第21話 めでたし、めでたし、はり木石
「元気でな。」
はり木石の主人公は白狐を林の中にそっと下ろした。
何度も振り返りながら、山へと消えて行く白狐。
主人公はそれを見送ると、一度家に帰った。
再び世界は早送りとなり、山はあっという間に秋へと変化した。
「ねえ、モトクマ。ちょいちょいあるこの早送りさぁー。なんか、酔ってこない?」
男性が少し気持ち悪そうに胸をさすりながら言った。
「そう?僕は慣れたからもう平気だけど。なんなら、ちょっと楽しいぐらい。」
「でしょうねぇ。そうだと思った。」
早送りになりそうなタイミングになると、適当に呪文ぽい事を言ってポーズをとり、あたかも自分が世界を動かしているかのような遊びをしていたモトクマは楽しいだろう。
コツン!
くしゃくしゃに丸められたギンからの手紙が飛んできて、男性に当たった。
『目をつぶるか、薄目にすれば良い』
と書いている。
「ありがとうギンさん。今度早送りになったら試してみるね。」
男性がお礼を言い終わったタイミングで、家の扉がガラッと開いた。
驚いた男性は、慌てて物陰に隠れた。
「今日は天気がいいなぁー!よし、頑張るか!」
主人公はマサカリを持って山の方へ歩いて行った。
「兄ちゃん後ついて行こう!ここからが昔話の本題だよ!」
「わかった。」
男性はバレないように、静かに主人公の後を追った。
熊になりたての頃はヨタヨタと二足歩行していた男性も、今ではすっかり四足歩行が上手くなり、足音を最小限に抑えられるまでになった。
「兄ちゃん、忍者ってのになれるかもね。」
少し落ち着いた声で言うモトクマに、男性はとりあえず、ありがとうと返してみる。
さっきまで青々としていた木々も、今は赤や黄色に色づいていて、とても美しい。
今はまだ、落ち葉が少ししか無い。
恐らくもう少しすると、枝から落ちる葉が増えていくのだろう。
来年の春に若くて青い葉をつけるための準備期間だ。
そんな季節の中を、男性とモトクマは一緒に進んでいった。
「よし!冬が来る前に沢山準備しておかないとな。」
主人公は、家から持ってきたマサカリを使って木を切り、丸太を沢山積み上げ始めた。
「そっかー。冬は雪で埋め尽くされるから、薪割りどころじゃなくなるんだね。大変だな。」
「そうなんだよ兄ちゃん!冬の準備で秋は大忙しなの!」
冬眠経験者のモトクマが、若干涙目で訴えてきた。
「人里なんかより、山の上の方がもっとやばいの、雪!兄ちゃん樹氷って知ってる?」
「ああ、実際に見た事はないけど、森吉山の観光スポットだよな?やっぱり上の方は桁違いに厳しい環境なんだろうな。」
男性は遠くの山の方を見た。
近年では積雪量が減りつつあるが、昔は雪の量が多く、ひいじいちゃんの世代では2階からの出入りが普通だったと聞いた事がある。
昔の人は本当にたくましい。
素人の自分からしてみれば、こんなに沢山の薪はいらないように思えるが、きっとこの地では必要なのだろう。
男性は、山や林を見ながら石油ストーブのありがたみを噛みしめていた。
コツン!
突然ギンからの手紙が来た。
『気づけよ!』
何の事を言っているのか分からない。
男性とモトクマはキョトンとした。
コツン!
『さっきからワイプに映り込んでんぞ!?』
「もー!何がよ!ギン」
モトクマはほっぺをぷっくり膨らませながら辺りを見回した。
コツン!
『林の奥を見ろ。』
「はやしぃ~?」
モトクマは手で丸を作り、まるで双眼鏡をのぞいているように見た。
すると林の向こうに……。
「山オジ!?」
「山オジ!?」
二人の声がシンクロした。
「え?何!?山オジ??」
二人が大声を出したので主人公も驚き、すぐに周りを確認した。
見ると林の奥に、こちらをじっと見つめる山オジがいる。
「え、何?こわ!俺、殴られる??」
主人公はマサカリを置いて数歩後退りをすると、走って家まで逃げてしまった。
コツン!
『お分かり頂けただろうか?』
「分かったよw」
モトクマが少し笑った。
「ねぇ、二人とも。山オジが林から出てきたよ!えっと…なんか…。こっちにガン飛ばしながら来たよ?」
男性とモトクマは、少し距離を取って山オジを観察する事にした。
山オジは男性達が逃げたのを確認すると、さっきまで主人公が持っていたマサカリを手にして薪割りの続きを始めた。
「主人公の仕事の続きをしている…。」
男性が、ピーンと来た表情をした。
「分かったモトクマ!実はあの山オジ、狐なんだろ!?化けて出て、主人公の代わりに仕事してあげてんだろ?」
モトクマは、ぱぁ♪っと笑顔になった。
そうだよと、頷く……。
と、思いきや
「ブッブー!兄ちゃんハズレ。」
モトクマは手で大きなバツを作った。
「あれはちゃんと山オジで、狐があとから追い返してくれるって話だよ。」
「そっかー。でも俺には手伝っているように見えたんだよなー。」
「兄ちゃん優しいね。悪役を、悪役ととらえない所から入って行くんだね。」
モトクマは驚きながらも、ますます男性の事が好きになり、ニッコリと笑った。
「どうする?大石の時みたいに山オジを助ける?」
男性は腕組みをし、うーんと考えた。
「でも、よく考えてみたら善意で薪割りしている感じじゃないよな?目で威嚇してくるし。」
「やっぱり薪を自分の物にしようとしているんだね。山の上の冬は厳しいから、僕は気持ちが分からない訳でもないけど。」
モトクマは厳しい冬を思い出し、腕をさすって体を暖めた。
「でもさ、今まだ秋だよ?雪が降り始めて切羽詰まっているならまだしも、秋真っ盛りだよ?動物も人間も一生懸命冬支度をしているのに、横取りしに来る?」
男性は大石の時とは正反対に、山オジに対して厳しめの意見を出した。
モトクマは、どういうつもりなのだろう不思議に思いながら、とりあえず山オジの事をフォローしてみた。
「でもさ兄ちゃん。山オジは人間達がよくやる“サービス業”ってのをやるつもりかも知れないよ?“薪割り代行屋さん”みたいな。あの体力でガンガン働く代わりに、終わったらお給料として薪を少し貰おうとしているのかも知れないよ?」
「確かに…それだったらいいけど…。本当にそう思っているのかな?」
コツン!
