンとは仲がいいんだなと思った。


「じゃあ、俺らも行こうか。」


そう言って席を立った男性達の元へ、ギンが血相を変えて戻ってきた。


「隠れろ!!」


4本足でガチの動物の走り方をしたギンは、自慢の跳躍力を発揮して空中にいるモトクマを咥えた。


「うわー!?」


ギンはそのまま通路に着地をし、モトクマを吐き出して上から覆い被さり伏せた。

モトクマと繋がっている男性も引っ張られてバランスを崩したため、結果的に一緒に通路へ伏せる形となった。


「あの…どうしたんですかギンさん。(小声)」


「見てみろ。ホームにあいつらがいる。」


「あいつら?」


すると窓の外を何かが横切った影が見えた。

一体なんだろうか?

男性はそーっと窓の外を見た。

そこには…。


岩のような肌に、いかつい顔、トゲトゲの背びれをつけた魚が、数匹ホームにいる…。

男性はバッとギンの方を見た。


「あれがオコゼ!?山の女神様直属の?」


男性の問いにギンは頷いた。


「あいつらは頭が硬いから、冗談とか通じないんだ!いいか?熊の兄ちゃん!こっから先は、モトクマがいないものとして振る舞え。今から“お前が”モトクマだ!」


「はあ…。」


「あと、モトクマ!お前はどうにかして隠れろ。熊の兄ちゃんの毛の間とかに隠れられないのか?」


「ちょっと待って。ふうぅぅぅーー。」


モトクマはめいいっぱい息を吐き出して、キーホルダーのマスコットサイズまで小さくなった。


「失礼しまーす。」


そう言うとモトクマは男性の毛の中に入っていき、体中をはって自分が落ち着く場所を探し回った。


「ぶはははは!!はっ!?」


モトクマにくすぐられてつい大声で笑ってしまった男性は、すぐに両手で口を塞いだ。

モトクマは結局、男性の耳の中に落ち着いた。

なるほど。

ここなら小声でモトクマが呟いても聞こえる。


ガラッ。


モトクマが隠れ終わると同時に、緑電車のドアが開いた。


「いいか熊の兄ちゃん。なるべく落ち着いて、普通に降りろよ?俺が先に行くから。」


そう言うとギンは立ち上がって、息を少し出すと普通に出口へ歩いて行った。


「よし、行こう。」


男性は座席に置いていた報告書を握りしめ、ギンの後に続いて出口へ向かった。


「お疲れ様です。報告書をお持ちですね。それではまず、紙を両替機に入れてください。」


緑色のネクタイをしたネズミの車掌が、かわいい声で説明をした。

男性は報告書を両替機へ入れる。

本日4回目となる両替機だが、この緊張はなかなか慣れない。


ジャラジャラジャラジャラ。


両替機から出てきた小銭の枚数は、10枚だった。


「はい、お疲れ様です。本日は1名様のご利用なのであと2文足りませんね。あと2文お持ちですか?」


ここで男性は、ネズミの車掌さんが自分達に気を使ってくれている事に気がついた。

本来1名利用であれば6文必要なので、両替機から出たお金で十分足りるはずだ。

しかし、あと2文足りないと言うこの車掌は、自分達が2人組である事を知っている。

知っているが、オコゼに聞こえてもいいように、1名様と読んでくれたのだ。

ネズミ車掌達も山の神様の部下であるはずなのに、黙ってくれている。

これはつまり、自分がよほど悪い事をしていると言うことなのかもしれない。

男性の手汗が一気に出てきた。


「えーと、あと2文ですね。ちょっと待って下さい…。財布、財布…。」


男性は、体のあちこちを手で触り、財布を探すジェスチャーをした。

服は着ていないので、ポケットなどは無いにも関わらず…。


(「兄ちゃん財布落とすね。」)


ボタッ!


「あ、すみません。ありました。」


すぐに七宝柄の財布を拾う男性。

中から2文を取り出して、合計12文を精算機に入れると、ネズミの車掌に挨拶をして緑電車を降りた。


「ご乗車ありがとうございました。緑色は第四チャクラの色です。愛や優しさを思い出したくなったら、またいつでもご乗車ください。」


そう言うとネズミの車掌は緑電車を運転して、光あふれる世界へと去っていった。

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