『聞いてみればいいじゃん。』
ギンからの手紙が来た。
確かに、最もな意見だ。
男性とモトクマは山オジに近づき、話を聞いてみる事にした。
「あのーすみません。山オジさん?」
男性は山オジの正面に回ってから、そーっと話しかけてみた。
山オジの目が、男性をギョロっと睨む。
「えーっと、その薪に関して、いくつか質問をさせて欲しいんですけど…。って、え?」
なるべく刺激しないよう丁寧に話そうと、頭の中で色々考えていた男性は、山オジの体制に気付くのが少し遅れた。
男性が気付いた時にはもう、マサカリを振り上げてこちらに襲いかかる直前だった。
「コノキ、ゼンブ、オレノモノ!!」
「兄ちゃん危ない!」
モトクマはとっさに男性を引っ張った。
男性はよろけて地面に倒れる。
間一髪だった。
マサカリは、ひゅん!と風を切り、ドスっと地面に突き刺さる。
男性の顔から血の気が引いた。
「こりゃまずいよ兄ちゃん。」
再びマサカリを構える山オジを見て、モトクマが怯えたように言った。
「モトクマ!撤退!てったぁ~い!!」
「ぎゃーーー!!」
マサカリをぶんぶん振り回す山オジをかわしながら、二人は草むらへ逃げ込んだ。
山オジは二人の姿が見えなくなると、荒くなった息を整えて薪割りを再開し始めた。
「モトクマ、やっぱあいつはダメだ。」
大の字になって仰向けに寝転がっている男性が、息を切らしながら言った。
「そうだね兄ちゃん。あの山オジさんは狐に退治されても仕方ないや。話し聞かないんだもん。」
男性のお腹の上で、同じく仰向けに寝ているモトクマが賛同する。
「ほら。何でもかんでも助けてあげるだけが優しさじゃ無いからさ。人って失敗して成長するじゃんか?山オジに失敗させてあげよう。」
「賛成、兄ちゃん。」
コツン!
『おもろ』
「笑ってんじゃないよ、ギン。(小声)」
急なダッシュと命を狙われた驚きで心臓が落ち着かない二人のツッコミは、とても弱々しい声になった。
少しの間山にはカン!カン!と、薪割りの音だけが響いていた。
コツン!
『いつまで寝てるんだよ』
コツン!
『起きろよ』
コツン!
『白狐が来たぞ』
「白狐?」
男性とモトクマは起き上がり、茂みから山オジの方を確認した。
見ると山オジのすぐ近くに近づく、かわいい白狐の姿が見えた。
「危ないよ白狐ちゃん!山オジにいじめられちゃよ!(小声)」
モトクマは慌てて言うが、白狐に声は届いていない。
白狐はお座りをし、山オジの目をじっと見た。
薪割りに集中していた山オジは、ふと視線を感じて白狐と目を合わせた。
しばらく見つめ合う2人。
「モトクマ、あの2人どうしたのかな?」
男性が不思議に思っていると、突然山オジが作業を再開した。
…しかも、一心不乱にすごいスピードで。
カーン、カーン!
バラバラ。
カーン、カーン!
バラバラ。
白狐はただ山オジの作業を見続け、ふりかざされるマサカリを、コクリコクリと見ていた。
「なぁ、モトクマ。山オジの様子、なんかおかしくないか?薪割りに集中しすぎって言うか、なんて言うか…。」
「ああそうだな。ってか、あそこにいるのは俺が助けた白狐じゃないか?」
男性とモトクマはギョッとして体をのけぞらせた。
いつの間にか横に主人公がいたのだ。
「えーっと…。そう、ですね。」
男性はドキドキしながら答えた。
「お?見ろよ。山オジが薪割り辞めたぞ。」
主人公に言われて、男性とモトクマは山オジの方を見た。
山オジはマサカリを地面に捨て、割った薪を持ち上げて帰ろうとしていた。
しかし…。
「なんかとっても重そうだね。」
モトクマの言う通り、山オジは顔を真っ赤にさせて持ち上げようとしていた。
「いっぺんに持って行こうとしすぎなんじゃないか?」
「そうなのかなー?」
みんなでしばらく見ていると、山オジはとうとう諦めて、山へと帰って行ってしまった。
「ちょっと、薪見に行ってみようか。」
山オジが消えた方を警戒しながら、主人公が茂みから出て行った。
「あ、はい!」
男性とモトクマも、後に続く。
「何だこりゃ!?」
主人公は薪を持ち上げようとして驚いた。
山オジが積み上げて持って帰ろうとした薪は、全て石になってびくともしなかったのだ。
「お前がやってくれたのか?」
主人公は近くにいた白狐を抱き抱えて撫でた。
白狐が嬉しそうにコンとなく。
「山オジもこれで懲りただろう。しばらくは里に顔を出すことも無いだろうな。」
こうして昔話の“はり木石”は、原作とほぼ変わらない状態で幕を閉じた。
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